2019.09.24
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ウィル訪問看護ステーション

看護部ビフォーアフターvol.2

大きな声では言えないかもしれないけれど、どこの看護部もそれぞれに課題を抱え、頭を悩ませているもの。どのように課題と向き合い、乗り越えていくのか……。そこで組織としての真価が問われます。今回は、2016年にWyL株式会社を創業し、ウィル訪問看護ステーションを展開して地域医療に貢献している岩本大希さんにお話を伺いました。全国訪問看護事業協会の調査によると、新規開業した訪問看護ステーションの半数以上が休廃業している現状がある中で、経営維持・拡大を進めるウィル訪問看護ステーションの経営手腕はどのようなものなのでしょうか。訪問看護ステーションに限らず、病院・薬局・施設、どのフィールドにも共通したヒントがあるようです。

取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング)
撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo)
編集・監修/高山 真由子(看護師・保健師・看護ジャーナリスト)

 

【お話を伺った方】

WyL株式会社 代表取締役

ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長

看護師・保健師

岩本 大希さん

 
  

■救命救急センターでの原体験から在宅の道へ

 ――もともとは三次救急の現場で活躍していた岩本さんが、訪問看護に興味をもったきっかけを教えてください。

 

私は新卒で大学病院に入職し、救命救急センターのICUで働いていました。ある意味ドラマチックで、とてもやりがいのある現場でしたが、高齢の患者さんが骨折するまで心臓マッサージを受けたり、たくさんのチューブにつながれたりする環境の中で経験を重ねるうちに、沸々と疑問がわき起こってきました。もちろん、そうしたことは命をつなぐために三次救急でやるべきことなのですが、「もっと手前の段階で人生の最期について本人や家族と話す機会があったらよいのに」と感じるようになったのです。

 

また、ICUで一命を取りとめたとしても、なかなか退院できない患者さんも少なくありません。しかし、在宅でも的確な医療を提供できれば、患者さんの「家に帰りたい」という願いをかなえてあげられる上、空いたベッドを緊急度の高い次の患者さんに使ってもらうこともできます。そうした思いが重なって、訪問看護に興味を持つようになりました。

 

その後、大学の先輩が立ち上げたというご縁のあるヘルスケアベンチャー企業へ転職し、小さなアパートを借りて訪問看護事業を立ち上げました。夜間や土日祝日にも訪問を待っている方は多いと思い、24時間対応365日営業のサービスをスタート。見込み通り地域のニーズは非常に高く、順調に事業を拡大していきました。スタッフの採用はほとんどリファーラルリクルーティング(信頼できる人脈からの紹介)により行い、想像していたより苦労はなかったように思います。集まったメンバーでベストの仕事をするため、私自身も現場に出ながら、人間関係の改善も含めたマネジメントに力を注ぎました。

 

 

 

■どんな患者さんも住み慣れた自宅で暮らせるように

 ――4年間で3事業所を立ち上げた後、2016年にWyL株式会社を設立して独立したのですね。また違った風景が見えてきたのではないでしょうか。

 

在宅の現場を経験する中で、若手の看護師が圧倒的に不足している現状を痛感していました。現在は5万人ほどの訪問看護師数ですが、日本看護協会などによると2025年には12万人~15万人の訪問看護師が求められると試算されている中で、訪問看護師の平均年齢は50歳近くで、10年後には引退してしまう層も少なくないのです。在宅ケアが必要な地域住民が今後ますます増えていくのは間違いないですから、私なりの方法で問題解決に挑むべく、独立を選択しました。弊社のモットーは「全ての人に“家に帰る”選択肢を」です。その実現のために、24時間対応365日営業はもちろん、医療依存度が高く比較的受け皿が少なくなりがちな方にもケアを提供できる体制を整えています。

 

実は、訪問看護ステーションは立ち上げから数年以内に廃業に追い込まれることも少なからずあり、そうなったら利用者さんへのサービス提供が滞ってしまいます。だからこそ特に新規の事業所は、ケアマネジャーをはじめとする関係者からの信頼を得る努力が必要です。私たちの場合は、たとえ連休中であっても依頼を受けられる体制であることや、一般的には帰宅が難しいケースでも受け入れ・在宅生活を支えることが可能であることなどから、その点をクリアしていったように思います。

 

また、病院で働いているときにはあまり意識しなかったことですが、自分が提供しているサービスの価値について考えることも大切だと思うようになりました。例えば、どんなに美味しいたこ焼き屋さんでも、大将に値段や素材を聞いて「分かりません」と言われたら不信感を覚えますよね。自分が金額にしていくらのサービスを提供しているのか理解した上で、それだけの価値があると患者さんに感じてもらえているか、振り返って考えることも必要ではないでしょうか。

 

 

■若手の看護師も現場&座学の学びで成長

 ――より若い世代の訪問看護師を育てるため、教育制度にも工夫を凝らしたそうですね。

  

一つは、プリセプター制度によるOJT教育で、3か月程度は必ず同行訪問を実施しています。また、「先輩によって言うことが違う」という混乱が起こらないように、教育や成長の進捗と振り返りの記録が常に全スタッフへ公開されていて、同行訪問で行ったケア内容や課題、指導されたポイントなどが誰でもいつでも確認できるようになっています。このシステムにより皆で新人の成長を見守り、必要に応じてチームとして検討・介入することができるわけです。また単独で訪問するようになってからも、クローズドのSNSを活用しいつでもどこでも利用者に関するディスカッションや相談、写真や動画を用いた共有をすることで、一人で抱え込まない安心感を構築し、「常に自分だけで判断しなければいけない」という状況が生まれないようにしています。そしてオハマシステム(看護の成果を定量的に評価・共有できるツール)やポケットエコーなどを活用し、ケアプロセスやアセスメント、アウトカム情報を可視化することで、一人で抱え込まないようにする反面、プロとしてケアに責任を持ち、利用者利益になるよう看護の成果を意識することを重視しています。

