2024.09.26
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薬の本棚

佐藤健太郎の薬の時間vol.7

    

編集部より

東京書籍の教科書「改訂 化学」や雑誌「現代化学」、文藝春秋、朝日新聞などで活躍中のサイエンスライター佐藤健太郎さんが薬の世界を紐解きます。

連載「薬の時間」では、注目の新薬や、医薬品こぼれ話、世界の製薬企業など、医薬品にまつわる様々なトピックを取りあげてわかりやすく解説していきます。 

 

第7回は、「薬の本棚」と題し、医薬品にまつわる書籍をご紹介します。

私たちが普段使っている薬の意外な開発過程や、ベンチャー企業だからこそ成しえたワクチン製造など、ぜひ今回紹介する書籍を手に取って学んでみてはいかがでしょうか。

 

執筆/佐藤健太郎(サイエンスライター)

編集/メディカルサポネット編集部

   

 

 

1. 「薬」を深く知るために

積み重なった書籍

 

医薬品の世界は奥が深く、その開発には多くのドラマがあります。また、多くの人の健康と生命を守り、巨大な売上をもたらす製品でもありますから、与える社会的、経済的影響も絶大です。

 

にもかかわらず、医薬品をメインに扱った本やドキュメンタリーはほとんど見かけません。理解のために必要な科学知識が多いこと、流通機構なども複雑で、解説がしにくいことなどが、原因として挙げられそうです。

 

このため、医薬品はこれだけ身近な製品でありながら、世に知られていない部分が多くあるのが現状です。今回は、そうした複雑で、しかも魅力的な医薬品の世界を紹介する書籍をいくつかご紹介しましょう

        

2. 名薬たちの秘話

最初に紹介するのは、『奇跡の薬16の物語』(化学同人 キース・ベロニーズ著 渡辺正訳)です。タイトル通り、16種の医薬品の発見物語、それらがもたらした社会的影響について語られています。取り上げられているのは、ペニシリンやキニーネといった文字通り歴史を変えた医薬、ミノキシジル(商品名リアップ)やバイアグラなど話題を集めた薬、そして新型コロナウイルスのワクチンなど多岐にわたります。

 

医薬の構造式も収載され、科学的な側面からの解説もなされていますが、基本的には「物語」であり、読みやすく仕上げられています(序章は少し難しい記述が多いので、流し読みしてもよいかと思います)。

 

偶然の発見という要素は科学の進歩に不可欠ですが、画期的な医薬の発見には特にそれが重要になります。青カビが偶然シャーレに飛び込んだというペニシリンの発見物語は有名ですが、それ以外にも多くの偶然がなければ、ペニシリンは見つかっていませんでした。

 

双極性障害治療に用いられるリチウムも、尿酸の効果を調べるために可溶化剤として加えたことが、薬効発見のきっかけでした。ミノキシジルも、降圧剤として試験を行っていた最中に、たまたま発毛作用が見つかって用途を切り替えたものです。

 

また、かつての医薬探索が、恐ろしく乱暴なものであったことにも驚かされます。クロルジアゼポキシドの発見者スターンバックは、自分自身を実験動物(「2本足のラット」と表現されています)として様々な化合物の薬効を試し、その抗不安作用を発見したということです。極めて無謀なやり方としか言いようがありませんが、特に向精神薬の分野では、こうした手法でしか発見できない――つまり現代では絶対に見つけようがない医薬があったのも事実でしょう。

 

みなさんがお世話になる身近な薬に、こうした背景があったとはと、薬の見方が変わる本です。また米国と日本の医薬事情の違いを知るにも、好適な本だといえるでしょう。

 

3. 創薬の苦闘を描く

次に紹介するのは『新薬の狩人たち――成功率0.1%の探求』(早川書房 ドナルド・R・キルシュ オギ・オーガス著 寺町朋子訳)です。この本は2018年にハードカバーの単行本として刊行されましたが、2021年に『新薬という奇跡――成功率0.1%の探求』と少しだけ題名を変え、文庫本として再刊されています。ちなみに本稿の執筆者である佐藤が、巻末の解説を担当しています。

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