2019.01.15
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ぜひ知ってほしい! HIV感染症の“いま” HIV陽性者の立場から[提言]

もし,みなさんの医療機関にHIV感染者が受診に訪れたとき,他の患者と同じように診療・ケアができるだろうか。「あまりよく知らないから」「スタッフや他の患者に感染するのでは」「風評被害が心配で」といった理由で診療を拒む前に,まずはHIV感染症やエイズに対する知識とイメージをアップデートしてほしい。

メディカルサポネット 編集部からのコメント

12月1日は世界レベルでのエイズのまん延防止と患者・感染者に対する差別・偏見の解消を目的に、WHO(世界保健機関)が1988年に制定した「世界エイズデー」です。治療法の進歩によりHIV陽性者も治療の早期開始・継続によりエイズの発症を防ぐことができ、HIVに感染していない人と同等の生活を送ることが期待できるようになりました。残念ながら、医療関係者にも誤った情報や偏見に囚われているケースが珍しくありません。厚生労働省「HIV検査相談体制の充実と活用に関する研究」班は全国のHIV・エイズ・性感染症の検査・相談窓口情報サイトを開設しています。

1 わが国におけるHIV・エイズの理解度

多くの場合,私たちHIV(human immunodeficiency virus)陽性者(検査でHIV陽性と判明した人)にとって,HIV感染症はいまや“慢性疾患”になりつつあると言ってよい。毎日の服薬によってウイルスを検出限界以下まで抑制することが可能となり,錠剤の数や副作用の負担も大きく軽減され,寿命は非陽性者と変わらず,元気に働き暮らすことができるようになった。そして,HIVのウイルス量が検出限界以下であれば,他者への感染リスクがなくなることも明らかになっている。しかし残念ながら,多くの人はまだこうしたイメージでHIVをとらえていない。性感染症であること,ゲイ男性に感染者が多いことなどから,HIV陽性者は差別や偏見の対象となりやすく,私たちも自身のステータスを明らかにすることがほとんどないことも要因のひとつだろう。

 

中高年世代の人ならば「エイズ・パニック」という言葉が記憶にあると思う。HIV・エイズ(aids)が世界に登場した1980~90年代前半は治療法も開発途上で,まさに「HIV感染=死」であった。報道によって,性産業従事者やゲイ男性など特定の人々だけが罹患するかのようなイメージが流布された。また,わが国では「薬害エイズ事件」の影響も大きく,被害者による切実な訴えが現在の医療体制や福祉制度の確立(ひいては感染拡大抑止)に大きく貢献した。しかしその一方で,やはりHIVと血友病患者は強く結びつけられてしまった。その後1996年に治療法が確立し,薬害エイズ裁判が和解決着してからは,HIV・エイズに関する報道は減少し,HIV・エイズの正しい情報やイメージがアップデートされる機会が少なくなってしまったのは,やむをえないのかもしれない。

 

2 医療従事者の理解度は?

医療従事者の皆さんは,HIV・エイズに関する知識や情報をアップデートして頂けているだろうか?

 

わが国は世界の中でも低流行国に類するとはいえ,3万人近いHIV陽性者が既に暮らしており,また毎年約1500人が新たにHIV陽性と判明している(この数値には,いまだ検査で自身の感染を知らない潜在的な感染者数は含まれない)。現在,このほとんどは日本人であるが,2020年の東京オリンピックでは海外からも多くのHIV陽性者がわが国を訪れるであろう。また,長期的には,人口減少などの背景から,よりHIV感染割合の高い諸外国の労働者もますます増加することは容易に予測される。「これまでHIV陽性の患者を診る機会がなかった」という人も,今後は他人事ではいられないと思われる。

 

HIV・エイズの治療は,主に行政が指定する「エイズ治療拠点病院」において提供されているが,実は,HIV陽性者が拠点病院ではない一般の医療機関で受診する機会は決してめずらしくない。約1000人のHIV陽性者を対象に行ったアンケート(HIV Futures Japanプロジェクト)によれば,約4割が拠点病院とは別に地域の「かかりつけ医」を持っていると回答している。ただし,このうち半数以上が診療拒否や差別的対応への恐れから「かかりつけ医にHIV陽性であることを告げていない」と回答しており,相手が医療の専門家であっても,告知は慎重になってしまう傾向が見てとれる。

 

