手書きのPOPが目を引く「お役立ち健康情報」の内容と連動した売り場
竹中孝行さん(以下、竹中):薬局に入った瞬間に感じたのが清潔感! 貼り紙や薬の置き方が整理されていて分かりやすいですし、一つ一つの商品に手書きのPOPが付いていてすてきですね。このPOPは厚川さんが作成されているのですか?
厚川俊明さん(以下、厚川):いえ、妻が作っています。温かみを出すために手書きがいいと思いまして。妻にこんなPOP作りの才能があったとは(笑)。POPや店頭の看板、商品説明、貼り紙は季節ごとに変えています。あと、最近話題の健康情報を解説する「お役立ち健康情報」というポスターも作っています。今月のテーマはアマニ油やエゴマ油などの「油」です。
「地域住民の関心が高そうな健康情報を薬剤師の観点から解説しています」と話す厚川さん
竹中:待合室だけでも聞きたいことがたくさんあります。検体測定室(ヘモグロビンA1cや脂質測定など簡易的な血液検査が可能)も設置しているんですね? どのように運営されているんですか?
厚川:これは糖尿病の早期発見・重症化予防のための取り組みで、川口市から補助を受けています。また、川口薬剤師会の「川口市かかりつけ薬局強化事業」というものがありまして、40歳以上の市民を対象に年1回無料で測定しています。有料のものでは、ヘモグロビンA1c、中性脂肪、LDL、HDLはそれぞれ1000円、血糖測定は300円、トータルの場合は1500円で行っています。川口薬剤師からの補助を受けて、血管年齢の測定もしています。それと、「花育」という取り組みもしています。千葉大学の研究によると、花を育てると自律神経が整えられて血管年齢が若返るそうです。
待合室に設けた検体測定のスペース
竹中:いろんな補助制度があるのはいいですね。こちらでは、根付のキーホルダーが販売されていますね。これは患者さんが手作りした商品ですか?
厚川:そうです。商品を飾っているこの棚もその方の手作りです。コミュニティースペースにしている隣の古民家で根付教室をしている先生が、「薬局にも飾ろう」と言ってくれて。最終的に販売することにしました。群馬の鬼胡桃で作るそうで、そのクルミも置いています。クルミを手の中で転がしていると脳が刺激され、認知症予防にもなるんです。
厚川薬局のコミュニティースペースで根付教室をしている住民の販売コーナー
竹中:根付教室、いいですね。イベント表を見ると、他にもコーヒー教室やピラティスなど楽しそうな催しが毎週のように開かれていますよね。どれくらいの頻度でイベントをされているんですか? どれも厚川さんが主導で企画しているんですか?
厚川:毎月開催のような定期的なものと不定期開催のものがあります。基本的に私が企画しているのは、「健康ミニイベント」だけです。その他は全て「やりたい!」という患者さんや地域住民の方が企画、実施しています。集客のお手伝いや当日の受付といったサポートはしています。
調剤室の奥には共同利用できる無菌室も完備している
竹中:調剤室を拝見すると、自動分包機や共同利用できる無菌室も完備されていて、すごいですね。そして調剤室も整理整頓されている(笑)。壁には地図が貼られていて、在宅など担当している患者さんの位置が一目で分かりますね。
厚川:近隣に医療機関がない面分業薬局なので、在宅医療に力を入れたいと考えています。無菌室は、私だけではなく地域の薬局とも連携して使ってもらおうと思っています。この地図は、薬局の地域密着の具合を「見える化」するために貼っています。
ーー薬局の隣にある古民家へ移動ーー
薬局の隣にある古民家の長屋門。江戸時代からあるという
竹中:厚川さん! この建物すごいですね! この立派な門は何ですか?
厚川:これは長屋門と言います。昔は農機具を置いたりお米の貯蔵庫として使ったりしていました。ペリーが来航した約170年前のものなんですよ。最近は使っていなかったので取り壊すことも一時考えましたが、地域とつながる場として活用しようと思い、薬局の開業に合わせてリノベーションしました。
竹中:近くに医療機関のない場所で薬局をやるのは、相当勇気が要ると思います。どのような思いで開業し、コミュニティースペースを始めたんですか?
厚川:昔から薬局経営をしたいと思いながら、大手薬局チェーンで会社勤めしていたんですよね。ある時、薬剤師が次々と辞めていく薬局の経営を立て直していた時に、「なんか違うなあ」と思ったんです(笑)。今までの薬局経営から発想を変えないと、スタッフも患者さんも、そして自分自身も不幸になると思いました。そこで、「冒険をしよう。面白いことをやろう」と決意。古民家を活用して人が集まる場所をつくりたいと考えていた矢先、日本コミュニティーファーマシー協会(JACP)代表理事の吉岡ゆうこ先生に出会いました。コミュニティーデザイナーとして活躍されている山崎亮さんのお話も聞きに行き、「薬局が主体のコミュニティーデザインのモデルケースをつくりたい」と思いました。
打ち合わせスペースとして開放している部屋には文庫コーナーも
竹中:最初はどのように地域の方と信頼を築いていったのですか? 何かベースになるものがあったんですか?
