2022.07.27
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社労士が解説!看護師の多様な働き方を実現させる労務マネジメント
~副業・兼業を認める新時代の働き方改革~

Vol.3 想定される看護師の副業・兼業のケースと経営者・管理者の対応方法

社労士が解説!看護師の多様な働き方を実現させる労務マネジメント ~副業・兼業を認める新時代の働き方改革~

 

編集部より

看護界において、副業・兼業を認める新たな働き方が始まろうとしています。日本看護協会は2022年2月に開催した看護サミットの中で「スピード感を持って整えていく」とし、今後急速に準備が進むことが予想されます。これまで副業・兼業を禁止してきた医療機関が多いことから、経営者や管理者は労務管理を整えていかなければなりません。副業・兼業について経営側のメリットを理解した上で、看護師1人1人がさまざまなフィールドで活躍できる土台を作っておくことが、職員の定着・医療機関の質の向上にもつながると言えるでしょう。スムーズな導入のために、病院・介護施設の労務管理に詳しい社労士の吉川史子さんに、看護師の副業・兼業を認める新たな働き方の導入に向けた労務管理のあり方・準備すべきことなどについて3回にわたり解説いただきます。

 

執筆/吉川 史子(社会保険労務士、ナーシングケア社会保険労務士事務所 所長)

協力/榎本 幸子(社会保険労務士、社会保険労務士法人葵経営 かながわオフィス所長)

編集/メディカルサポネット編集部

 

鍵となる労働時間だけではない労務管理
―Step3 副業・兼業の留意事項と保険関係

前回、「副業・兼業を推進するということは、労働基準法上の変形労働時間を含めて、いかに労働時間を管理するかということにかかっている」という言葉で締めました。経営者・看護管理者による労働時間の管理のほか、気をつけるべき点がいくつかあります。前回も登場した看護師の欅坂花子さんの例で見てみましょう。 

(例)看護師 欅坂 花子
・主たる勤務先 さくらクリニック      労働契約締結日 令和元年4月1日
 所定労働日 月~木 所定労働時間1日8時間(8:30~12:00、13:00~17:30)
・副業の勤務先 富士坂訪問看護ステーション 労働契約締結日 令和4年6月1日
 所定労働日 土・日 所定労働時間1日2時間(8:00~10:00)    

健康管理をどのようにするのか

欅坂さんは、主たる勤務先であるさくらクリニックで週32時間勤務しています。常勤職員が週40時間の勤務だとすると、欅坂さんは常勤と比較して週3/4以上の時間数を勤務し、かつ労働契約日も令和元年4月1日からなので、1年以上引き続き雇用されています。よって一般健康診断・ストレスチェックの対象者となります。

 

経営者・看護管理者は副業を認めている欅坂さんに対し、健康管理に関して以下のように適切な措置を講じなければなりません。

・健康保持のための自己管理を行うよう指示する
・心身の不調があれば、そのつど相談を受けるようにする
・長時間労働・不規則な労働により健康を損ねないようにする

  -社労士が解説!看護師の多様な働き方を実現させる労務マネジメント~副業・兼業を認める新時代の働き方改革~

労災保険・雇用保険・社会保険の取り扱いを考える

1.労災保険の給付

*職場でケガをした場合

欅坂さんが業務時間中にさくらクリニックで転んで足首を骨折した場合、労災の手続きはさくらクリニックで行います。基本的には治療費と休業補償を受けることになりますが、休業補償の計算の基礎となる平均賃金を算出するとき、さくらクリニック・富士坂訪問看護ステーションの双方の賃金の合計額を使います。

・さくらクリニック      250,000円/月
・富士坂訪問看護ステーション 80,000円/月 
 ⇒合計:330,000円/月が計算の基礎

*通勤中にケガをした場合

原則として欅坂さんは1日に2つの事業所で勤務する契約ではありませんが、人員が足りなくなって、同日のさくらクリニックの勤務後、富士坂訪問看護ステーションの勤務に入る場合もあります。さくらクリニックから富士坂訪問看護ステーションへ移動する途中、転んで骨折してしまった場合は通勤災害とみなされ、富士坂訪問看護ステーションで労災の手続きをすることとなります。なお、休業補償の考え方は職場のケガの場合と同じで、賃金の合計額を使います。

