2019.02.02
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認知症の実臨床におけるクリニカルシークエンスの実情と遺伝カウンセリングについて

メディカルサポネット 編集部からのコメント

認知症のクリニカルシークエンスは家族性が疑われる場合や遺伝要因が強いとされる若年性発症の症例で適用されますが、確定診断につながる症例は認知症全体のごくわずかです。また、遺伝学的検査の半分は遺伝学的な説明がつかないもので、未知の疾患感受性遺伝子の存在が推測されています。予防法や治療法が確立されていない以上、遺伝子診断は慎重にならざるをえません。

 

認知症の実臨床におけるクリニカルシークエンスの実情(年間の症例数や,クリニカルシークエンスから治療につながる例など)と,認知症特有の遺伝カウンセリングの難しさなどがあれば教えて下さい。新潟大学脳研究所・池内 健先生にご回答をお願いします。

【質問者】

新飯田俊平 国立長寿医療研究センター メディカルゲノムセンターセンター長

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【回答】

【症例の蓄積は重要だが,遺伝子診断は慎重に行うべき】

 

アルツハイマー病を含む認知症の多くは多因子性疾患であり,孤発性に発症することが多いですが,一部の認知症は家族性に発症することがあります。頻度としては稀ですが,単一の遺伝子変異を原因とし,常染色体優性遺伝形式をとる家族性認知症が知られています。常染色体優性遺伝性アルツハイマー病の原因遺伝子としてはAPP,PSEN1,PSEN2の3つが知られています。これらの遺伝子に変異が同定されれば,家族性アルツハイマー病の診断は確定されます。アルツハイマー病以外にもレビー小体型認知症,前頭側頭葉変性症,血管性認知症,大脳白質型認知症にも単一遺伝子の変異を原因とする病型があり,遺伝子解析による確定診断が可能です。

 

このような臨床診断に貢献しうる遺伝子診断は,クリニカルシークエンスと呼ばれています。筆者の施設では,全国の医療施設とネットワークを構築し,認知症性疾患のクリニカルシークエンスを日本医療研究開発機構(Japan Agency for MedicalResearch and Development:AMED)からの支援を受け,実施しています。2016年度は287例,2017年度は307例のクリニカルシークエンスを,インフォームドコンセントに基づいて実施しました。遺伝子診断を行った症例の約1割に原因となる遺伝子変異が同定し,確定診断に貢献しました。複数の家系員から協力が得られる場合,網羅的に遺伝子を解析するエクソーム解析により,原因変異にたどり着けることがあります。中には疾患特異的に有効性を示す治療法につながる診断例を経験しており,未診断の認知症においてクリニカルシークエンスにより原因を特定し,有効な治療法につなげる症例を蓄積する重要性を感じています。

 

家族性アルツハイマー病など遺伝性認知症のほうが,遺伝子解析により確定診断された場合,その子どもへの遺伝に関する影響を考慮する必要があります。常染色体優性遺伝疾患では,発症者の子どもは1/2の確率で変異遺伝子を受け継ぎます。発症者の子どもは,結婚や妊娠等,自身のライフイベントを契機に,自分が変異保因者か否かを知りたいと希望することがあります。変異の保因者か否かを遺伝子解析で調べることは技術的には可能ですが,有効な予防法が限定的である現状を考えると,未発症者の遺伝子診断は慎重に検討する必要があります。このような場合には,臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなどの専門家を交えた遺伝カウンセリングの機会を提供することを考慮します。遺伝カウンセリングでは,変異保因者か否かを知ることのメリットとデメリット,検査後の人生設計を考えるとともに,他の家系員への影響など種々の側面から遺伝子診断について検討します。

 

現在,アルツハイマー病に対して遺伝的に強力なリスクを有する未発症者を対象とした臨床試験としてDominantly Inherited Alzheimer’s Disease Network-Trial Unit(DIAN-TU)とGENE RATION研究が,発症予防や発症遅延をめざして国内外で行われています。遺伝子診断により認知症病型を決定し,その原因に応じて予防法や治療法を提供することが実現されれば,発症前の段階で遺伝子診断により原因を特定し,早期に有効な治療法を届ける方策を確立することが期待できます。

 

【回答者】

池内 健 新潟大学脳研究所生命科学リソース研究センター教授

 

執筆:

新飯田俊平 (国立長寿医療研究センター メディカルゲノムセンターセンター長)

池内 健 (新潟大学脳研究所生命科学リソース研究センター教授)

    

 出典:Web医事新報

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