オンラインの疾患管理システム「YaDoc」で目指す診療の最適化
2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、オンライン診療の規制が時限的に緩和されました。注目が集まるオンライン診療ですが、普及には、患者と医師の間の情報共有をいかに円滑にできるかがポイントとされています。患者情報アウトカム(患者自らが記録する診療情報)を電子データ化し、それを医師と共有し診察に生かす仕組みであるePROプラットフォームには、この課題を解消する役割が期待されています。インテグリティ・ヘルスケアが2018年から提供しているオンライン診療・疾患管理システムの「YaDoc(ヤードック)」は、患者目線でつくられたePROプラットフォームとして医師と患者双方のユーザーから支持を集めています。
――「YaDoc」の開発は、どういったところにポイントをおいて行われたのでしょうか?
武藤:最初に、私たちが行っている診察の成り立ちを説明しましょう。まず、患者さんがどのような症状を感じているかという主観的な情報を集める問診と、体温や血圧のような客観的な生体データの計測を行います。そして、得られた主観的な情報と客観的な情報を組み合わせて、医師は患者さんがどんな状態にあるのかを考えます。次にその診断結果を患者さんに伝え、取るべき行動を示します。患者さんはそれに従い、薬を飲んだり日常生活に注意を払ったりするわけです。ですが、この診察という一連の流れにはまだ改善の余地があります。
――それはどういった部分でしょうか?
武藤:どの過程においても、と言うべきでしょう。問診では、患者さんが自分の症状をきちんと整理して医師に伝えるのは難しく、正しい情報が得られるとは限りません。いかにたずねるかという医師の技術の問題でもあるのですが、いずれにしても改善の余地があります。生体データは、来院していただき計測しなければ取得できないものが多いです。新型コロナウイルスの影響で来院を避ける患者さんが増えていますが、そうした状況では難しくなります。医師として、患者さんに気を付けることやお願いを伝える過程(デリバリー)にも課題があります。「薬を飲んでくださいね」とお願いしても、少し調子がよくなると飲むのをやめてしまう患者さんはいますし、生活で注意してほしいと伝えたことを忘れてしまう患者さんもいます。診察という行為はどの過程も決して最適化されておらず、ITのシステムで補える部分が多くあると考えたのです。
「診察を最適化するためにITで補えるものがある」と話すインテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長の武藤真祐さん
――開発はそうした問題意識をベースに行われたのですね。
武藤:診察をITで変えるという話になるとオンライン診療が意識され、映像をつないで患者さんと医師がコミュニケーションできるシステムをつくるというところに目が向きがちです。でも、医師としての臨床経験から言わせてもらうと、ITの使いどころは、診療行為の原点である「情報を集める」ところなのです。ただ顔を見て話せればいい、というわけではありません。そんな経験則から、患者さんが医師に症状を伝える問診に関する部分からシステムをつくることにしました。その次の開発が、デリバリーです。服薬など医師からのお願いを患者さんに実行してもらうためのフォローアップに取り組み、オンライン診療を可能にするビデオ通話機能なども付け加えました。
――ITを用いたシステムで、診察のかたちをガラリと変えるのではなく、あくまで今の診察において足りない部分を補い、改善していくというスタンスなのですね。
武藤:医療には長い歴史があります。何か新しいものを持ち込んで「さあ、やりましょう」とやってもなかなかうまくはまらないものです。「YaDoc」も新しくユニークな何かを導入しようとしたプロダクトではありません。不調を感じた患者さんが病院を訪れ、医師にかかり、費用を払う。そうした一連の行為のなかで生じるストレスを1つずつ取り除くという思想で開発しています。8月にはアプリのインストールが不要な「YaDoc Quick」の提供を始めましたが、これも少しでも患者さんのストレスを減らしたいという考えからの提案です。「YaDoc Quick」は電子お薬手帳「ヘルスケア手帳」とも連携し、在宅でも適切な服薬指導が受けられます。
――確かに、アプリのインストールという障壁がなくなることで敷居が下がる面はありそうです。
武藤:もう1つ意識しているのは柔軟性ですね。患者さんの生活環境や、どういう生活をしたいかといった要望はさまざまです。そういう患者さんたちに、同じシステムをあてはめるのには無理があります。ですから、私たちは「メニューを準備する」という姿勢で臨んでいます。患者さんと医師が相談しながら馴染めそうなものを選び使っていただく。そういう、押しつけではない柔軟なシステムでありたいというのも「YaDoc」が大事にしている思想です。
多くの電子カルテと連携するアライアンスが強み
プロダクトアウト(作り手の論理や都合が優先されたものづくり)を避け、いかにして臨床の現場に馴染むシステムにするかを意識して開発された「YaDoc」。ePROプラットフォームには競合製品が多くあるなか、存在感を示せているのはそこに理由があるようです。
――患者への配慮を強く意識したコンセプトが、他社のプロダクトとの差別化につながっているのでしょうか?