社労士が解説!看護師の多様な働き方を実現させる労務マネジメント~副業・兼業を認める新時代の働き方改革~

2.雇用保険の適用

欅坂さんは、さくらクリニックで1週32時間の勤務をしていますので、さくらクリニックで雇用保険が適用となります。ただし、副業・兼業先のどちらも1週20時間を超えない勤務の場合、双方の勤務時間を合算して1週20時間以上になったとしても、雇用保険の適用となりません

・欅坂さん さくらクリニック週32時間 → 雇用保険適用
・別の看護師 さくらクリニック週18時間+富士坂訪問看護ステーション週15時間
→ 雇用保険適用除外


3.健康保険・厚生年金保険の適用

健康保険・厚生年金保険の適用の条件は、現在、職員500人以下の事業所については週所定労働日数・週所定労働時間が常勤職員の4分の3以上となっています。所定労働日数・所定労働時間数は雇用保険同様、事業所ごとに判断します。

 

欅坂さんの場合、さくらクリニックで週32時間勤務していますので、さくらクリニックで健康保険・厚生年金保険が適用となります。

 

こんなときどうする?経営者・看護管理者を悩ませた問題

これから記す話は筆者自身の顧問先における体験でもある、新型コロナウイルス感染症にまつわる副業・兼業の問題です。例として挙げるA事業所・B事業所の経営者、そして双方で勤務するCさんの対応を見ていきましょう。

Cさん…看護師・ケアマネージャーの資格保持者、パートタイマー
     主たる勤務先 A事業所(障害福祉サービス グループホームの看護師)
            月・水・金9:00~17:00、土9:00~13:00(週25時間勤務)
   副業の勤務先 B事業所(介護保険 居宅介護支援事業のケアマネージャー)
          毎週火・木8:30~17:30、土14:00~18:00(週20時間勤務)

A事業所とB事業所の経営者は、以前からCさんの法定労働時間を超える勤務に問題意識を持ち、連携してCさんの労働時間の削減に取り組んでいるところでした。

 

そんな中、A事業所の利用者が新型コロナウイルス感染症の陽性となり、Cさん本人も濃厚接触者と判定されたため、A事業所・B事業所ともにCさんに7日間の自宅待機期間を命じました。待機期間中に毎日、健康状態と抗原検査の結果報告を求めていました。A事業所・B事業所間でも情報共有をしていました。

 

ところが、Cさんの待機期間5日目、A事業所の常勤職員が次々と陽性や濃厚接触者になったということを聞き、Cさんは親切心からA事業所に自ら勤務したいと申し出ました。A事業所の管理者は「常勤職員で対応するので、パートタイマーのCさんは待機してほしい」と断ったものの、Cさんが「自分がいなければ仕事が回らなくなる」と言い張り、コロナ陽性の利用者との勤務を強行しました。B事業所の経営者も、Cさんが利用者20人を抱えるケアマネージャー業務をできなくなることについて問題視しましたが、Cさんは言うことを聞きませんでした。


社労士が解説!看護師の多様な働き方を実現させる労務マネジメント~副業・兼業を認める新時代の働き方改革~

結局、この勤務でCさんはコロナ陽性にはならなかったものの、新たに濃厚接触者として7日間の待機期間が課せられたため、もともとの待機期間5日も加えると12日間、業務ができなくなりました。B事業所ではCさんが抱える利用者20人を別のケアマネージャーに担当を振り分けることとなり、もともと副業に配慮した勤務体制を組んでいたB事業所の職員にさらに負担がかかることとなりました。

 

A事業所、B事業所ともにCさんのこの行動に対し、「業務上の命令に従わなかった」として、就業規則にのっとり懲戒処分(けん責)としました。結局、CさんはA事業所・B事業所ともに自己都合による退職を選択しました。 

社労士が解説!看護師の多様な働き方を実現させる労務マネジメント~副業・兼業を認める新時代の働き方改革~

看護師だけでなく他の資格も活用できる場ができ、また主たる事業所、副業の事業所ともにそれを活かすために経営者・看護管理者が力を尽くしても、緊急事態になったときにその職員が身勝手な行動をしたことで、その均衡が崩れるということになってしまいます。採用時に看護師個々の特性も踏まえつつ、副業・兼業を認める必要を痛感する出来事でした。

