2022.03.04
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偏った理論の実践によって奪われた高齢者の尊厳
~非科学的介護実践を検証する~

菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 ~選ばれる介護事業所であり続けよ~ Vol.6

菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 ~選ばれる介護事業所であり続けよ~ 

 

編集部より

来るべき”2040年問題”に向けて、介護事業所の経営はこれからさらに厳しさを増すと予想されています。いかにして生き残るか。経営者たちはその手腕が問われようとしています。本コラムでは「masaさん」の名で多くの介護事業経営者たちから慕われる、人気介護事業経営コンサルタント菊地雅洋さんに、「介護経営道場」と称して時にピリ辛に、時に激辛に現状と課題、今後の展望を伝えていただきます。第6回は、数年前まで広く認知・実践されていたある理論に基づいた運動に対する批評です。塗り替えることができない痛ましい過去を受け止め、介護経営を担う者として高齢者の尊厳を護る責務を果たしていくことが必要といえます。新たな理論や考え方を知った時、それらがエビデンスに基づいたものか否か科学的介護実践を進めることでで正しい判断が可能になっていくことでしょう。

 

自立支援に偏った価値観が生んだもの

 

介護保険法第一章・総則には、介護保険制度の【目的】が定められており、それは「保健医療の向上」と「福祉の増進」であると書かれています。その目的を達成するために、保健医療・福祉サービスは、要介護状態となり支援を必要とする人の「尊厳を護ること」及び「その人の能力に応じた自立を支援すること」という2つの理念を掲げてサービス提供する必要があるとされているのです。

 

しかし介護保険制度創設以来、この理念は「自立支援」一辺倒に偏り「尊厳を護る」という部分の視点に欠ける傾向が強かったように思えます。しかも自立支援も「有する能力に応じる」という視点が欠落して、能力に関係なく全員一律に「自立する」ことだけを強いる傾向もみられました。

 

その典型例が、ある団体が組織を挙げて推奨していた「おむつゼロ推進運動」です。それは個別アセスメントを一切無視して、全員一律に食事以外での1.500ml/日の水分摂取を強要しながら尿量を増やし、おむつを外すことを目的化するものです。しかしそれによって、全員がトイレで排泄できるわけではありません。おむつを使用しないのは日中(日勤時間帯)のみで、夜はおむつ使用を認めていました。また日中もパッド上に尿失禁して交換しているケースが含まれています。パッド上への尿失禁は、おむつゼロの定義に反しないというルールがあるからです。便だけは日中に限ってトイレかポータブルトイレで排泄できるというのが、おむつゼロの定義なのです。

 

 

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おむつ外しを目的化した介護職員の支配構造

 

しかもこの方法は、利用者の尊厳を護るという視点や暮らしの質の向上より先に、日中おむつを使用しないことを目的化していたために、利用者のニーズどころか人格さえ無視した方法がとられるケースがありました。

 

例えばトイレで排泄するために、片麻痺や拘縮のある方を歩行器につかまらせ、3人がかりで引きずる方法がとられていました。しかもそれは家族には決して見せようとしません。なぜならそこで引きずられている人の姿は、目も当てられない悲惨な姿だからです。

 

また、座位がまともにとれない方もポータブルトイレへ誘導し無理やり座らせます。その時に利用者の苦痛にゆがんだ表情は無視され、中には便器に30分近く座り続けさせられている人もいます。自分でお尻をずらせない人が、そんな状態で便器の上に座らされて放置されたら、お尻の痛みに悲鳴を挙げるのは当然ですが、その悲鳴さえも無視されていたのです。

 

水分も強制的に目標量である1500ml/日を摂取させるため、飲みたくない人の口をこじ開けることが日常的に行われていました。その中には密室化された特養の居室で、スプーン2本を使って水分を拒否する人の口を無理やりこじ開ける方法さえとられていたケースも報告されています。

 

そうした方法で強制水分補給をされていた人の舌の裏は、抵抗した結果として血豆だらけになっていたと言います。その他にも1日の水分摂取量の目標を達成しないと、リーダーに叱責を受けるという理由で、利用者が夜ぐっすり寝ている時間に、無理に起こして水分補給することで、そのあと眠ることができなくなって睡眠障害に陥った人もいます。

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