 

さらに、訪問看護についての基礎的な座学やシミュレーションは、学研メディカルサポートと共同開発したe-learning教材を用意し座学の面でも共通した学びができるようサポート。その後新人教育を終えた看護師たちは、アドバンスコンテンツとして緩和ケアや小児看護などの専門的な知識を習得できるよう、多岐にわたる項目をウィルグループ内で学習動画として網羅しています。ウィルグループに参加しているステーションのナースであればいつでも閲覧できるので、ちょっと苦手な分野の訪問に行く前や、復習を兼ねてすきま時間を活用するなど好きなタイミングで自己学習が可能です。

 

ステーション内だけでは学びづらい部分については、東京都立墨東病院や、他の訪問看護ステーションで研修することもあります。東京都立墨東病院とは相互研修を実施しているため、病院看護師が私たちと一緒に利用者さん宅を訪れ、訪問看護の実際を学んでもらうこともありますよ。

 

  

 

■ケアに集中できるような「運営支援」を提供

 ――いわゆるフランチャイザーとして新規事業所の開設支援にも注力しているとか。

 

現在、のれん分けした事業所が沖縄県と岩手県にあるほか、コンサルティングも多数引き受けています。訪問看護事業への参入に興味はあっても事業所の立ち上げ経験がなく、不安を感じている方は少なくありません。その点をフォローすべく、私たちの知見をシェアしていきたいのです。このときに大切なのは、単なる「立ち上げ支援」ではなく、その後もスムーズに地域でサービスを提供していけるように「運営支援」を重視していること。「私たちウィルグループのコミュニティーに参加してもらう」というイメージで、理念は共有しながらできるだけ縛りを緩くし、各地域のニーズやチームの特徴を生かした運営を可能にすることを目標にしています。

 

そもそも訪問看護ステーションの所属スタッフ数は平均5人程度で、悩みを相談する相手がとても少ないのです。困っていることも既に良い方法があれば他の拠点から知恵をシェアされたり、あるいは悩んでいることは50人や100人で考えれば解決できたり、その分野の専門家がいれば正しい方向へ導いてくれたりするかもしれません。それは経営や管理のことだけではなく多くの場合で現場の看護についてのことを意味しています。弊社の場合、スタッフ全員が同じように情報へのアクセス権を持ち、リソースを共有できる仕組みを構築しています。そこで業務上の悩みや課題はもちろんのこと、日々のケアを通して感じた喜びやモヤモヤなど、看護に携わるからこその一喜一憂も気軽にシェアして前向きなコミュニケーションが生まれています。また、弊社に所属する小児や緩和といった分野の専門家(認定看護師や専門看護師など)の横断的に介入ができる独立したチームをもち、いつでも相談できたり、こちらからサポートが必要な場面でこちらから介入できる体制を整えていることも特徴の一つでしょう。

 

さらに、人材採用を進めるため積極的な情報公開も行っています。例えば、ホームページで公開している弊社の年収実績は、求人票のキレイな数字ではなく、実際に支払った金額の中央値と平均値をそのまま出していて、他の事業所から驚かれることもあります。でもこのように透明性を高めることで、訪問看護に関心のある方がより安心感をもって訪問看護の世界へ足を踏み入れられるのではないかと思っています。

  

  

 

■不安があってもチームで補い合える

 ――最後に、訪問看護に魅力を感じている読者の皆さんへメッセージをお願いします。

「いろいろなことを経験しないと在宅はできない」とよく言われますが、たとえ定年まで働いた看護師でも、すべてを経験した人などいないのではないでしょうか。経歴に偏りがあったり、得手不得手があったりするのは当然のことですから、チームで補い合えばよいのです。だから、経験がないからといって躊躇しないでください。訪問看護に従事する人が1人でも増えれば、希望通り自宅で暮らせるようになる患者さんも確実に増えていくのですから。

 

いったん在宅の現場を経験してから、病院に戻るのも悪くないでしょう。「病院から地域へ」の流れが加速する今、両方の実情を理解している看護師はとても貴重な存在です。看護師としてのキャリアの中で、ぜひどこかのタイミングで訪問看護を経験してほしいですね。とはいえ、訪問看護はとても魅力的な仕事で、その楽しさにハマると、なかなか抜け出せないとは思いますが……。

   

 

  

    

WyL株式会社 ウィル訪問看護ステーション

住所:東京都江戸川区中央4-11ー8
   アルカディア親水公園ビル地下1階(ウィル訪問看護ステーション江戸川)

TEL:03-5678-6522(ウィル訪問看護ステーション江戸川)

URL:https://www.wyl.co.jp/

看取り、がん、難病、生活保護、認知症独居、小児、精神など、困難なケースも含めて誠心誠意対応している24時間・365日対応の訪問看護ステーション。東京都江戸川区と江東区で事業所を運営するほか、いわゆるフランチャイズ展開にも力を入れており、沖縄県と岩手県にものれん分けした事業所が存在する。

(取材日 2019年8月8日)

 

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