薬剤師とスタッフの二人三脚「ボランチ制」で業務を効率化
竹中孝行さん(以下、竹中): 在宅訪問を2人1組で行う「ボランチ制」は素晴らしい取り組みですね。独自の制度だと思いますが、どのようなものか教えていただけますか?
松岡光洋さん(以下、松岡):サッカー用語の「ボランチ」はポルトガル語で「ハンドル」のことで、舵取りやコントロールするという意味があります。まんまる薬局の「ボランチ」は薬剤師ではなく、どうしたら薬剤師をサポートできるかを考え、その仕組みを主体的に作るポジションのことを言います。「アシスタント」ではなく「ボランチ」と呼ぶのは、ときにゴールを決められるような主役になれるポジション(役割)であることを表現したいからです。まんまる薬局は個人在宅をメインでやっていて、居宅の算定件数は約900件。その訪問を薬剤師とボランチの2人体制で行っています。ボランチが訪問先のケアマネジャーの連絡先や家庭のことを把握しており、訪問ルートも作ります。今は曜日ごとに訪問する4つのルートと臨時便の1ルートに分け、ボランチが訪問ルートごとに担当薬剤師を決めています。
薬剤師とスタッフが二人三脚で働く仕組み「ボランチ制」について語る株式会社hitotofrom代表取締役、松岡光洋さん
竹中:薬剤師ではなく、ボランチの方が訪問ルートを決めたり、訪問先の情報を把握したりしているのは効率的ですね。なぜそのような方法をやろうと思ったんですか?
松岡:私はもともとサッカー選手をしていたのですが、引退後は薬局で医療事務をしていました。ある日、薬剤師の女性が個人在宅の訪問先から大泣きで帰ってきたんです。患者さんのご家族に罵倒されたそうで、立ち直れないぐらいに落ち込んでいました。話を聞き、次の訪問から私も同行しました。付き添うことで、事務的なサポートに加えて薬剤師さんの心の支えにもなると思いました。以前から、薬剤師さんはあまりの忙しさから患者さんに尽くしきれないという不満を抱えていると感じていたので、その環境を変えるためにも、サポートする人がいる仕組みの必要性を感じていました。そこで、薬剤師さんがプロフェッショナルな仕事に集中できる環境をつくるために思い切って独立しました。訪問ルートの作成は、最初は薬剤師さんがやっていたのですが、業務の負担になっていることに気づきました。今は、ルートや契約書の作成、事務的な電話対応といったことは全てボランチが担い、薬剤師さんはその分患者さんのケアに集中できています。ボランチと薬剤師というお互いの役割を明確にしたことで、2人体制で患者さんに高い価値を提供できるようになりました。共に成長できる環境をつくれたのがうれしいですね。ボランチ同士で自主的にミーティングもやっていて、その時間が楽しいというスタッフもいますね。話し合いで課題が出てきて、思った通りに解決できたときは皆で喜び合っています。
ケアマネジャーらに電話で連絡をしているボランチのスタッフ
竹中:まんまる薬局は在宅に特化した薬局ですが、どうして在宅に専念しようと思ったのですか?
松岡:以前働いていた薬局では外来にも対応していたのですが、外来の患者さんが目の前にいるとそちらを優先してしまうので、外来と在宅の両方に力を入れるのは限界があると感じました。患者さんのためにも薬剤師の方のためにも、在宅に集中できる場所にしたかったんです。
竹中:在宅医療の現場では高齢者が多く、新型コロナウイルス感染症による重症化リスクが高いため感染対策がより大切になります。どのような取り組みをされていますか?
松岡:濃厚接触者や感染者が出た場合でも在宅医療をストップさせないために、訪問ルートをしっかり分けています。訪問する薬剤師は直行直帰できるように、ボランチが車で最寄り駅に迎えに行き、薬歴もクラウド化して自宅でも書けるようにするなど、薬剤師ができるだけ薬局に立ち寄らない仕組みをつくりました。万が一、感染が疑われるスタッフが出た場合には、そのルートを別のルート担当者でカバーします。経理や事務の仕事も極力リモート化しました。患者さんとそのご家族、そこに関わる介護スタッフの方々を守るため、患者さんにエタノールのボトルをプレゼントしました。余談ですが、地域にも貢献したいと思い、板橋区内の飲食店にも限定100個ですが、エタノールを無料配布しました。
竹中:在宅医療をストップさせない仕組みと、患者さんと地域の方を守る取り組み、本当にすごいですね。松岡さんは在宅に特化した薬局を運営する上で、どのようなことを大切になさっていますか?