理想的な看護師の副業・兼業のカタチ―連載最終回の提言

3回の連載を通じて、看護師の副業・兼業への動向、実際に副業・兼業を現場で導入するときの労務管理の問題を触れました。現場を知る社会保険労務士として、綺麗事だけでは済まない副業・兼業について率直に記してきました。今までの内容を踏まえて副業・兼業をどのように推進すべきなのか、「知識・スキルの習得」「看護師の自主・自律の促進」ができるような理想的な看護師の副業・兼業を提言していきます。

―――制度改正によって副業・兼業を歓迎する社会へ

現実的に副業・兼業を行う土壌は整ってきており、社会保険関係も法改正が予定され、健康保険・厚生年金保険に関しては、ゆくゆくは週20時間以上の勤務で加入が義務付けられる方向となっています。

(参考)日本年金機構ホームページ

https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/20150518.html

 

雇用保険に関しても、試行的に65歳以上に限って「雇用保険マルチジョブホルダー制度」が令和4年1月1日から新設されています。

 

(参考)雇用保険マルチジョブホルダー制度

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000136389_00001.html

 

今後は、1事業所あたり週20時間ずつ2事業所での勤務を行う方向であれば、週40時間の勤務かつ雇用保険・社会保険の適用がされて、安定した勤務ができるでしょう。

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―――子育て世代の看護師の持続可能な副業・兼業の最適解とは?

一方、看護師の資格を持つ子育て世代(特に子どもが中学生以下)の人の動きを見ていますと、第1回でも触れましたが、健康保険・共済の扶養の範囲内(年収130万円未満)で働くということが一般的になっていますので、自宅近くのクリニック、訪問看護、特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、デイサービス等で週1~2回、週15時間未満の勤務となるケースが多いです。週40時間のフルタイムの勤務に戻るのは、なかなかハードルが高いと感じているのではないでしょうか。

 

まず自宅近くのクリニック、訪問看護、特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、デイサービス等で週1回ずつ2か所の勤務というところから始めて、「地域に貢献する」というのが「看護師の自主・自律」の促進ということになろうかと思います。

 

第1回から例として挙げている欅坂花子さんの「クリニック+訪問看護」という組み合わせは、患者様が通う施設と患者様のご自宅という、看護の視野が広がる経験ができそうです。少し子どもの手が離れたときに少しずつ勤務時間を広げていくことも可能です。狭い地域内での副業・兼業であれば、経営者・看護管理者同士の情報共有や連携もしやすいのではないでしょうか。

 

―――同法人内施設間での副業・兼業のススメ

経営者・看護管理者との連携がしやすいという点では、同法人の系列で異なる形態を持つ施設間の副業・兼業がよいと思います。大きな医療法人、社会福祉法人では大病院から訪問看護まで手広く事業を展開しています。社会保険関係も本部で一括されていることも多いですので、労働時間を通算する取り扱いもできるでしょう。

 

経営者・看護管理者の副業・兼業に対する理解や適切な労務管理、実際に副業・兼業をしようとする看護師の勤務への姿勢が噛み合って、初めて「副業・兼業のカタチ」ができていきます。このコラムが日本看護サミット宣言にあった「多様な働き方を実現するとともに、あらゆる職場において、就業継続が可能な看護職の働き方を推進していくこと」の一歩を進めるきっかけとなれば幸いです。

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吉川 史子(Yoshikawa Fumiko)

プロフィール

吉川 史子(Yoshikawa Fumiko)/社会保険労務士
ナーシングケア社会保険労務士事務所 所長

<保有資格>
社会保険労務士、産業カウンセラー、医療労務コンサルタント

大学卒業後、教員免許を活かして学習塾で小中学生の受験指導に携わる。
義母の介護を機に学習塾経営を断念し、介護者としての生活に入る。その中で出会った介護施設職員の労務実態に興味を持ち、介護の傍ら、社会保険労務士資格取得を決断する。
2009年、ナーシングケア社会保険労務士事務所を開設。「地域における医療福祉の労務管理のエキスパートになる」という思いを事務所名に託している。
オリジナルの就業規則・ルールブックづくり、介護職員処遇改善加算等に伴うキャリアアップ制度の作成、メンタルヘルス等の健康管理体制の構築等を得意とする。医療福祉の経営者の伴走者として、広くご相談に応じている。

 

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