2024.12.19
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厳しさを増す介護事業~経営者に求められるもの

~菊地雅洋の一心精進・激動時代の介護経営~Vol.1

    

編集部より

2024年に行われた介護報酬改定を通して、介護業界には多くの課題が生まれました。経営課題はもちろん、人材不足の解決、介護DXをどのように進めるか、事業所経営者は様々な問題と直面することでしょう。そこで、本コラムでは「masaさん」の名で多くの介護事業経営者たちから慕われる、人気介護事業経営コンサルタント菊地雅洋さんに、「菊地雅洋の一心精進・激動時代の介護経営」として、介護の現場に重要なノウハウやマインドを解説頂きます。

 

第1回は、「厳しさを増す介護事業~経営者に求められるもの」です。

介護業界は、複数回の介護報酬改定や時代の変化を通して、多くの事業所が赤字という厳しい業界となりました。倒産する介護事業所も過去最多となったこの年、この先生き残っていくために経営者に必要な考え・行うべき施策は何なのでしょうか。また、従業員のモチベーションアップについてもご紹介します。ぜひ、自社の経営の参考としてください。

  

執筆/菊地雅洋(北海道介護福祉道場あかい花 代表)

編集/メディカルサポネット編集部

   

      

  

1. わずか10年で、もうけ過ぎから単年度赤字に転落した特養

  

赤字転落のイメージ

 

僕は今から9年前の2015年3月末をもって、30年以上勤務してきた社会福祉法人を退職した。

法人の総合施設長としての職務を離れようとしていたその時期は、ちょうど2015年4月からの7度目の介護報酬改定時期と重なっていた。その際の報酬改定は3度目のマイナス改定で、かつ過去最大の▲2.27%という厳しいものであった。

 

これは2012年の介護事業経営実態調査の結果に基づくもので、介護事業者の収支差率が他産業平均より高いことが減額理由とされた。

 

その為、退任前に僕は改定報酬に対応する新経営戦略を立て、それに沿った対策を講じた。

具体的には措置費時代から引き継がれていた国家公務員準拠の給料表の見直しを行い、新たな昇給基準を創った。さらに算定漏れしていた従前加算や新設加算をくまなく算定するための新体制を構築し後任者に経営を引き継いだ。

 

このようにして僕は自らの責任を果たしたうえで退任・独立の道を選んだ。

 

その当時の特養は、介護事業実態調査の結果が出るたびに収支差率が+10%を大きく超えていたために、非課税法人であることを利用して内部に多額の留保金を抱えていると批判されていた。

繰越金と呼ばれていたものが、内部留保と呼ばれ始めたのもこの時期からである。

 

その為、介護報酬改定では、「もうけ過ぎている特養の報酬は削られて当然」という流れが創られて、大幅なマイナス改定とされたほか、社会福祉法の改正により一定額以上の繰越金は社会福祉充実残額と規定され、社会福祉充実残額が生じた社会福祉法人には、社会福祉充実計画に基づく社会福祉事業および公益事業もしくは地域貢献事業などの実施が義務付けられた。

 

これによって社会福祉法人内の繰越金が一定額を超えたら吐き出す仕組みが法的に規定されたわけである。

 

そのような流れの中で、特養の収支差率は年々低下していったわけであるが、ついに2022年度の介護事業経営実態調査で、特養の決算収支差率は-1.0%と2001年の調査開始以降で初めてマイナスに陥ったのである(出典:厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査結果」)。

 

当然物価高と人件費高騰の波がさらに強まっている2023年度決算数字はそれよりもっと厳しくなるはずだ。だが今年度の介護報酬改定は、わずか+1.59%でしかなかった。

  

   

2. 補正予算による補助は、経営改善には期待薄

そのため介護事業関係者からは、物価高に対応した政府支出による臨時の介護報酬改定を求める声が挙がっているが、財務省の姿勢は厳しい。

 

10/16に行われた財政審(財政制度分科会)で財務省の担当者は、「一般に物価上昇局面では、政府支出による対応を求める声が増加することの認識はあるが、医療や介護など社会保障費の膨張を加速させる懸念がある。」・「物価や賃金の伸びを給付に反映した場合、保険料率のますますの上昇につながり、現役世代の負担が更に増えることにも留意が必要。」として、介護関係者の要望に対し実質的なゼロ回答を示している。

 

そのような中で、今年度の補正予算では、常勤の介護職員1人あたりに5.4万円の一時金を支給できる規模として新たに806億円の財源を計上したが、これはあくまでも経済対策であり社会保障政策として行われたものではない。

しかもそれとて介護事業者の収益には結びつかないものである。

 

わずかながらも経営改善効果が見込まれるのは、報酬改定でマイナス改定となり経営環境が厳しさを増している訪問介護の事業所の補助として97億円の財源を充当し、ホームヘルパーの採用・定着、事業者の経営改善などを後押しするとしていることであるが、予算規模から考えるとそれも抜本的な経営改善にはつながるものではない。

 

このように依然として介護事業経営者にとっては明るい兆しは見えてこない。

そのような中、東京商工リサーチがまとめた集計によると、今年1月から10月の介護事業者の倒産件数は145件で、これまで最も多かった2022年の143件を早くも上回ったことが明らかになった。

 

倒産事業者のサービス種別をみると、訪問介護が72件・通所・短期入所が48件・有料老人ホームが11件、その他が14件で、これらは全て前年を上回っている。

倒産件数の急増の背景には、深刻な人手不足、物価の高騰、利用者獲得をめぐる競争の激化などがあると思われるが、今年度の介護報酬改定が事業者に打撃を与えた可能性も否定できない。

 

特にマイナス改定となった訪問介護は、収益悪化が見込まれる中で、訪問介護員の確保もますます難しくなったとして事業経営者が先の見込みが立たないことから、経営者が事業継続意欲を失ったケースも少なくないと思われる。

 

このような事実と向き合った時に、介護事業経営者はどのように対策を考えたらよいのだろうか。

 

  

3. 介護保険施設は空きベッドをできるだけ生じさせない工夫が必要

 
介護施設のベッドのイメージ

  

特養の収支差率が下がった一番の原因は、介護報酬の引き下げであることに間違いはないが、ベッドの稼働率の低下も大きな要因の一つである。

 

その事実を示すものとして、福祉医療機構が2024年2月に公表した調査結果によれば、特養(従来型)の4割強の施設が単年度赤字となっているが、その半数以上が空床ありとなっている。

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