2023.05.17
3

〈失敗事例から学ぶ〉ストレスチェック第2回:安易な就業制限

メディカルサポネット 編集部からのコメント

ストレスチェックでの失敗事例を漫画で学ぶシリーズです。相談を受けた産業医が安易に従業員の残業禁止をした所から始まったトラブル事例とは?

                  

事例の説明  

高ストレス者面談で対象者の訴えを聞き,心理的負担が高いと判断した産業医は,就業制限として「残業禁止」と人事担当者に伝えます。突然の決定にびっくりした人事担当者ですが,産業医がそう言うからには仕方ないと,その労働者の残業を禁止して,定時の勤務となるような措置をとります。すると,残業を禁止された労働者は,産業医のおかげで残業をしなくてすんでいるとあちこちで吹聴してしまいます。そのため,自分も残業を禁止して欲しいと労働者が産業医面談に殺到してしまいました。もちろん,皆が残業をせず,定時勤務になってしまっては会社が回りません。産業医はどうしたらよいか分からなくなって困ってしまいました。

    

失敗の1つの原因                      

1 安易な就業制限を出してしまった

この事例では,就業上の措置に関する意見を出すときに,労働者に同情して安易な就業制限を出してしまったことが,失敗の原因と言えるでしょう。就業制限は,労働契約に基づく労働者の企業への労務提供を不自然に歪めるようなものです(本来はりんご100個納めて100万円もらう契約を,病気を理由に80個で100万円もらうようなもの)。そのため,就業制限は,時に労働者の疾病利得(病気があることで利益を得ている状態:この事例では残業をしなくてすむ,りんごの例では20個を納めなくてすむ)を生む可能性を常に秘めています。これは,夜勤制限や出張制限などでも同様です。誰かの業務を制限するということは,他の誰かがその業務をすることになり,職場の不公平感を生む懸念もあります。このようなことから,安易な就業制限を出さないように注意する必要があります。

                

解決の1つのヒント              

ヒント1 文脈を意識して就業制限をかける

産業医は,なぜその就業制限が必要なのか,ということを明確にする必要があります。藤野ら1)は,就業制限を出す文脈について以下のように整理をしています。            

類型1:就業が持病の疾病経過に悪影響を与える恐れがある (例:心不全の労働者に対する過度な筋作業制限)

類型2:健康状態が原因で事故につながる恐れがある (例:意識障害をきたす恐れのある労働者に対する運転業務制限)

類型3:勤務実態が適切な受診行動や生活習慣確保を妨げる理由となっており,就業制限をかけることによって,適切な受診行動および自己健康管理を促す必要がある (例:高血圧を放置している労働者に対する運転業務制限⇒受診行動を促す)

類型4:健康上の問題が就業環境にあり,その改善に向けて事業主に問題提起を行う必要がある。個の労働者への措置だが本質的には職場への介入 (例:長時間残業が常態化している職場の労働者に対して残業制限)

   

事例の場合では,残業業務によって持病が(著しく)悪化しているのか(=類型1),現在の健康状態で残業業務をすることで事故につながる恐れがあるのか(=類型2),残業業務制限によって適切な自己健康管理を促したいのか(=類型3),職場全体の問題提起を行うための残業制限なのか(=類型4),ということを産業医自身がわかった上で就業制限をかける必要があると言えます。

 

実際には本人の心理的負担の訴えだけではなく,業務の状況を詳しく聴取したり,上司や人事担当者からも情報を収集したり,持病の状況や就業制限の要否を主治医に問い合わせたりと,多方面からの情報収集を行った上で,就業制限が必要かどうかを判断します。

  

  

皆さんは就業制限を出すときに,対象者や上司,人事担当者にどのような説明をしていますか。なぜ必要なのか,どのくらいの頻度で見直すのか,どのような状態になったら就業制限が不要になるのか,ということを丁寧に説明していくとともに,関係者間で合意形成を図ることが非常に重要です。今回ご紹介した文脈の類型も,ぜひ参考にして下さい!

              

【文献】

1)藤野善久, 他:産衛誌. 2012;54(6):267–75.

 https://www.jstage.jst.go.jp/article/sangyoeisei/54/6/54_B12003/_pdf/-char/ja

      

五十嵐 侑(いがらし ゆう)

五十嵐労働衛生コンサルティング合同会社・代表/産業医。仙台出身。2010年産業医科大学医学部卒業。大手製造業で専属産業医経験を経て,2020年から現職。note(https://note.com/gachiop/)でも執筆活動中。

     

 出典:Web医事新報

  

  

メディカルサポネットの

"オリジナル記事"が読み放題・

"採用に役立つ書類"のダウンロードも

   

ログイン(既に会員の方)

  •  採用のご相談や各種お問合せ・資料請求はこちら【無料】

この記事を評価する

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

TOP