
編集部より
看護界において、副業・兼業を認める新たな働き方が始まろうとしています。日本看護協会は2022年2月に開催した看護サミットの中で「スピード感を持って整えていく」とし、今後急速に準備が進むことが予想されます。これまで副業・兼業を禁止してきた医療機関が多いことから、経営者や管理者は労務管理を整えていかなければなりません。副業・兼業について経営側のメリットを理解した上で、看護師1人1人がさまざまなフィールドで活躍できる土台を作っておくことが、職員の定着・医療機関の質の向上にもつながると言えるでしょう。スムーズな導入のために、病院・介護施設の労務管理に詳しい社労士の吉川史子さんに、看護師の副業・兼業を認める新たな働き方の導入に向けた労務管理のあり方・準備すべきことなどについて3回にわたり解説いただきます。
執筆/吉川 史子(社会保険労務士、ナーシングケア社会保険労務士事務所 所長)
協力/榎本 幸子(社会保険労務士、社会保険労務士法人葵経営 かながわオフィス所長)
編集/メディカルサポネット編集部
届出用紙の記載内容が重要―Step2:副業・兼業の内容を確認する
前回は看護業界が副業・兼業を認める方向へ舵を切った事情と、経営者・看護管理者が副業・兼業を認めるための就業規則の規定、届出方法の一例を挙げました。導入は極めて簡単ですが、難しいと思われるのは実際に届出がなされてからです。改めて前回の「副業・兼業に関する届出」の例を見てみましょう。
「雇用」とは、労働基準法第9条に定める「事業に使用される者で賃金を支払われる者(労働者)」として契約を締結している場合をいい、以下のケースはすべて「雇用」にあてはまります。
・仕事の依頼や業務遂行の指示等に対して拒否できない
・経営者・看護管理者の具体的な指揮命令を受けている
・勤務場所・勤務時間が指定され管理されている
・経営者・看護管理者の指揮や監督の下に一定時間労働を提供したことに対する対価として賃金が支払われている
一方「非雇用」は、看護師の場合は以下のケースが挙げられます。
・起業
・共同経営
・アドバイザー ・NPO法人
・一般社団法人・社会福祉法人・医療法人等の理事
要は「雇用」と異なり、経営者・看護管理者等からの指揮命令や勤務時間・場所の限定がないと解される場合です。
「非雇用」の欄は業務内容を記載する欄もありますが、これは看護師が個人事業主として副業・兼業をする場合、屋号等もない場合には業務内容を知らせてもらい、就業規則の副業・兼業の制限に抵触するかどうかを確認する意味があります。
「雇用」か「非雇用」かにより、現在の勤務先と副業・兼業先との労働時間の通算が必要かどうかも明確になります。副業・兼業を上手く機能させるためには労働時間の管理が不可欠です。これは後ほど詳しく触れます。
次から、届出用紙の記載内容について具体的に解説していきます。
何をチェックする?届出用紙の記載内容
1.事業所名称・所在地、事業内容・業務内容
副業・兼業先と労働契約を締結している場合、共同経営や法人理事等の場合は、その事業所名称・所在地、事業内容・業務内容を確認しなければなりません。「非雇用」の説明でも触れたように、業務内容が副業・兼業の制限に抵触するかを見極める必要があります。特に事業内容・業務内容によっては「競業により法人の利益を害する場合」に該当するケースも大いにあるでしょう。法人の機密の漏えいにも直結します。
看護師の副業・兼業先の事業所をホームページ等で検索エンジンにかけて、どのような事業をしているのか確認してください。はっきりと言い切れるわけではありませんが、例えば訪問看護事業所に勤務する看護師の副業・兼業先も訪問看護関連だった場合、利用者の引き抜きをすることもあり、結果として法人の利益を害することになる可能性もあり得ます。
2.労働契約締結日・契約期間
今までは「法人の許可を受けて」副業・兼業をする流れでしたが、今後は届け出れば基本的には副業・兼業が可能となります。今までは許可が出ないということで隠れて副業・兼業をしていた看護師が、就業規則上、届出に変更したことで、表面化することもあるかもしれません。労働契約日や契約期間についても改めて確認をお願いいたします。
もし主たる勤務先の労働契約日が副業・兼業先の労働契約日よりも後だったならば、労働時間を通算した結果、残業代の発生は労働契約日が後の事業所となります。残業代の支払い方も労働契約日によって変わりますので、注意したいところです。
理解しておきたい副業・兼業の労働時間管理術
1.所定労働時間等、所定外労働時間
副業・兼業を認めるにあたり、最もハードルの高い問題が労働時間の管理です。でも触れたとおり、原則として「雇用」の場合は、副業・兼業先の労働時間を通算して時間外労働を管理していかなければなりません。1日の労働時間の基本的な管理方法の例を見てみましょう。
<例1>A法人の勤務時間が先行する場合
・A法人 労働契約締結日 令和2年4月1日 1日の所定労働時間5時間(7:00~12:00)
・B法人 労働契約締結日 令和3年4月1日 1日の所定労働時間4時間(14:00~18:00)

