2024.02.01
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薬害の悲劇から期待の大型医薬品に サリドマイドの現在地

佐藤健太郎の薬の時間~vol.2

    

編集部より

東京書籍の教科書「改訂 化学」や雑誌「現代化学」、文藝春秋、朝日新聞などで活躍中のサイエンスライター佐藤健太郎さんが薬の世界を紐解きます。

連載「薬の時間」では、注目の新薬や、医薬品こぼれ話、世界の製薬企業など、医薬品にまつわる様々なトピックを取りあげてわかりやすく解説していきます。 

 

第2回は、「薬害の悲劇から期待の大型医薬品に サリドマイドの現在地」です。ドイツを皮切りに世界中で薬害を引き起こしたサリドマイドは、どのように新たな薬効が発見され、今や売上が年間1兆円を超える超大型医薬品として返り咲いたのでしょうか。

 

執筆/佐藤健太郎(サイエンスライター)

編集/メディカルサポネット編集部

   

       

1. 史上最大の薬害事件サリドマイド

人類の歴史が始まって以来、医薬品は常に我々のそばにあり、大きな貢献をしてきました。しかしその一方で、医薬品に副作用の存在は避けられないものであり、残念ながら大きな薬害問題も幾度か起きてきました。

 

中でもサリドマイドは、史上最大級の薬害事件を引き起こしたことで有名です。その症状の重大さと被害の範囲の大きさで、世界に大きな衝撃を与えました。

 

しかしいったん姿を消したサリドマイドは、その後復活して大きな売上を記録しています。さらに学問的にも大きな発見をもたらし、新たな創薬技術がここから生まれるなど、重要なインパクトをもたらしています。今回は、そんなサリドマイドの歴史と現在について書いてみましょう。

 

検査をする研究者たち

         

2. 事件の発生

サリドマイドが世に出たのは、1957年のことです。西ドイツ(当時)のグリュネンタール社から、鎮静・睡眠薬として「コンテルガン」の名で発売されました。

 

コンテルガンは「全く無害で安全な薬」と宣伝され、大衆薬として世界の40カ国以上に広く普及しました。日本でも「イソミン」の名で大日本製薬(現・住友ファーマ)から発売された他、いくつかの製薬企業がジェネリック薬を製造・販売しています(この当時の制度では、製法が異なれば他社も自由に同じ化合物を製造・販売できました)。

 

転機が訪れたのは、1961年のことでした。西ドイツの小児科医であったヴィドゥキント・レンツ博士の元に、生まれつき手や足が短い、指の数が少ないといった症状を持つ新生児の報告が、いくつも寄せられたのです。レンツ博士はさまざまな調査の末、妊娠中にサリドマイドを服用したことがこれらの症状の原因と結論し、1961年11月にこの結果を発表。ほどなくコンテルガンは販売中止となりました。

 

サリドマイド児は全世界で5000名以上、日本でも309名が誕生したとされます(数字は諸説あり)。この他に死産となった子供も多くいたと推定され、この件は文字通り史上最大の薬害事件となりました。

 

被害が拡大した背景には、この時代には胎児に影響が出る薬剤というものが知られていなかったこと、また医薬の安全性に関する意識が今よりはるかに低く、安全性試験の制度やそれを監督する機関などが未整備であったことが挙げられます。また、各社が全く別々の名前をつけてサリドマイドを含む医薬品を販売していたため、認識されず回収が遅れたといった事情もありました。

 

これがきっかけとなり、医薬の安全性をめぐる諸制度が大幅に整備されることになりましたが、そのために人類が払った代償は極めて大きなものでした。

 

3. 偶然の薬効発見、そして復活

こうして表舞台から消えたサリドマイドは、思わぬきっかけで復活することになります。1964年、イスラエルの病院でハンセン病に苦しんでいた患者に対し、他の薬がなかったために医師がサリドマイドを与えてみたところ、嘘のように病変が消失したのです。この驚くべき効果はすぐに世界に伝わり、各国でハンセン病患者に対してサリドマイドが使われるようになりました。そして1998年、ついにサリドマイドはハンセン病治療薬として米国で再承認を受け、異例中の異例というべき復活を果たしたのです。

  

さらに1999年には、サリドマイドの多発性骨髄腫に対する効果が報告され、2008年には日本でも承認を受けました。その他、結核やエイズの際の体重減少、糖尿病性網膜症などにも効果があることが報告されており、その効能の幅広さには眼を見張るものがあります。

  

というわけで今やサリドマイドは、年間1兆円もの売上を記録する超大型医薬となっています。一方で、

 

 

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