2024.09.17
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介護事業における虐待防止対策として必要な視点

~菊地雅洋の波乱万丈!選ばれる介護経営~Vol.9

    

編集部より

介護事業の運営は厳しさを増し、利用者や職員の期待に応えられない事業所は、淘汰される時代に入っています。本コラムでは「masaさん」の名で多くの介護事業経営者たちから慕われる、人気介護事業経営コンサルタント菊地雅洋さんに、「介護経営道場」として、ある時は厳しく、あるときは優しく、経営指南を頂きます。

 

「菊地雅洋の波乱万丈!選ばれる介護経営」第9回は「介護事業における虐待防止対策として必要な視点」です。

今年度の介護報酬改定では、居宅療養管理指導と特定福祉用具販売を除く全サービス横断的に高齢者虐待防止措置未実施減算が新設され、介護の現場での高齢者虐待問題は注目されています。介護事業者は、改めてその重要性を考え、サービスマナーを意識した人材・労務管理に取り組むべきでしょう。そのために心がけるべきポイントを、解説していただきました。

 

執筆/菊地雅洋(北海道介護福祉道場あかい花 代表)

編集/メディカルサポネット編集部

   

      

 

1. 虐待防止措置未実施減算が新設された意味を考える

高齢者虐待防止を示すイラスト

 

今年度の介護報酬改定では、居宅療養管理指導と特定福祉用具販売を除く全サービス横断的に高齢者虐待防止措置未実施減算が新設された。所定単位数の100分の1に相当する単位数の減算対象となるのは、虐待の発生または再発を防止するための委員会の開催・指針の整備・研修の実施・担当者を定める、という4点のいずれか一つでも実施できていない場合である。

 

だがなぜ今、多種類サービス横断的に高齢者虐待防止措置未実施減算が導入されたのかという意味を介護関係者は考えなければならない。勘違いしてはならないことは虐待しない事業者が良い事業者というわけではないということだ。介護事業者がサービス利用者を虐待しないということは極めて当たり前なのである。

 

減算導入ということは罰則強化という意味なのだ。それをしなければならないほど、介護サービスの場で高齢者が虐待されるケースが後を絶たないと思われているのだろう。その状態を改善するために多重の虐待防止措置を取るよう求めたのが、今回の報酬改定における減算新設の意味ではないだろうか。

 

勿論、大多数の介護事業者・介護関係者は虐待とは無縁の対応を行っていると思う。しかし我が国全体の介護サービスの状況を見渡した時、月単位でどこかの介護事業者における虐待事件が報道されている。そのことによって報道される虐待事件は氷山の一角であり、介護事業者における隠れた虐待事件が多々存在しているのではないかと思う人も少なくない。この状態を放置してしまうと、介護事業に対する国民の信頼は失われ、介護事業のために国費を支出することに反対する世論が起こりかねない。それは介護事業にとっては致命的な問題となりかねない。

このことをすべての介護関係者は重大視すると同時に、虐待を行う介護事業者が存在することは恥ずべきことであると考える必要があると思う。だからこそ介護サービスの場から虐待行為を排除して、すべての利用者が安心してサービス利用できる状態にしていく必要がある

 

2. 利用者を蹴り殺した介護職員の動機と背景

昨年、某地域の特養で利用者の背中を車椅子の背もたれ越しに蹴り、内臓破裂で死に至らしめた介護職員がいた。内臓を破裂させるほどの強い力で利用者を蹴り殺した男が口にする犯行動機は、「忙しいときにいろいろ頼まれて腹が立った」というものである。介護職員は利用者に「頼んでもらってなんぼ」の仕事ではないか。それにいちいち腹を立てて、蹴るという野蛮な行為に走った被告とは果たしてどのような人物だったのだろう。

 

インターネット等の報道記事には、「被告の勤務態度は良好で、仕事ぶりも評価されていた」と当該施設の事務長のコメントが載せられていた。しかしその後、関係者からの情報によると、事務長が口にした評価とは異なる被告の姿が伝わってきた。被告は利用者に対しては横柄な態度で接していることが多かったという。利用者が手を差し伸べてほしいと訴える声を無視したり、ナースコールに応ずる際に荒々しく対応したりする行為もあったらしい。被告の利用者に対するタメ口や舌打ち、下品な声かけは周囲の従業員の耳にも入り、それをストレスと感ずる同僚も存在していた。

しかしルーチンワークは滞りなくこなせる人物であったために、注意してへそを曲げて辞められたら人手が減って困ると上司は考えたのではないか。つまり被告の勤務態度が良好であったという評価とは、単に決められた仕事がそつなくこなせるという意味にしか過ぎなかったわけであり、タメ口や節度のない対応に対する注意や指導が行われないまま、業務をこなせることだけを評価した成れの果てに起こった虐待死亡事件ではなかったのだろうか。

 

このように介護人材不足が解消できない業界内では、従業員が辞めることを恐れて注意ができないというケースは数多く耳にする。しかしその状態は、本件のような事業継続を危うくするような事件の原因にもなるし、そうした職員の態度を放置しておくことは、志の高い職員をバーンアウトさせることにもつながりかねない。ましてやサービスの品質などそこには存在しなくなるだろう。だからこそ介護サービス利用者は顧客であると意識し、顧客に対するサービスマナー意識を向上させなければならないのである

  

3. サービスマナーを意識した労務管理が求められる

人事考課表

 

顧客に対するサービスマナー意識のない従業員は、本件のような事件をいつ引き起こさないとも限らないし、そうした従業員の態度を放置し許しておく介護事業者は、そのしっぺ返しとして、社会的・道義的責任を負うということを理解せねばならない。従業員にサービスマナーを浸透させない場所で、利用者の人権を護るという意識など生まれないのである。それはもう対人援助とは程遠い、人権蹂躙の密室と言わざるを得ない。

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