2020.10.05
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新型コロナウイルスワクチン開発の現状と課題は?(松浦善治 大阪大学微生物病研究所教授)【この人に聞きたい】

メディカルサポネット 編集部からのコメント

新型コロナウイルスワクチンの開発が世界中で進む中、日本で複数のワクチンを作製中の大阪大学微生物病研究所教授の松浦善治氏が、開発の現状と課題について語りました。慎重に安全性を担保したワクチン開発を進めるべきで、感染症対策も医学研究の支援も短期的な成果を求めるのではなく、もっと広く長期的な視点で進める必要があると述べています。

 

政治的な動きに振り回されず

慎重に安全性を担保したワクチン開発を進めるべき

長期的な視点での感染症対策と研究支援が重要

 

松浦 善治(まつうら よしはる)
1986年北海道大獣医学部院修了。オックスフォード大学NERCウイルス研究所ポスドク、国立感染症研究所ウイルス第二部肝炎ウイルス室長などを経て、2000年より現職。17年より日本ウイルス学会理事長を務める。


新型コロナウイルスワクチンの開発競争が激化している。日本でのワクチン開発はどういう形で進んでいるのか。複数のワクチンを作製中の大阪大微生物病研究所(以下、微研)教授の松浦善治氏にワクチン開発の現状と課題を聞いた。

4種のワクチンを試作中

─微研ではどのようなワクチンを開発中ですか。

 

阪大微生物病研究会(BIKEN財団)、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所と一緒に、今年の2月頃から新型コロナウイルスワクチンの研究を始めました。この3者が連携して、VLP(ウイルス様粒子)ワクチン、不活化ワクチン、弱毒生ワクチン、遺伝子組換えワクチンという4種のワクチンを試作中です。
 
BIKEN財団は、1934年に微研と同時に設立された大阪大発のベンチャーで、国内最大のワクチンメーカーです。基礎研究から臨床試験、生産体制の確保まで、これまでのワクチン開発の実績を生かせるのが我々の強みです。

 

安全に大量のワクチンを作る方法の検討が重要

─松浦先生が開発しているVLPワクチンの特徴を教えてください。

 

昆虫に感染するバキュロウイルスに新型コロナウイルスの遺伝子を3つ組み込み、蛾の幼虫の細胞内でウイルス様粒子を作製しています。中に核酸(DNA、RNA)が入っていないので感染性がなく、安全に作れるのが特徴です。

 

微研も含め国内外で不活化ワクチンの開発が進んでいますが、このウイルスは、バイオセーフティレベル(BSL)3の実験室でなければ増殖させることができません。一方、VLPワクチンは、BSL2の普通の実験室で扱えるので、不活化ワクチンより早く安全かつ大量に作れる利点があります。

 

─遺伝子組換えワクチンはどのようなワクチンですか。

 

BIKEN財団が持っている水痘ウイルスに新型コロナウイルスのスパイクタンパク質遺伝子を搭載した組換えウイルスワクチンです。神戸大の森康子教授とBIKEN財団が作製中で、安全に開発が進められるワクチン候補の一つです。水痘ウイルスを用いたワクチンは、帯状疱疹ワクチンとして認可されています。

 

国内外で41種類のワクチンの治験が進行中

─世界的には、早く作れる核酸ワクチンが主流なのでしょうか。

 

先行しているのは、ファイザー社のRNAワクチンなどの核酸ワクチンです。ただし、核酸ワクチンは実用化された例がなく、リスキーなのではないかと考えています。次に多いのが、アストラゼネカや中国などが積極的に進めているアデノウイルスの遺伝子組換えワクチンですが、これもあまり実績がありません。どれかうまくいけばいいのですが、時間はかかっても実績のある正攻法で開発を進めるのが得策だろうというのが我々のスタンスです。

 

─大阪大でもDNAワクチンの開発をしているそうですね。

 

我々とは別のグループで、遺伝子治療の研究をしている医学部の森下竜一寄附講座教授と彼が設立したアンジェスが、新型コロナウイルスに対するDNAワクチンの開発を進めています。すでに第1/2相治験を行っており、ワクチン接種後の評価などは、微研がサポートしています。

 

─国の威信をかけたワクチン開発競争になっていることについて、どう考えていますか。

 

WHO(世界保健機関)が公表している資料によると、9月30日現在、世界各国で41種類のワクチンの治験が行われており、そのうち9つは第3相の段階です。ワクチンの開発には10年以上かかるのが普通ですから、拙速に進めて本当に安全性と有効性が担保されるのか心配です。ワクチンは健康な人に打つものですから、オリンピックをやりたいからとか政治的な理由で、安全性が担保されないワクチンの開発や承認を急ぐべきではありません。

 

過去には、RSウイルスに対する不活化ワクチンの臨床試験中に子どもが死亡したこともあります。段階を踏んで慎重に開発されたワクチンでさえ、そういうことが起こり得るのです。

 

─コロナウイルス特有の難しさもあるのでしょうか。

 

コロナウイルスのことはよく分かっていない面があります。ただ、デング熱では感染後に別の型のウイルスに感染すると重症化する「抗体依存性感染増強(ADE)」が起こることがあります。重症急性呼吸器症候群(SARS)に対するワクチンの動物試験で同様のことが起こったとの報告があり、新型コロナでもADEが起こるのではないかと懸念されています。また、猫のコロナウイルスでは、抗体を持った猫が再び同じウイルスに感染すると重症化することが分かっており、抗体が上がればいいというものでもないのです。

 

─微研のワクチン開発の進捗状況を教えてください。
 

VLPワクチンや遺伝子組換えワクチンは、これから動物試験を始める段階です。動物試験の結果などから、より安全かつ大量にワクチンを作るためにはどの方法がよいのか絞る予定です。治験開始までに3年はかかるとみています。

 

ワクチンは国防、国が支援を

─国産のワクチンを作ることは重要ですか。

 

ワクチンは国防ですから、国内で開発・生産する体制を作ることは非常に重要です。日本では、マスコミによるアンチワクチンキャンペーンが繰り返されたこともあって、ワクチンメーカーの経営は脆弱で、大手の製薬企業がワクチン開発から撤退する事態になっています。国としてワクチン開発の支援を継続的に行うべきです。

 

─日本の感染症対策の課題は?

 

新型コロナが瞬く間に世界へ広がったように、グローバル化が進んだことによってバイオテロの危険性が高まっています。日本は災害が多い国であるにも関わらず、エボラ出血熱など致死率の高い病原体に対応するBSL4の医療施設が、国立感染症研究所と長崎大学の2カ所しかありません。北海道や関西にも、BSL4の施設を設置すべきです。

 

また、感染症に限らず、研究予算の削減によって日本の基礎研究が空洞化しつつあります。感染症対策も医学研究の支援も短期的な成果を求めるのではなく、もっと広く長期的な視点で進める必要があります。

 

(聞き手・福島安紀)

 

 

出典:Web医事新報

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