2023.06.12
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〈失敗事例から学ぶ〉ストレスチェック第5回:産業医の法の番人化!?

メディカルサポネット 編集部からのコメント

ストレスチェックでの失敗事例を漫画で学ぶシリーズです。

今回は、良かれと思って法令順守に邁進した産業医の事例です。結果として違う社員の負担を大幅に増やしてしまい……。

                    

  

   

事例の説明

高ストレス者面談で,対象者から在宅勤務しているときにサービス残業を行っていることを伝えられた産業医。特に根回しを行わずに衛生委員会で「法令違反だ!」と声を荒げてしまいます。それを受けて,在宅勤務のルールが変に厳しくなってしまったり,本来は感染対策のために行っていた在宅勤務ができなくなり感染リスクが高くなってしまったりと,話がどんどんややこしくなってしまいました。

 

*在宅勤務は仕事とプライベートの境界があいまいになりがちなため1),申告しない時間外労働(=サービス残業)が発生しやすい働き方です。また,中抜け(仕事中に家事をしたり)が発生したり,育児をしながら会議に耳だけ参加をしたり,誰にも見られていないからと昼寝をしたりといったことも起きやすいので,業務に従事している時間の取り扱いとしてグレーゾーンが非常に多いのです。

    

失敗の1つの原因

1 産業医が「法の番人」化してしまった

高ストレス者面談では,様々な情報が対象者からもたらされます。たとえば,製品の品質上の問題,社内の恋愛沙汰,金銭問題,サービス残業,いじめ,ハラスメント,飲酒運転などといったことです。もちろん頻度はそう多くはありませんが,企業の裏側が聞こえてしまうことも稀にあります。個人的にはそれも産業医活動の醍醐味だと思っていますが,それはさておき,今回の事例のように法令違反が疑われる情報が伝えられたときに,産業医としてはどのように対応するべきでしょうか?

 

産業医は,そのことを衛生委員会の場で問題提起することも確かに可能です。しかし,産業医が問題提起をすることで,話が変な方向にいくこともありますし,企業側から面倒くさがられたり,産業医の信頼が低下することもあります。企業の中には,白か黒かはっきりさせないほうがいいこともたくさんあります。産業医は法の番人ではありませんので「法令違反だから是正するべきだ!」といちいち問題提起していても,結果的にはうまくいきません。ただし,法令違反を黙認すべき,ということでは決してありません。企業の安全衛生活動は“法律に書いてあるから!”という正論で事が進むほど単純なものではないのです。法令遵守も含めた企業としてのあるべき姿に,時間をかけて是正していくことが産業医には求められるのだと思います。

      

解決の3つのヒント

ヒント1 対応はしかるべき窓口へ

産業医としては,相談された話をしかるべき窓口へ振るということも非常に重要な役割です。たとえばこの事例のように,サービス残業であれば人事部門に相談するべきでしょう。また,ハラスメントであればホットラインに相談するべきです。それらのことを産業医が代弁しても,あまりうまくはいきません。特に,衛生委員会のような場で,突然法令違反! と過激な話を持ち出してしまうと,話がややこしくなったり,解決はむしろ遠ざかることもあります。産業医として,こそっと人事担当者に伝えたり,職場上司にも状況をヒアリングすることもありますが,基本的にはしかるべき窓口を案内し,本人自身に問題提起させる,ということを意識しています。

   

ヒント2 安全配慮義務>個人情報

産業医として,法令違反などの過激な情報を提供されたときにどのように対応すればよいでしょうか。どこまで上司や人事担当者などと情報を共有し,どこまでを自分まででとどめてよいのでしょうか。ある日突然過激な情報に遭遇することもありますので,考え方をあらかじめ整理しておくことが重要だと思います。

 

基本的には,面談の情報は個人情報にあたりますので,個人情報が優先されます。しかし,産業保健現場では,安全配慮義務が個人情報よりも優先されることがあります2)。

 

つまり,労働者や周囲の者の生命が脅かされる可能性があれば,本人の同意がなくても情報は共有することが許容されます(極力本人の同意を得るように努めます)。たとえば,希死念慮があるのに長時間労働に従事している場合や,意識が朦朧としながら運転作業に従事しているといった場合です。しかし,それ以外の場合には,過激な情報を相談されても,そっと肚の内に収めておくという対応が得策になるのです。ただし,労働者の健康が害されているような話は,産業医として時間をかけて,様々な根回しをしながら解決していくということも必要です。が,この辺りは産業医の腕の見せ所といったところでしょうか……。

   

ヒント3 産業医の職業倫理

産業医には,医師としての「職業倫理」のほかに,産業医の「職業倫理」が求められます。産業医として,判断に迷ったときは,産業医の職業倫理に立ち返ることが必要だと言えます。日本産業衛生学会からは,「産業保健専門職の倫理指針」3)というものが出されています。詳細は公開されていますので,ここでは前文だけを転載いたします。

  

  

産業保健専門職の倫理指針

             

前文 産業保健専門職は,労働者の総合的な健康状態の向上に寄与するため,専門能力を維持し,最善の活動を追求する。産業保健専門職は,その活動にあたって環境保健ならびに地域保健に対しても十分に配慮する。この倫理指針は,日本産業衛生学会がわが国の現状と国際水準の検討結果に基づいて産業保健専門職の専門的活動に関する倫理上の一般原則を定めたものである。産業保健専門職はこの倫理指針に基づき,公正かつ高度の専門性をもって業務の推進に努める。そのためには,健康情報の守秘やプライバシー保護,専門的判断の遂行に不可欠な独立性の保証などに関して,法整備を含めた活動基盤の条件整備がなお必要である。本指針についても,その条件整備と実態に応じて必要な改訂が行われる。この倫理指針によって産業保健専門職の育成および一層の資質向上が図られるとともに,事業者と労働者に対してこの分野の専門職に求められる役割を明らかにすることが期待される。

   

   

読者のみなさんも,ストレスチェック面談に限らず,様々な面談の場面で,法令違反などの過激な情報を聴取することもあるかもしれません。産業医としては,法令を振りかざして改善を迫るのではなく,冷静に情報を整理して,しかるべきところにつなぐというのも重要な役割だと思います!

    

【文献】

1)Tavares AI:Int J Healthc. 2017;3(2):30-6.

2)藤野昭宏:産業医大誌. 2013;35(特集):27-34.

3)公益社団法人日本産業衛生学会(JSOH):産業保健専門職の倫理指針.

    

五十嵐 侑(いがらし ゆう)

五十嵐労働衛生コンサルティング合同会社・代表/産業医。仙台出身。2010年産業医科大学医学部卒業。大手製造業で専属産業医経験を経て,2020年から現職。note(https://note.com/gachiop/)でも執筆活動中。

   

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 出典:Web医事新報

    

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