2022.05.25
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社労士が解説!
看護師の多様な働き方を実現させる労務マネジメント
~副業・兼業を認める新時代の働き方改革~

vol.1 看護師の副業・兼業を認める労務管理のはじめの一歩

社労士が解説!看護師の多様な働き方を実現させる労務マネジメント ~副業・兼業を認める新時代の働き方改革~

 

編集部より

看護界において、副業・兼業を認める新たな働き方が始まろうとしています。日本看護協会は2022年2月に開催した看護サミットの中で「スピード感を持って整えていく」とし、今後急速に準備が進むことが予想されます。これまで副業・兼業を禁止してきた医療機関が多いことから、経営者や管理者は労務管理を整えていかなければなりません。副業・兼業について経営側のメリットを理解した上で、看護師1人1人がさまざまなフィールドで活躍できる土台を作っておくことが、職員の定着・医療機関の質の向上にもつながると言えるでしょう。スムーズな導入のために、病院・介護施設の労務管理に詳しい社労士の吉川史子さんに、看護師の副業・兼業を認める新たな働き方の導入に向けた労務管理のあり方・準備すべきことなどについて3回にわたり解説いただきます。

 

執筆/吉川 史子(社会保険労務士、ナーシングケア社会保険労務士事務所 所長)

協力/榎本 幸子(社会保険労務士、社会保険労務士法人葵経営 かながわオフィス所長)

編集/メディカルサポネット編集部

 

コロナ禍により大きく舵を切った看護業界の副業・兼業

コロナ禍において、看護師がこれほど注目されたことがあったでしょうか。コロナ禍の初期、2020年は陽性患者に向き合い心を病んでいった看護師の姿がマスコミ等で大きくクローズアップされました。そして2021年初め、コロナワクチンの大規模接種が進むと、多くの看護師が副業・兼業という形をとって被接種者として活躍することになりました。

 

看護師の中には、配偶者の扶養から外れないようにするため、自身の収入が130万円を超えない形で週5時間~10時間程度、訪問看護や介護施設系で勤務するという「抑制的な働き方」を選択する人も多く見られます。しかし、2021年4月から2022年9月まで、コロナワクチン接種業務による収入を収入の範囲として算定しない(130万円の中にカウントしない)こととなり、被接種者として看護師が大活躍しました。コロナ禍の特例とはいえ、結果として看護業界の副業・兼業の推進に一役買ったことといえるでしょう。

 

コロナ禍により大きく舵を切った看護業界の副業・兼業 

厚生労働省から発出された「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(2018年1月策定、2022年9月改定)では、副業・兼業を認める側の経営者・看護管理者側のメリットとして、以下の5項目を挙げています。

  • 1. 事業所内で得られない知識・スキルの習得
  • 2. 看護師の自主・自律の促進
  • 3. 優秀な人材の獲得と流失の防止
  • 4. 競争力の向上
  • 5. 事業機会の拡大
コロナワクチン接種業務はまさに「知識・スキルの習得」、「看護師の自主・自律の促進」に当てはまった好事例ではないでしょうか。
 

日本看護サミットの宣言とこれからの看護管理者側の在り方

2022年2月4日に開催された日本看護サミット(主催:日本看護協会)では「2040年に向けて変わりゆく地域の医療ニーズに応え、新たな看護ケアサービスを創造できるよう、働き方を抜本的に見直し、多様な働き方を実現するとともに、あらゆる職場において、就業継続が可能な看護職の働き方を推進していくこと」が宣言されました。

 

これまで、どちらかといえば副業・兼業への取り組みに消極的だった看護業界でしたが、この踏み込んだ提言には私も大変驚きました。業界全体として、コロナワクチン接種の被接種者となることで副業・兼業を経験したことは大きかったと思われます。

 

一方、先の記事でも触れていますが、同サミットに登壇した友納理緒氏(弁護士・看護師・保健師)が副業・兼業を認める働き方を浸透させるために経営者・看護管理者が目指すポイントとして、3点を提言しました。改めておさらいしておきましょう。

