編集部より

東京書籍の教科書「改訂 化学」や雑誌「現代化学」、文藝春秋、朝日新聞などで活躍中のサイエンスライター佐藤健太郎さんが薬の世界を紐解きます。

連載「薬の時間」では、注目の新薬や、医薬品こぼれ話、世界の製薬企業など、医薬品にまつわる様々なトピックを取りあげてわかりやすく解説していきます。 

 

第3回は、「災害と医薬」です。能登半島地震では薬剤師や復旧チームによって何が行われ、現在の日本の医薬品供給状況はどうなっているのか。また、安全な暮らしを守るため、医薬品関係者はこれから何をする必要があるのかを考えます。

 

執筆/佐藤健太郎(サイエンスライター)

編集/メディカルサポネット編集部

   

       災害炊き出し訓練

1. 医薬は命綱

2024年は、能登半島での大地震という大きな災害で幕を開けることとなりました。発災から2ヶ月近くを経ても、被災地の復興にはまだまだ遠い状況であり、ある日突然に襲ってくる自然災害の恐ろしさを実感させられます。

 

こうした災害において、医薬品の果たす役割は極めて大きなものがあります。ふだんから持病がある人にとっては、医薬の供給途絶は死活問題となります。また、震災の際には当然ながら怪我人が多く発生しますし、避難所などでの感染症の拡大も大きな問題となります。このため、被災地への医薬品の速やかな輸送は、非常に優先度の高い課題に位置づけられます。

 

ただし、全国から送られる医薬品の仕分けや品質管理には、大きな労力と深い知識が必要になりますし、需要とのミスマッチが多いこともしばしば問題となります。また、ふだんとは異なる状況での調剤や服薬説明を行う必要もあるため、薬剤師の存在が不可欠になります。東日本大震災の際には、延べ8,378人(実人数2,062人)の薬剤師が被災3県に向かい、支援活動を行いました。

ただし今回の能登半島地震は、震災と医薬の関係についても、新たな課題を突きつけたように思います。

     

2. 災害は毎回異なる

災害は、やってくるたびに異なる様相を見せるものです。1995年、大都市の直下を襲った阪神・淡路大震災は、ビルや高速道路などのインフラが破壊される恐ろしさを見せつけました。2004年の新潟県中越地震は、大雨が多かった年であったため、多くの山崩れが発生して被害を拡大したことが特徴です。2011年の東日本大震災は、巨大津波と原発事故による広範囲の複合災害となったことは記憶に新しいでしょう。2016年の熊本地震では車中泊後の静脈血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)、2018年の大阪北部地震ではブロック塀の倒壊がクローズアップされました。このように、地形や季節などによって震災の形が毎回異なる以上、これに立ち向かう態勢もそのたびに違うものにならざるを得ません。

 

今回の能登半島地震は、半島特有の険しい地形のため、輸送・復旧の困難さがクローズアップされた震災といえます。被災範囲がはるかに大規模であった過去の災害に比べても、道路などの修復の難しさは際立っています

 

たとえば2011年の東日本大震災では、震源に近い常磐自動車道が大きな被害を受けましたが、地の利がよく地震発生から20時間で緊急車両が通れるよう仮復旧が完了、6日後には完全復旧され、その驚異的な回復ぶりは世界で大きく報道されました。

 

しかし今回の能登半島地震では、発災から50日を経てもなお、完全回復には程遠い状況です。大動脈である国道249号さえ、トンネル崩落や山崩れによって道が塞がれている場所がまだ多く、応急復旧だけで3ヶ月はかかる見通しといいます。これが、被災地への物資輸送を極めて困難なものにしています。

能登半島はもともと平野が少なく、しっかりした道路の少ない土地です。東日本大震災の時のように、まず東北道や国道4号などの幹線を修復し、そこから櫛の歯状に沿岸部へ向けて物資を運ぶといった作戦もとれません。また能登半島地震では、陸地の隆起によって港湾が使えなくなるという、今までの震災ではほとんど見られなかった現象にも見舞われました。これにより、海路での輸送が難しくなったことも大きく足を引っ張っています。

 

ならばヘリコプターで物資を運べばと思いますが、これもそう簡単ではありません。ヘリの着陸には広いスペースを必要としますので、山がちな地形の能登半島には利用可能な場所がそもそも多くありません。ヘリの巻き起こす風ががれきを吹き飛ばして被害を拡大するといったことも考えられますので、着陸可能地点を確保するのは想像以上に難しいようです。

 

倒壊した住宅

  

3. 新たな試みも

そこで今回の震災では、ドローンでの医薬品輸送が初めて行われました。 

 

 

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