薬剤師ライター、竹中孝行さん(左)のインタビューに答える松岡代表
松岡:「自分らしく生きる世の中へ」というビジョンを掲げています。薬局がサポートすることで、自宅という自分らしくいられる場所で最期まで安心して過ごせる生活を実現したいと思っています。一方で、働く人にとっても自分らしくいられる薬局であってほしいと思っています。薬剤師の方が業務に追われて疲弊することなく専門性を活かせる環境をつくって、より活躍できる場をつくっていきたいです。会社名の「hitotofrom」には、人から人へ心を届けるという思いを込めています。本当にサポートを必要としている人のもとに薬剤師が訪問し、モノではなく心を届けることが大切だと思っているんです。全ては思いやりと感謝から。会社の行動指針として「明るく、楽しく、誠実に、情熱を持って挑戦し続ける」という言葉を掲げていて、それを全身全霊でやっていきたいです。
在宅訪問へ向かうまんまる薬局のボランチ(左)と薬剤師
竹中:まんまる薬局さんは、先日オンラインで開催された、薬学生が働いてみたい薬系企業を選ぶ「働いてみたい!薬系企業アワード」で最優秀を受賞されました。お話いただいたようなビジョンや行動指針などが評価されたと思いますか?
松岡:そうですね、在宅に特化した薬局の魅力が伝わったんだと思います。学生の皆さんは院内薬局と保険薬局に対してヒエラルキーのようなもの、病院の方が学べるというイメージを持っていると感じていました。そこで、発表ではそのイメージを覆すような保険薬局の良さを伝えました。病院は設備が整っていて患者さん自身守られた環境下にあり、よそ行きの姿を見せていることが多いと思います。ところが自宅では状況が変わります。在宅医療では生活に深く踏み込むので、患者さんが取りつくろわずにさまざまなことを求めます。患者さんのスタイルに合わせたオーダーメイドの対応が必要ですし、環境が整っているわけではない分、薬剤師が介入する範囲も広く、チャレンジと成長の機会が多いです。そんなメッセージが評価されたんだと思っています。
竹中:薬局のICT化、業務の効率化にとても力を入れていますが、具体的にどんな工夫をされているのでしょうか?
松岡:薬局の全てのタスクを“見える化”するために、タスク管理ツール「Trello」(トレロ)というサービスを使用しています。処方箋の受付、処方箋チェック、お薬の準備、一包化、監査などの状況がリアルタイムでそれぞれ把握できます。漏れを防げることに加え、どこでタスクが滞留しているのかも分かります。ボトルネックの細分化と分析を大切にしています。また、訪問スケジュールのルート決めも効率化を考え、クラウド型車両管理システム「SmartDrive」(スマートドライブ)というツールを使って走行ルートを記録しています。走行や訪問に想定よりも時間がかかった場合に、ルート設計のどこが良くなかったか考え、改善します。移動時間は極力短くして患者さんとの対話の時間を長くしたいので、訪問先の順番や滞在時間が長くなった理由などを常に分析していますね。
薬局内の業務は全てタスク管理ツール「Trello」で把握している
竹中:業務の細分化と分析に力を入れているんですね。最後に、今後さらに注力していきたいことがあれば教えてください。
松岡:薬局にエンターテイメントの要素を掛け合わせたいと考えています。自宅での体験をもっと楽しくするお手伝いをしたいですね。今、生花店とコラボレーションして、患者さん宅を週に1回訪問する際に花を一輪プレゼントするアイデアがあるんです。花を飾ることで、患者さんと訪れる人が少しでも明るい気持ちになってもらえたらうれしいと思っています。いずれ、花の宅配サービスとしてビジネス化したいです。また、ロミロミマッサージができるスタッフがいるので薬局の3階をサロンにし、患者さんにマッサージの無料体験券をお渡しする。家族や医療介護スタッフに日ごろの感謝を伝えるために何かしたいと思っている患者さんは多く、患者さんからマッサージ券をプレゼントできればみんながハッピーになると考えました。薬局という形にこだわらず、自宅に何らかの体験を届けるために、いろんな業種と掛け合わせたサービスを展開していきたいです。
まんまる薬局
株式会社hitotofrom
所在地:東京都板橋区上板橋2-40-8 フレンディー上板橋1階
TEL:03-6913-0326
URL:https://www.hitofro.com/
元サッカー選手の松岡光洋氏が2018年2月に設立。板橋区を中心に、在宅医療に特化した「まんまる薬局」を運営している。地域の医療と介護をつなぎ、住み慣れた環境での療養を希望する人々をサポートしている。「自分らしく生きる世の中へ」というビジョンを掲げ、薬剤師も患者も自分らしさを大切にできる場をつくることを目指している。
ライター/竹中孝行(たけなか・たかゆき)薬剤師。薬局事業、介護事業、美容事業を手掛ける「株式会社バンブー」代表。「みんなが選ぶ薬局アワード」を主催する薬局支援協会の代表理事。薬剤師、経営者をしながらライターとしても長年活動している。 これまで薬剤師の経営者を多く見てきましたが、松岡さんは薬剤師ではないことを生かし、薬剤師の方がプロフェッショナルとしてより輝けるような体制づくりに真剣に取り組んでいて、その思いの強さに感動しました。スタッフの個性を活かし、主体的に活躍できるような場をつくり、自然発生的に素晴らしい取り組みや仕組みが生まれていることも素晴らしいと感じました。とても刺激を受けました。 |
メディカルサポネット編集部
(取材日/2020年6月30日)