竹中孝行(以下、竹中):薬局の入り口にオリジナルののれんが掛かっていて、趣がありますね。
オリジナルののれんが目印になっているヒルマ薬局の入り口
比留間康二郎さん(以下、比留間):この辺りには一里塚という塚があり、かつては中山道の宿場町だったんです。旅をしてきた方がひと休みしてまた旅に出ていく宿場町の役割を店の目印にしようと考えて、のれんを作りました。よく「焼き鳥屋さんみたい」と言われますよ(笑)。ヒルマ薬局は曾祖父が大正時代に創業してから95年続いているので、その老舗らしさものれんなら表現できるかなと思いました。
竹中:創業から95年、すごいです。比留間さんの祖母、榮子先生は薬局と同い年なんですね。
比留間:この小豆沢店は薬剤師だった父が開業したんですが、1年も経たないうちに病に倒れてしまいました。そこで、榮子先生が手伝うようになり、そこから20年近く店に立っています。私がここで働くようになったのは13年ほど前から。もともとは国立成育医療研究センターに勤めていたんですが、榮子先生が体調をくずした時に「手伝ってほしい」と言われて、携わることになりました。
「医療と食事の両方をサポートしたいと思っています」と話す比留間さん
竹中:お店の入り口近くに「ドリームマップ」が貼られていますね。スタッフや薬局の夢を具体的に書いて、店に飾っているのは珍しいと思います。きっかけや理由をお聞きしたいです。
比留間:「ドリームマップ」の講師の資格を持っているスタッフがいて、店のみんなで書いてみたのがきっかけです。最初は一人ひとりが自分のことを書き、次のステップで薬局をどうしていきたいかをテーマにドリームマップを作りました。「自分もこんなに自由な発想をしていいんだ」と思ったスタッフがいたり、逆に「夢がない」ということに気づいたスタッフもいたりしました。夢がなければないで、これから何をしたいか考えるきっかけになるので、やってよかったですね。
店内の入り口近くに飾られた「ドリームマップ」。ヒルマ薬局の目標が書かれている。
竹中:「ドリームマップ」に書いたことで実現したことがあれば教えてください。
比留間:1代目の「ドリームマップ」の内容は、ほぼ全て実現していますよ。店内を改装し、スタッフの休憩室が狭かったので別に場所を借り、新しい機械を導入しました。あと、95歳の榮子先生のギネス世界記録の認定ですね。最高齢の現役薬剤師としてギネス世界記録に認定される夢は、スタッフが書いてくれたんですよ。「ドリームマップ」に書いてくれた当時、榮子先生は88歳。でも調べてみたら、南アフリカになんと92歳の現役薬剤師がいたんです。しかもギネス認定の申請には100万円ほどかかることもわかり、「そんなに費用をかけてやることなのか」という壁に当たりました。でも、ある時、クラウドファンデイングで資金を集めて本を出版した薬剤師の前田夏希さんと出会いまして。その本は、国家試験に4回失敗した彼女の体験記なんですけど。「資金集めでそんな方法があるんだ」と知って、勇気をもらいました。そこで榮子先生が94歳になった2018年にクラウドファンディングで寄付を募り、目標金額を達成して申請できました。私は「ドリームマップ」に書いた内容を結構忘れちゃうので(笑)、時々「あ!これやるんだったんだ」と見直しています。
店内に飾られている95歳の榮子先生の「最高齢の現役薬剤師」ギネス認定賞
竹中:「ドリームマップ」をきっかけに、スタッフや薬局に何か変化はありましたか?
比留間:自分の夢が明確になり、その夢を叶えるために巣立ったスタッフもいますし、得意なフラワーアレンジメントの技術を生かしてここで認知症の方向けのフラワーアレンジメント教室を始めたスタッフもいます。その教室は好評で、もう3年以上続いていますね。認知症カフェとして板橋区の運営補助金も交付されています。区の地域包括ケアの担当者にも来てもらい、フラワーアレンジメントは手と頭を使い、花を持ち帰って家で育てるという役割を持たせることができると実感してもらいました。最近は、自分が講師としてさまざまな認知症カフェに行く機会も増えてきました。だいぶ地域に根差してきたかなと感じています。
「夢が明確になることで、新しい挑戦をするスタッフが多い」
竹中:今までの努力の成果ですね。他にも地域とのつながりなどあるのですか?