A法人と先に労働契約を締結しているので、A法人では残業なし、B法人で1時間の残業が発生しています。
<例2>B法人の勤務時間が先行する場合
・A法人 労働契約締結日 令和2年4月1日 1日の所定労働時間5時間(14:00~18:00)
・B法人 労働契約締結日 令和3年4月1日 1日の所定労働時間4時間(7:00~12:00)

A法人と先に労働契約を締結しているので、A法人の始業時刻の方が遅いとしても、A法人で残業なし、B法人で1時間の残業が発生することになります。
2.「管理モデル」を活用した労働時間の管理
この管理方法では難しい場合「管理モデル」を使う方法があります。管理モデルとは、労働者と経営者・看護管理者双方が手続き上の負担を軽減するため、労働基準法に定める最低限の労働条件が遵守されやすくなる簡単な労働時間の管理の方法のこと[1]です。
その前にまず、時間外労働の基本的な考え方を改めて確認しましょう。
★1 副業・兼業の時間を通算する
・法定労働時間:1日8時間・1週40時間(法律上の上限)
・法定外労働時間:1か月に100時間未満・複数の月で平均80時間まで
(特別条項付の36協定を締結したとき)
★2 副業・兼業の時間と通算しない
・法定外労働時間:1か月45時間まで・1年360時間まで(法律上の上限)
・法定外労働時間:1年720時間(特別条項付の36協定を締結したとき)
副業・兼業の日数が多い場合、主たる事業所と副業・兼業の事業所の両方で残業が発生する場合には、この管理方法では難しいことがあり、その場合は「管理モデル」を活用する方法があります。手続きが煩雑になる可能性があるため、あらかじめ以下の取り決めをしておきます。
(1)副業・兼業をする前に先に労働契約をしていた事業所Aの法定外労働時間(原則として1日8時間・1週40時間を超えた時間)と、後から労働契約をしていた事業所Bの所定労働時間・所定外労働時間を合計した時間数が、時間外労働の上限である1月100時間未満、複数月で80時間となるように、それぞれの事業所で労働時間の上限を設定する。
(2)副業・兼業を開始したら、事業所Aと事業所Bがそれぞれ設定した労働時間の上限内で勤務する。
(3)事業所Aの経営者・看護管理者は法定外労働時間について、事業所Bの経営者・看護管理者は労働時間について、
それぞれの事業所の36協定の延長時間の範囲内として時間外手当を支払う。
<例1>事業所Aに所定外労働時間がないとき
(1日の所定労働時間の場合)
・事業所Aの所定労働時間6時間、事業所Bの所定労働時間2時間
→法律上の1日8時間に抵触しないので、問題なし
・事業所Aの所定労働時間6時間、事業所Bの所定労働時間3時間
→法律上の1日8時間には抵触するので、Bは時間外手当を支払い、36協定の範囲内で副業・兼業を行う
(1週間の所定労働時間の場合)
・事業所Aの所定労働時間30時間、事業所Bの所定労働時間10時間
→法律上の1週40時間に抵触しないので、問題なし
・事業所Aの所定労働時間30時間、事業所Bの所定労働時間12時間
→法律上の1週40時間には抵触するので、Bは時間外手当を支払い、の36協定の範囲内で副業・兼業を行う