  • [1]労働時間の管理  安全配慮義務を負う管理者として労務管理上の問題がないか
  • [2]看護師の健康管理 健康診断の実施、生殖世代から老いを迎えるまでの女性の健康管理
  • [3]学びの支援    地域全体で活躍できる柔軟な働き方、隣接する他領域との連携

この提言を軸として、社会保険労務士として「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を読み解きつつ、副業・兼業の具体的な在り方について示していきたいと思います。

 

 

コロナ禍により大きく舵を切った看護業界の副業・兼業

 

看護師の副業・兼業を認めるために必要な準備 ――STEP1 : 就業規則を整備する

そもそも看護師の副業・兼業を認めるにあたってどのようなステップを踏んでいけばいいのでしょうか。まず経営者・管理者の皆さんにお願いしたいことは就業規則の整備をすることです。ガイドラインのモデル就業規則をもとにした副業・兼業を認める規定例を見てみましょう。

 

<表1>副業・兼業を認める規定例       ※下線は筆者による

                                 

もともと就業規則では、「法人の許可なく、在職中に、他の事業者と労働契約または委任契約を結んだり、個人として事業を営む等により、本人または第三者の利益を目的とした行為をしたりしてはならない」という記載で副業・兼業の禁止や許可制を定めた例がほとんどだと思います。それをあえて第1項では「原則として認める」という趣旨の文言とします。

 

次に、どのような手続きを踏んで副業・兼業ができるかということもポイントです。ここでは「届出」とだけ定めていますが、具体的には法人内書式を作成し、副業・兼業の形態(雇用・請負・自営など)、副業・兼業における事業所名称と事業内容・業務内容、雇用契約期間(期間の定めあり・なしを含む)、所定労働日・所定労働時間・始業終業時刻、所定外労働時間を職員に届け出てもらうことになります。合わせて確認事項として、届出事項に変更があった場合には速やかに届け出ること、副業・兼業先の実労働時間を定期的に報告することなども盛り込みます。(表2参照)

 

看護師の副業・兼業 就業規則 規定例 

 

規定例(上記表1参照)の第2項では、例外的に副業・兼業を認めない場合を列挙していますが、内容は過去、副業・兼業に関する裁判で副業・兼業が認められなかったケースです(上記表1参照)。改めて確認しておきましょう。

 

(1)労務提供上の支障がある場合

(2)法人の秘密が漏洩する場合

(3)法人の名誉や信用を損なう行為がある場合

(4)競業により法人の利益を害する場合

   

ほぼこの4項目に集約されるでしょう。例えば「労務提供上の支障がある場合」としていますが、もっと直接的に「身体に重大な危険が伴う場合」、「健康を損ねることが明らかな場合」といった文言で示してもよいと思います。

      

まずは経営者・看護管理者が副業・兼業を管理するための根拠をしっかりと作り上げることが大切です。ここでは就業規則の一項目として副業・兼業を規定しました。もし私が本格的に副業・兼業に関して規定をつくるのであれば、別規程(副業・兼業規程等の名称)でよりきめ細かい対応ができるような形としますが、副業・兼業を認める第一歩としては、この規定内容で十分だと言えるでしょう。 

 

 

吉川 史子(Yoshikawa Fumiko)

プロフィール

吉川 史子(Yoshikawa Fumiko)/社会保険労務士
ナーシングケア社会保険労務士事務所 所長

<保有資格>
社会保険労務士、産業カウンセラー、医療労務コンサルタント

大学卒業後、教員免許を活かして学習塾で小中学生の受験指導に携わる。
義母の介護を機に学習塾経営を断念し、介護者としての生活に入る。その中で出会った介護施設職員の労務実態に興味を持ち、介護の傍ら、社会保険労務士資格取得を決断する。
2009年、ナーシングケア社会保険労務士事務所を開設。「地域における医療福祉の労務管理のエキスパートになる」という思いを事務所名に託している。
オリジナルの就業規則・ルールブックづくり、介護職員処遇改善加算等に伴うキャリアアップ制度の作成、メンタルヘルス等の健康管理体制の構築等を得意とする。医療福祉の経営者の伴走者として、広くご相談に応じている。

 

 

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