2024.07.18
5

危険ドラッグはなぜなくならないか

佐藤健太郎の薬の時間vol.5

    

編集部より

東京書籍の教科書「改訂 化学」や雑誌「現代化学」、文藝春秋、朝日新聞などで活躍中のサイエンスライター佐藤健太郎さんが薬の世界を紐解きます。

連載「薬の時間」では、注目の新薬や、医薬品こぼれ話、世界の製薬企業など、医薬品にまつわる様々なトピックを取りあげてわかりやすく解説していきます。 

 

第5回は、危険ドラッグはなぜなくならないかについて語ります。

長い間社会問題となっている「危険ドラッグ」はどのように発生し、なぜ取り締まりが難しいのか、どのような危険があるのかを解説いただきます。

 

執筆/佐藤健太郎(サイエンスライター)

編集/メディカルサポネット編集部

   

       

1. 次々登場するドラッグ

危険ドラッグ乱用のイメージ図

 

一時期「危険ドラッグ」と呼ばれる新たなドラッグ群が、大きなニュースとなったことがあります。従来の麻薬などとはやや異なるものの、類似の作用を持つこれらのドラッグは、摂取した者が交通事故などを起こすなど、大きな社会問題となりました。

 

この騒動はいったん沈静化したものの、最近になって新成分を含んだ「大麻グミ」や、「1D-LSD」と呼ばれる新たな幻覚剤が登場するなど、新たな動きが見られます。こうしたドラッグ類は、実は医薬研究の副産物、鬼子ともいうべきものです。今回は、これら新型ドラッグがどのように発生し、なぜ取り締まりが難しいのか、どのような危険があるのかを解説していきたいと思います。

       

2. 人類と共にあった麻薬

摂取すると強烈な快感や陶酔感をもたらすが、徐々に体を蝕んで身を滅ぼしてしまう――いわゆる麻薬と呼ばれる物質群は、古くから人類のそばにありました。古代エジプトやギリシャの記録にもアヘン(ある種のケシの実から得られる乳液を干し固めたもの)が現れますし、紀元前3000年頃の古代インカ帝国の住民も、高地での労働に耐えるためにコカの葉(コカインを含む)を噛んでいたそうです。

 

これらは嗜好品としてだけでなく、医薬としても重要でした。ことにアヘンは、鎮痛剤としても極めて強力であり、現在でも末期がんの疼痛を鎮めるためなどに用いられます。また、ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」にも、「これを混ぜた酒を飲んだ者は、目の前で家族が殺されても、一日の間は涙を落とすことがない」という記述があり、向精神薬としても利用されていたと見られます。

 

一方、麻薬は歴史の負の側面にも大きく関わってきました。有名なアヘン戦争(1840~1842年)は、アヘンの禁輸をめぐって清と英国の間で戦われた戦争です。また米国の南北戦争(1861~1865年)では、負傷した兵士に鎮痛薬としてモルヒネが大量に投与され、多くの耽溺者を出す結果となりました。

  

3. 新薬の源泉になった麻薬

前述のように、人体に強烈な作用をもたらす麻薬は、うまく使えば優れた鎮痛薬などになりえます。もし麻薬から習慣性を切り離すことができれば、素晴らしい医薬が誕生することになります。そこで、医薬研究者は麻薬類の分子構造を様々に変換し、その作用を確かめるという実験を長年行ってきました

 

こうした研究から、多くの医薬が生まれています。コカインの化学変換によって作り出された麻酔薬プロカインやリドカインなどはそうした例の一つです。

 

 

会員登録されている方のみ続きをお読みいただけます。

この記事を評価する

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

TOP