厚川:ここは、私の生まれ故郷なんですよ。父は町内会長をしていたし、地元だと味方になってくれる人が多いかもしれないと思いました。最初は、地域のいろんなコミュニティーに参加しました。日本酒の利き酒会とか(笑)。実はその利き酒会を運営している人が、全国的に活躍しているコミュニティーデザイナーで、そこから少しずつつながりが増えていきました。最初にしたイベントは、「健康ミニイベント」という教室です。そこに来てくれた方に地域の昔話を聞いたのがきっかけで地域の歴史を伝える会が生まれるなど、どんどん派生していきました。今では「春の花見会」や「真夏のバーベキュー」、「秋の芋煮会」など季節行事もしています。こうした小さな会を定期的に開催する中で、コミュニティーで出会った人同士が新しいつながりをつくり、新たなコミュニティーが広がっています。古民家の別の部屋も、地域包括会議や社会福祉協議会などの打ち合わせ場所として開放しています。
竹中:それだけ関わる人が増えると、結果的に処方箋を持ってくる方が増えたんじゃないですか?
厚川:少しずつですが、増えていますね。開業当初は、「イベントに参加するなら処方箋も持ってきてほしいな」と思っていました(笑)。でも、4年経った今は「地域のためにやっていることがいずれ何らかの形で帰ってくるかもしれない」くらいの気持ちです。薬局が、地域に貢献できるという姿勢を伝えることが大切なんだと思います。それには時間がかかります。少しずつ、薬局という業界全体のイメージを変えていきたいですね。
厚川さんが目指しているのは「医療相談できる民生委員」だという
竹中:地域のコミュニティーづくりを薬局が行う中で、「健康」という切り口では、どのような効果がありますか?
厚川:ある高齢女性は息子夫婦と同居するため引っ越してきたのですが、地域との接点がないため家にこもっていました。でも、イベントへの参加をきっかけに外に出るようになりました。社会からの孤立を防ぎ、人とのつながりを生んだり生きがいを見出したりすることが、精神的にも肉体的にも健康の秘訣です。生きる楽しさを見出す場に関わることが、大切だと思うんですよね。そこから、残薬の問題やプライマリ・ケアなどを真剣に考えることにつながるのかなと思います。薬剤師が患者さんの最期まで関わるのが地域密着の薬局。それが自分のやりがいになりますし、地域貢献にもなります。薬局がそういう場所、地域のコーディネーターとして認知されていくとうれしいですね。目指しているのは、「医療相談できる民生委員」のような存在です。薬局が地域コミュニティーの中心にいて、地域の情報の起点になるイメージです。
太い梁が建物の歴史を感じさせる打ち合わせスペースの玄関
竹中:厚川さんのように「地域のコミュニティーをつくりたい」と思う薬局は、最初に何をしたらいいですか?
厚川:忙しい薬局ではなかなか難しい部分もあると思いますが、一歩目は「この人!」というピンと来る人を見つけたら深掘りしてみることです。会話から日常に入り込む、生活に踏み込むのです。対話が進む中でコミュニティーや地域活動を見つけたら、参加してみることも大切です。高望みをせず、一歩踏み出すと何かが変わります。それと、休みの日なんかに、薬剤師であることを忘れて一個人として街を探索してみると、地域に根差したコミュニティーがきっと見えてきますよ。そこに興味を持ち、一歩踏み込んでみることがいいと思います。きっとあなたの地域でも、同じ思いを持った仲間が増えていきますよ。
厚川薬局
住所:埼玉県川口市東川口6丁目19-41
URL: TEL:048-229-2293
2015年10月19日設立。在宅医療に力を入れている。薬局の隣に構えた古民家「もっこう館」をコミュニティースペースとして運営している。主なイベントは「100歳体操」「根付教室」「珈琲愛好会」「健康相談会」など。地域活動に取り組む「長屋門お助け隊事務局」でもある。
ライター/竹中孝行(たけなか・たかゆき)薬剤師。薬局事業、介護事業、美容事業を手掛ける「株式会社バンブー」代表。「みんなが選ぶ薬局アワード」を主催する薬局支援協会の代表理事。薬剤師、経営者をしながらライターとしても長年活動している。 ◆取材を終えて◆ 薬局に隣接し、コミュニティースペースとして改装された古民家は、歴史を非常に感じる面 |
メディカルサポネット編集部
(取材日/2019年5月21日)