2019.11.14
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本当は恐い、「自己研鑽」の魔力

「看護×学び」で現場教育を変える! vol.2

「私の病院で実施している院内教育は、他院と比べてどうなんだろう」。こうした疑問を感じたことはありませんか?2つの病院で3年半の臨床経験を積んだ寺本美欧さんは、院内教育の違いに触れた看護師の一人。より良い教育が持つ力を実感し、2019年9月からニューヨークにあるコロンビア大学院の教育大学院で研究に取り組み始めました。教育を受けた看護師の視点から教育を授ける管理者の皆さまに向けて、看護教育のミライについて考えます。
コラム第2回目は、寺本さんが成人教育を学ぶきっかけとなった、自身が受けた卒後教育に関するお話です。

執筆・写真/寺本 美欧(Teachers College, Columbia University)
編集・構成/メディカルサポネット編集部

寺本美欧 コラム バナー画像

 

ニューヨークの一大イベントの1つ、ハロウィンパレードを見に行く暇もなく、課題に終われる日々です。こちらは秋を通り越して冬が訪れようとしています。暖房をつけようにも、セントラルヒーティングをONにする気温にまで下がらず、衣服で体温調節しながら寒さをしのぐのはニューヨークならではかもしれません。ダウンを着ている人の隣にタンクトップを着て歩いている人がいる光景を見るのもなかなかユニークです。

 

◆「誰かに教わる」から「自分で頑張れ」へのシフト

 

「生涯学習」という言葉があります。保育園や幼稚園に始まり、9年間の義務教育、高校、大学や専門学校と私たちは10数年もの期間、他者から教わり、学び、実践するということを繰り返して成長してきました。それは社会にでてからも同じであり、新しい業務を覚えて実践し、対価を得て「仕事」が成立します。知識や技術は日々アップデートされ、その変化についていくためにも私たちは生きるために生涯学び続ける必要があります。

 

ですが、社会に出た途端に「学習」と並んで「自己研鑽」「自己啓発」というワードが頻繁に使われるような気がします。「自己研鑽に励む」という言葉はおそらく社会人の目標管理に最も使われるかもしれません。書店に行けば社会人のための自己啓発本が棚いっぱいに並べられ、電車に乗れば「毎日の〇〇な習慣」「30代にしておくべき□□」といった本の広告を目にします。私にはどうも「自己研鑽」ということばは一歩間違えれば恐ろしいパワーワードに聞こえてなりません。

 

そう思うきっかけは、私が受けた卒後教育にあります。

 

Butler library (バトラー図書館)

コロンビア大学で一番有名なButler library (バトラー図書館)
博物館のような館内に気分も上がります。

 

私は大学卒業後、400床規模の大学病院に就職しました。あえてプリセプターシップではなく、職員全員で教育をするという『全員参加型教育システム』を 導入していることが決め手となりました。プリセプターシップでつまずいた先輩から「プリセプターと相性が合わない」という話を聞いていたこともあり、固定のプリセプターが着かないほうがいいのではないかと納得しました。

 

しかし、蓋を開けてみると現状は「誰も教育に深入りしない」という体制でした(今は改善されていることを願っています。)システム、と文末につければ聞こえはいいです。キャッチーな宣伝にもなるし、私のように魅力を感じて入職を決める学生も多いでしょう。しかしその結果、夏頃には「あの子、来なくなっちゃった」という噂が飛び交い、次々と同期が退職していく事態が起こっていました。

 

寺本美欧 コロンビア大学 コラム 画像1

大学院はまさに自己研鑽と戦いの場。毎日夜遅くまで学生で埋まっています。

 

◆「看護師継続教育システム」の開発を目指して

 

みなさんが勤務している病院・施設病院では、どのような「システム」を導入していますか?プリセプターシップやエルダー、全員参加型など、現場教育には様々な「システム」が存在します。しかし、本当にそのシステムが機能しているのかが最も重要です。私がいた大学病院では、「全員参加」と謳う一方で、「自己研鑽」に委ねすぎていたような印象があります。誰にも教育の責任の所在がないからこそ、自らの責任で学習することが求められていました。

 

例えば、私がどの程度まで新しい看護技術を習得しているのかを把握している先輩看護師が誰もいないことがよくあり、戸惑いました。「この技術は初めてです」というと「まだ経験してないの?じゃあ勉強して今度誰かに教えてもらって」と経験する機会が先延ばしになる。全員で教育をするというシステムだからこそ、ほかの誰かがやってくれるだろうという気持ちになってしまう現象が起こっていました。「自己研鑽」という言葉は、聞こえはいいのですが、結局は学ぶ本人に負担をすべて投げ出すという教育の放棄ではないかと考えます。

 

これまで20年あまり「だれかに教わる」という経験はしてきたのに、社会人、つまり大人になった途端に「自分で頑張れ」というのはなかなか酷であり、無謀なことです。学生と社会人のギャップ、というのは能力もそうですが環境の誘因も考慮にいれるべきだと思います。自己研鑽のため書籍を購入する、自己研鑽のため休日出勤で勉強会に出席する、自己研鑽のため1万や2万円の外部研修に参加する、自己研鑽のため…。「看護師は患者の命を預かるのだから自己研鑽の義務がある」。たしかにその通りです。しかし、本当にここまで高額な出費と貴重なプライベートの時間を割かれ、自分を犠牲にする必要があるのでしょうか。

 

私は将来『看護師のための継続教育システム』を構築したいという野望があります。留学先で成人学習の手法を習得し、看護師の学びをサポートできるシステムを完成させて日本全国の病院への応用を検討していきたいです。
現在、秋学期の授業で様々な成人学習の理論を体系的に学んでいます。特に、ノールズが提唱したSelf-directed learningは看護師の学びに大きなヒントを与えてくれるものだと感じています。自身の学びに本人が関わる、という学習者個人の決定権が尊重された考え方です。講義やグループディスカッションを通して様々な理論を学ぶほど、これこそ私が必要としていた学問だと日々新しい発見にわくわくします。

 

Self-directed learningのように自己の学びを促せるような継続教育システムを実際の臨床現場で導入していくためには、まさに管理職、教育担当、人材管理部に所属されている読者の皆様のご理解とご支援が不可欠だと感じています。

 

寺本美欧 コロンビア大学院での授業のテキスト

秋学期に使用しているテキスト。ずっしりと重いです。

 

アンジェリーナジョリーが主演を務める『マレフィセント2』が先月日米同時公開になりました。恐ろしさと美しさは表裏一体、とマレフィセントに扮した彼女をみていて思います。それはまるで、自己研鑽という言葉の美しさの裏には、ダークで恐ろしい部分が隠されているということと似ているのかもしれません。

 

 看護×学びで現場教育を変える! 寺本美欧 目次

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プロフィール

寺本美欧(てらもと・みお)
看護師、大学院生。上智大学総合人間科学部看護学科卒業後、都内大学病院ICU病棟に就職。その後、埼玉県の地域密着型病院脳卒中センターへ転職。2019年9月よりアメリカ・NY州にあるコロンビア大学教育大学院の修士課程に在学中。専攻は成人教育学とリーダーシップ。「すべての看護師に最高の教育の場を」をモットーに、看護師の継続教育のシステム構築を目指す。海外大学院留学記ブログ「看護師ちゅおのアメリカ大学院留学記」日々更新中。

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