特に私が問題だと感じているのは,同アンケートにおいて「HIV陽性であることを理由に受診を拒否されたことがある」と回答した人が約1割もいたことだ。ちなみに,この回答者の陽性判明時期を近5年,10年,20年と分析してみても割合は一定であった。このことから,一般の医療従事者におけるHIV感染症への理解は,あまり普及していないのではないかと推測している。かかりつけ医にHIV陽性であることを告げていない人が多い現状と,まさに裏表の関係にあると言えるだろう。

 

3 診療拒否は非合理的

厚生労働省の研究班が実施した,医療従事者や介護福祉施設を対象とした意識調査によれば,HIV患者の受け入れに拒否的である理由としては「正しい知識・情報の欠如」のほか,「スタンダードプリコーション(standard precaution)のコスト」「風評被害」「針刺し事故による感染リスク」が必ず挙げられる。

 

しかし,1つひとつ考えていくと,いずれも非合理的な理由による医療・福祉からの排除でしかない。まずスタンダードプリコーションについては,HIVに限らず肝炎ウイルスなど様々な感染症への対策が本来必要である。また,患者が自らのステータスを把握していないことも十分にありうるため,これは医療機関におけるベーシックな感染症対策をどうするべきかという課題となる。風評被害については,患者の個人情報保護が徹底されていれば問題は生じえない。針刺し事故については,事後的に抗HIV薬を服用することにより感染を防ぐことが可能であり1),むしろ医療従事者の労働安全衛生の確保の観点から積極的に知っておく必要がある。

 

4 エイズ発症例の見落としも課題

わが国では,HIV陽性と判明した人のうち約3割がエイズ(HIVに起因する疾患)の発症に至っている。一般医療機関においては,エイズを発症しているにもかかわらず,医師がHIV感染を疑わなかったために,原因が見落とされることがある。HIVの可能性に気づかず対症療法をしてしまうと,当然ながら症状が再発または悪化し,長期の入院や後遺症など患者の予後にもかなり影響する。梅毒や肝炎などの性病はもちろんのこと,結核,肺炎,帯状疱疹,口腔内カンジダ,原因不明かつ長期の発熱などのケースでは,HIV検査を積極的に勧めるべきである2)。

 

なお,HIV感染が疑われる場合に行う検査には診療報酬も適用される。稀に,理解の遅れた医療従事者が審査を担当した場合には切られる事例もあるようだが,その場合には地域の拠点病院に相談するなどして根拠を示し,めげずに掛け合って頂きたい。

 

5 医療機関のスタッフにもHIV陽性者はいる

医療機関とHIVに関するもう1つの課題は,HIV陽性の医療従事者が停職や解雇などの不当な処分に遭う事例が現実に起きていることである。多くの場合,当事者の泣き寝入りになってしまうのだが,近年では訴訟になった事例もあり,医療機関側が慰謝料を支払う形で和解判決に至っている。医師や看護師がHIV陽性であったとしても,治療により感染リスクをなくすことが可能であるし,現場でのスタンダードプリコーションが徹底されていれば患者への感染リスクはないのだから,仕事を奪う合理的理由はない。

 

むしろ,こうした不当な処遇は「感染症について正しい知識を持っていない」として医療機関の信頼性を損なうことにもなりかねない。HIV陽性者が安心して働ける医療機関は,感染症対策が行き届いた「安心して受診できる医療機関」でもある,という視点の転換が必要だろう。

 

6 HIVは今や“特別な病気”ではない

わが国のエイズ対策における最も重要なポイントは,HIV感染症の疾病イメージの転換による差別・偏見の解消にあると私は考えている。特に医療に携わる皆さんには,ぜひ情報をアップデートして頂き,私たちがどこでも安心して受診できるような医療環境になるよう,お力添え頂けると幸いである。HIV感染という経験を乗り越えてなお「長生きしてよかった」と思える国であってほしいと切に願ってやまない。

 

【文献】

 

1) エイズ治療・研究開発センター:血液・体液曝露事故(針刺し事故)発生時の対応. 

[http://www.acc.ncgm.go.jp/doctor/pep/020/pep.html]

 

2) 相野田 祐介, 他:見おとし注意!「知る」「診る」「気づ く」診断のポイント. 

[http://www.hivcare.jp/miotoshi_2.pdf]

 

執筆:高久陽介 (日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス代表理事)

 

 出典:Web医事新報

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