比留間:板橋区の「地域の支え合い会議」というのができたので、そこに薬剤師として参加しています。老人クラブや商店街、民生委員の方々と出会い、地域とのつながりが増えました。今では「ヒルマ薬局さんは、のれんのところね」と覚えてもらっています(笑)。地域医療を支えるために、横のつながりは大切なものだと思います。お客様がヒルマ薬局を選んで来てくれているのも1つのつながりですし、良いうわさも悪いうわさも全てつながりの一部と受け入れています。
竹中:今回のテーマの目標設定で言うと、人事評価制度にも力を入れているそうですね。
比留間:さまざまな他業種の方と出会い、経営者は目標管理やモチベーション管理などに力を入れていると知りました。それを知ったときに「うちは全然だな」と思いまして。一方で、目標管理をして数字にとらわれすぎるのもよくないと思っています。目標達成を目指しながら、数字ばかりを追わずにするにはどうしたらいいか模索中です。賞与や昇級、評価の判断基準は、職員の頑張りに応えていきたいと思っています。
竹中:今、「ドリームマップ」にはどんな夢を書いているんですか?
比留間:スポーツファーマシスト(アンチ・ドーピングに関する知識を持つJADA認定薬剤師)として大学やサッカー・野球チームなどに検査に行っているスタッフが、東京オリンピックに向けて頑張っているので、さらに活躍してほしいと思っています。自分の夢は、さまざまな薬局や介護施設でもっと「ドリームマップ」の研修をさせてもらうことです。研修を通じて、楽しい夢のある職場をつくっていきたいです。介護現場は非常に大変だと思うので、やりがいのある仕事になるような環境づくりのサポートをしたいですね。子供たちの夢をちょっとずつ応援していきたいと思っています。板橋区は、薬局の競争が激しい切磋琢磨できる環境なのでしっかり自分の道を進んでいきたいなと思います。
竹中:夢を応援したいという思いがあるんですね。薬局の前には、募金ができる自動販売機が置かれています。これはどのような活動なんですか?
比留間:特定非営利活動法人ポジティブ・フロム・ジャパンの活動に賛同して置いています。1本につき2円を寄付しています。他にも、小学生に向けて命の大切さを伝える講演もしています。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんが描いた絵本があるんですが、それを小学校の道徳の授業で取り扱ってもらい、障がいを持たれている方の生き方について学んでもらうことをしています。特に小学校6年生は感受性が強くなる時期なので、小学校から中学校に変わるときの悩み、ネガティブな部分をどうやってポジティブに変えていくか、といったことを伝えています。その絵本は板橋区の全小中学校に1冊ずつ寄付し、講演させてもらった学校では生徒の人数分、寄付しています。薬剤師として、薬物乱用を防止するための話しをすることもありますね。
店先に設置された自動販売機では、1本につき2円を寄付している。
竹中:薬局経営で大切にしていること、目指していることを教えてください。
比留間:薬局のビジョンは「あなたの心のよりどころ」です。これは父の言葉です。薬剤師は専門性の高い士業ですので、人を導く力を持っていると思っています。灯台みたいなイメージで、それぞれの人生の道を照らし導いてあげたいという思いがあります。薬局が生まれてからお亡くなりになるまで関われる居場所のような心のよりどころのような存在になっていけば、安心して人生を送ることができるのかなと考えています。その思いを具体化したものが、「医食導援」という言葉です。「導」は導くことですが、ただ「こっちだよ」と言ってもなかなか来れない人も多くいます。だから、背中を後ろから押すように応援してあげる、引っ張るだけではなく支えてあげる「援」の活動も大切にしたいと思っています。さまざまなレトルト食品や健康食品をそろえているのは、患者さんにはご高齢の一人暮らしの方や、食事に気をつけている方が多くいるからです。薬局には栄養士もいるので、食事の方法や献立などで困ったら相談できるようにしています。この前は、知り合いの八百屋さんに協力してもらい、野菜の販売もしました。これから食にまつわる取り組みをもっと本格的に進めていく予定です。
ヒルマ薬局 小豆沢店
住所:東京都板橋区小豆沢2-17-1
URL:https://hiruma-azusawa.com/
TEL:03-5970-2911
ヒルマ薬局は1929(昭和4)年、池袋で開業。現在は板橋区(小豆沢店)と豊島区(本店)に2店舗を構える。「あなたの心のよりどころ」を大切にした4代にわたる薬局づくりが支持され、健康相談の実績は10万人以上。「医食導援」の理念を掲げ、患者の人生の質を高めるサポートをしている。
ライター/竹中孝行(たけなか・たかゆき)薬剤師。薬局事業、介護事業、美容事業を手掛ける「株式会社バンブー」代表。「みんなが選ぶ薬局アワード」を主催する薬局支援協会の代表理事。薬剤師、経営者をしながらライターとしても長年活動している。
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