2024.04.15
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人類と肥満との戦いの歴史

佐藤健太郎の薬の時間vol.4

    

編集部より

東京書籍の教科書「改訂 化学」や雑誌「現代化学」、文藝春秋、朝日新聞などで活躍中のサイエンスライター佐藤健太郎さんが薬の世界を紐解きます。

連載「薬の時間」では、注目の新薬や、医薬品こぼれ話、世界の製薬企業など、医薬品にまつわる様々なトピックを取りあげてわかりやすく解説していきます。 

 

第4回は、「人類と肥満との戦いの歴史」について語ります。

歴史における肥満、肥満が増えた理由、肥満への対抗策、そして最近の肥満治療薬について事例や具体名を挙げて解説します。

 

執筆/佐藤健太郎(サイエンスライター)

編集/メディカルサポネット編集部

   

       肥満に悩む男性

1. 歴史における肥満

現代人にとり、肥満は最も大きな悩みの種のひとつでしょう。特に米国では肥満率(BMIが30を超えた人の割合)が40%以上に達しており、国民病と言ってよい状態になっています。しかもこの率は急速に上昇しつつあり、過去50年で約3倍に増えたともいわれます。

 

肥満傾向に悩むのは、ひとり米国ばかりではありません。お隣の中国での最近の調査によれば、過体重(BMI25以上)が34.8%、肥満が14.1%に達したとの結果が出ました。この数字は米国に負けず劣らずの勢いで急上昇しており、2030年までに中国成人の肥満率は65.3%に達するという予測もあるといいます。肥満は、経済発展を遂げた先進国共通の悩みといえそうです。

  

歴史を振り返ってみると、古くから太った人物はいたようです。たとえば、「三国志」初期の大悪役である董卓(139?~192年)は、若い頃には高い運動能力を誇った武将でしたが、権力を握るにつれて体重が増えていきました。彼が殺害された後、死体からは多量の脂が地に流れ落ち、ある兵士が戯れに董卓のへそに灯心を挿してみたところ、火が数日間も燃え続けたといいます。

  

中国史からもうひとり挙げるなら、安史の乱の首謀者である安禄山(703~757年)が有名な肥満体でした。腹の肉が膝まで垂れ下がるほどに太り、体重は約200kgにも達したといいます。その腹を見た玄宗皇帝が、「そこには何が入っているのか」と問うたところ、「ただ赤心(忠誠心)のみが入っています」と答えたというエピソードは有名です。しかし、やがて安禄山は肥満から来る糖尿病で視力を失い、最後は部下らに殺害されることになります。

  

西洋では、生涯に6度も結婚したことで知られる英国王ヘンリー8世(1491~1547年)の体重が百数十kgもあったと伝えられ、晩年にはやはり糖尿病を患っていたと見られます。

  

とはいったものの、歴史上の人物で、非常な肥満体と伝えられる者はそう多くありません。教科書に載っていた肖像画などを思い返してみても、明らかに太っている印象の人物はあまりいない印象です。実際にも、昔は肥満体は少なかったようであり、こんなにも太った人が多いというのはごく最近の現象なのです。

   

現代では、太っていると「自己節制ができていない人物」と見られがちですが、歴史的にはそのようなことはありませんでした。楊貴妃(719~756年)は、今の基準で見てもかなり豊満な体型であったとされますが、それは魅力として捉えられていたようです。中世ヨーロッパでも、騎士階級では今でいう「細マッチョ」がもてはやされたようですが、一般市民にとっては、太っていることは富と健康の象徴とみなされていたようです。

   

「肥」という字も、「肥えた土地」「目が肥える」といったように、ポジティブな意味合いに使われることが多くありました。一方、「痩」という字にやまいだれが含まれることからわかる通り、やせているのは病的な状態と捉えられていたのです。この価値観が逆転し、太っていることはマイナスとされるようになったのは、せいぜい20世紀後半からのことなのです。

       

2. 肥満が増えた理由

現代において、かくも肥満が増えた理由は、要するに摂取カロリーが増え、消費するカロリーを超えてしまったからです。いわゆるファーストフードなどの、脂肪や糖分が多く安価な食事が普及した一方、日常生活における運動量は増えていませんので、この結果は当然でしょう。こうしたライフスタイルのため、近年では貧困層の肥満が増加しており、大きな問題となっています。

  

しかし、肥満が体に悪いのであれば、なぜ人体にはカロリーの過剰摂取を抑制する仕組みがないのでしょうか?たとえば塩分をあまりに多く含んだ食事は、塩辛すぎて不快な味と感じられ、体がこれを受け付けないようになっています。しかし糖分や脂肪の場合では、こうしたブレーキがききにくく、つい食べすぎてしまいます。

  

これは、人類が誕生以来ずっと、軽い飢餓状態にさらされてきた結果と考えられます。食料が乏しかった時代にあっては、カロリーにありつけるときにはできる限りこれを摂取して脂肪として貯め込むべきであり、途中で歯止めをかける仕組みは発達しなかったと考えられます。かつてはたらふく食事をできるのはごく一部の大権力者のみでしたが、20世紀後半になって初めて、人類の多くが食料が有り余った状態に直面します。こうなると我々はカロリーの誘惑に抗うことができず、肥満への坂を転がり落ちるのみとなったわけです。

 

3. 肥満への対抗策

では肥満を克服するために、我々はどうすればいいのか――。

 

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