<例4>事業所Aに所定外労働時間があるとき
(1日の所定労働時間の場合)
・事業所Aの所定労働時間6時間・残業3時間、事業所Bの所定労働時間3時間
→事業所Aは1時間分の時間外手当を支払い、事業所Bも労働時間分はすべて時間外手当を支払う。事業所Bは通算して適用される時間外労働の上限(★1)の範囲内で設定しなければならない。
(1週間の所定労働時間の場合)
・事業所Aの所定労働時間30時間・残業15時間、事業所Bの所定労働時間15時間
→事業所Aは5時間分の時間外手当を支払い、事業所Bも労働時間分はすべて時間外手当を支払う。事業所Bは通算して適用される時間外労働の上限(★1)の範囲内で設定しなければならない。
5.欅坂花子さんの労働時間から考える時間管理術
では冒頭の<図1>に戻って、副業・兼業に関する届出の労働時間から、1週の労働時間の管理方法を見てみましょう。
(例)看護師 欅坂 花子
| 主たる勤務先:さくらクリニック |
副業の勤務先:富士坂訪問看護ステーション |
労働契約締結日:令和元年4月1日 所定労働日:月~水・金 所定労働時間:1日8時間(8:30~12:00、13:00~17:30) |
労働契約締結日:令和4年6月1日 所定労働日:土・日 所定労働時間:1日2時間(8:00~10:00) |
<例5>1週40時間の範囲内で収まる就業時間

<例5>は、主たる勤務先であるさくらクリニックでは月曜から金曜まで1週32時間、富士坂訪問看護ステーションでは土曜・日曜に1週4時間で、合計36時間の勤務です。労働基準法に定める「1週40時間」の勤務ということから考えると抵触していません。
<例6>1週40時間の範囲内で収まらない就業時間
では、<例6>のように残業が発生した場合はどうでしょうか。主たる勤務先であるさくらクリニックに残業が発生した場合です。赤で塗ってあるところが残業の部分で、本来は1週35時間勤務のところ、毎日17:30~19:00にも勤務したため、1日9.5時間の勤務となり、1日1.5時間、1週にわたって残業が発生します。
さらに土日に勤務する富士坂訪問看護ステーションでは土曜・日曜に週4時間の勤務をしていますので、この勤務は全て残業扱いとなり、時間外手当が発生することになります。これを支払うのは、後から労働契約をした富士坂訪問看護ステーションです。
副業・兼業を推進するということは、労働基準法上の変形労働時間を含めて、いかに労働時間を管理するかということにかかっています。ここをいかにクリアして、「知識・スキルの習得」、「看護師の自主・自律の促進」につなげていけるのか、次回の副業・兼業の連載では、労働時間の問題をクリアして、どのように副業・兼業につなげるのか、具体的に提示していきたいと思います。
<引用文献>
[1]副業・兼業の促進に関するガイドライン(3)~「管理モデル」~
プロフィール
吉川 史子(Yoshikawa Fumiko)/社会保険労務士
ナーシングケア社会保険労務士事務所 所長
<保有資格>
社会保険労務士、産業カウンセラー、医療労務コンサルタント
大学卒業後、教員免許を活かして学習塾で小中学生の受験指導に携わる。
義母の介護を機に学習塾経営を断念し、介護者としての生活に入る。その中で出会った介護施設職員の労務実態に興味を持ち、介護の傍ら、社会保険労務士資格取得を決断する。
2009年、ナーシングケア社会保険労務士事務所を開設。「地域における医療福祉の労務管理のエキスパートになる」という思いを事務所名に託している。
オリジナルの就業規則・ルールブックづくり、介護職員処遇改善加算等に伴うキャリアアップ制度の作成、メンタルヘルス等の健康管理体制の構築等を得意とする。医療福祉の経営者の伴走者として、広くご相談に応じている。

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