2018.11.26
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鳥インフルエンザ発生時に医師はマニュアルに沿ってどこまで対応すべきか

メディカルサポネット 編集部からのコメント

日本では鳥インフルエンザに発症した人の報告はありません。もし、患者応急手当を行い、救急搬送を行ってください。厚生労働省は「38 度以上の発熱と急性呼吸器症状を呈し、症状や所見、渡航歴、接触歴等から鳥インフルエンザを疑う患者を診察した場合は、保健所への情報提供をお願いします。」と医療機関に向けて呼びかけています。

鳥インフルエンザ発生時の対応マニュアルについては各都道府県が策定していますが,当自治体のマニュアルには「保健所の医師や保健師等が防疫作業従事者の事故・傷病発生時の応急対応」という記載があります。問い合わせをすると「救急車を呼ぶだけ」ということですが,医師と明記されているのに,ただ救急車を呼ぶだけですむのでしょうか。本格的な医療救護の必要性が法的には出てくるのではないかという疑問があります。臨床から離れた(もしくは臨床経験がないに等しい)公衆衛生医師が患者の医療救護にあたることは,医療資材もなく,保健師のみで看護師もいない状況では現実的には無理だと思いますが,マニュアルに記載されている場合はどの程度の責任が生じるのでしょうか。医事法の専門家にご教示をお願いします。

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【回答】

【経験や能力に応じた応急処置,救急搬送を行えば十分だが,届出義務があることに留意】

 

鳥インフルエンザウイルスは,ニワトリに広まるときわめて致死性が高く,早期に対応するためのマニュアルが各都道府県で作成されています。今のところ,その主眼は,「養鶏業等へ多大な被害を及ぼす家畜伝染病」1)という点にありますが,「ヒトに感染する」可能性があり,その場合の致死率も高いので注意が必要です。ただし,わが国ではまだ発症例がなく,東南アジア諸国など他の国々でヒトが感染した症例が既に出ているので2),今のところ,それらの地域への渡航者に注意するよう警告がなされているにとどまっています。

  

しかし,今後,わが国でも発症例が出現する可能性があるため,さらに,仮に将来,遺伝子変異によってヒトからヒトへ感染するようなタイプに変化すると大問題になるので,そのことも頭に入れて,設問の問題を考える必要があります。

 

もちろん,ご質問の趣旨は,防疫作業従事者が鳥インフルエンザに感染したケースではなく(感染は鳥インフルエンザに感染した家禽に濃厚接触した場合に限られています),たまたま何らかの事故に遭遇した,あるいは別の病気になった場合,派遣された医師がどう対応するべきか,ということかと思います。

 

たとえば,千葉県のマニュアル3)には,「万が一,防疫作業中に事故・傷病等の発生があった場合には,派遣された医師の判断により緊急的に手当てする等の処置を行うとともに,医療機関の受診が必要な場合には,予め把握している救急病院等への搬送や救急車の出動を要請する」とあり,マニュアルにあるこのような対応だけで十分か否かを問われているのだと思います。

 

それに対する回答としては,「医師の判断により緊急的に手当てする等の処置を行う」とありますから,当該医師の経験や能力に応じた応急手当を行い,救急搬送することでやはり十分かと考えます。まさに養鶏場その他の場所で(医療設備のないところで)事故や病気が発生すれば,救急車で医療設備のあるところへ速やかに搬送することが大切だと思われます。言い換えれば,マニュアル通りの対応をしていれば,法律上問題はないと言えます。

 

ただし,それが鳥インフルエンザの感染だと疑われる場合(その症状については文献4)参照),感染症法に基づき医師には届出義務がありますから,直ちに保健所または都道府県の対策本部に連絡する必要があります。日本国内における発症の第1例になる可能性があるからです。

 

なお,茨城県では,鳥インフルエンザが発生した場合,特にヒトへの感染を防ぐ観点で,「高病原性鳥インフルエンザ発生時における対応マニュアル─トリからヒトへの感染防止」というマニュアルを作成しています5)。

 

【文献】

1) 神奈川県環境農政局総務室:神奈川県高病原性鳥インフルエンザ等発生時対応マニュアル. 2015.

[http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/800343.pdf]

 

2) 首相官邸:鳥インフルエンザ. 

[https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/tori_influ.html]

 

3) 千葉県:高病原性鳥インフルエンザ 発生時対応マニュアル. 2015, p102. 

[https://www.pref.chiba.lg.jp/chikusan/kyuusei-akusei/documents/hpai-manual.pdf]

 

4) 厚生労働省:感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について 6 鳥インフルエンザ(H5N1). 2007.

[https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-02-07.html]

 

5) 茨城県保健福祉部保健予防課:高病原性鳥インフルエンザ発生時における対応マニュアル─トリからヒトへの感染防止. 2006.

[https://www.pref.ibaraki.jp/hokenfukushi/eiken/idwr/other/documents/ibaraki-manual_1.pdf]

 

【回答者】

樋口範雄 武蔵野大学法学部教授

 

執筆:樋口範雄 (武蔵野大学法学部教授)

       

 出典:Web医事新報

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