武藤:そうですね。差別化という部分ではユーザーインターフェイスの使いやすさが挙げられます。現場で頑張っている医師と高齢者を含めた患者さんに、どのようなサービス・プロダクトなら日常的に使いやすいと感じてもらえるのか、考え続けてきたことが強みになっていると思います。もう1つはアライアンス(事業提携)ですね。「YaDoc」は数多くの電子カルテとシステム連携を行っており、7月には医薬品・医療機器販売などを手がけ物流に強みを持つアルフレッサ株式会社と資本提携するなど、パートナーを増やしています。自分たちだけで何かをやるのではなく、得意分野を持つ強力なパートナーの皆さんと共に価値を高めていくことに注力している点も、他社との違いをつくり出せている理由です。
――ITを用いたシステムの導入を検討する際、柔軟性や拡張性といった要素は、非常に魅力的に映りそうです。
武藤:医療の現場では、弱った患者さんに対し「この手術を受けた方がいいです。受けますか? 受けませんか?」と決断を迫るようなハードな診療も存在します。私たちが目指すのはそういったものではありません。できるだけ多くの選択肢を提示し、患者さんと相談しながら柔軟に治療方針を決める「シェアード・デシジョン・メイキング」(協働的意思決定)と呼ばれるスタンスを好ましく思っています。「YaDoc」にはそういう哲学が生かされています。
「YaDoc」は患者と医師の両者にとって使いやすいよう改良を続けている
――患者さんへの思いに立脚したプロダクトなのですね。一方で医師にとっての使いやすさというのも、システムにおいては鍵になるようにも思います。
武藤:それも大事な点です。「YaDoc」には患者さんからの主観的な情報をはじめとした多くの情報が集約され、さまざまな機能が搭載されてきてますが、情報過多、機能過多になってしまっても医師にとって使いにくいものになります。長く使い続けてもらうにはそのバランスをいかにとるかが大事です。現場の医師の方に意見を聞き、改善を図り続けています。
――「YaDoc」のリリースから2年余り経ちますが、どのような反響が届いていますか?
武藤:患者さん目線で開発してきたものの、思わぬ部分が患者さんにとってのハードルになることがあると痛感しました。スマートフォンやタブレットを使うだけでも敷居の高さを感じる方はおられます。どれだけ注意を払っても、これまでのやり方から変えていただく部分は出てきます。新たな価値を提供し、ストレスを減らすために提供しているサービスが、新たなストレスとなるという「副作用」について、どのような対応をすべきか常に考えています。一方で、ポジティブな反響もたくさんあります。患者さんが入力した情報を共有して行う診察については、患者と医師の双方から好評をいただいています。「オンライン診療なのに、これまでよりも距離が近く感じる」という患者さんからの声もありました。とてもうれしいことです。
新型コロナはこれからの医療をどう変えるか?
診察にまつわる患者のストレスをひとつずつ減らし、よりよい医療を広げていくことを目的に開発されてきた「YaDoc」ですが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、期待される役割はより大きなものになっています。
――武藤先生がヘルスケアテックの世界に足を踏み入れたのは、なぜなのでしょうか?
武藤:私は合理的な判断だけではなく、人間関係の構築や温かさが特に重要視される在宅医療に長く携わってきました。サイエンスであり、一方でアートともいえる領域です。ここで素晴らしい仕事をしている先生も多くいますが、その仕事の仕方というのは属人的になりがちで広がっていきにくいと感じていました。そこで、テクノロジーの力を借りてより多くの人が質の高い在宅医療を受けられる世の中をつくることができないかと思ったのです。
「多くの人が質の高い在宅医療を受けられる世の中をつくりたい」と話す武藤会長
――そういった思いから始まったお仕事が、新型コロナウイルスの感染拡大で新たな役割を期待されるようになっています。新型コロナはこれからの医療をどう変えていくと思われますか?
武藤:今、感染を恐れ病院での受診を控える患者さんが増えていますよね。患者さんが自分の症状と新型コロナに感染するリスクを天秤にかけるようになったことは、変化の兆しだと感じています。今回の件は「患者が賢く医療を使う」時代がくる契機となるかもしれません。「医師の言うことをすべて聞く患者がいい患者」という時代は終わり、お互いが納得する医療をつくることに価値が置かれる時代になるのではないでしょうか。
――新型コロナを通じ、医療には絶対的な答えがないことを意識する患者さんが増えた。
武藤:医療というのは個人差が大きく、これをやれば絶対によくなるという答えはありません。今後は、患者さんがいかに納得したかを重視する「患者決定型」や「患者参加型」の医療が広がっていくように思います。
――そうした医療の実現には「YaDoc」のようなサービスが不可欠になりそうです。
武藤:限られた医療資源を有効に使わねばならない今後、患者が深く関わる医療を高い質で広げていくために、ITの力が生かせる場面は多いはずです。患者さんが意向を示したり、そこに配慮して医師が提案したりするときなどには特にフィットするでしょう。私は今、医療が「効率化」「質の向上」「低コスト」を同時に実現するチャンスが訪れていると考えます。「YaDoc」がその一助になれるよう努めていきます。
現場から今後の医療のあるべき姿を考え、インパクトのあるプロダクト開発に取り組んできた時間。その蓄積が不透明で不安に陥りがちなWith/Afterコロナ時代において、確かなビジョンを描けるかどうかを決定づけている——。武藤医師のシャープなビジョン、また描いたビジョンのなかで「YaDoc」でどのような役割を果たそうとしているかをお聞きし、そう感じました。
株式会社インテグリティ・ヘルスケア
住所:東京都中央区日本橋蛎殻町1-27-5 YAMATO B.L.D
URL:https://www.integrity-healthcare.co.jp/
2009年創業。人とテクノロジーの融合による医療におけるあたたかなイノベーションを目指し開発されたePROプラットフォーム(患者からの症状などの訴えを記録する電子システム)「YaDoc(ヤードック)」は、実臨床での活用のみならず、さまざまな研究・試験のプロトコールにも柔軟に対応できることから、大手製薬会社や病院・大学研究機関などでも広く採用されている。2020年8月には専用アプリのインストールや複雑な設定を必要としない「YaDoc Quick(ヤードック クイック)」をリリース。新型コロナウイルスの脅威下でも、速やかにオンライン診療を開始できるサービスとして注目を浴びている。
メディカルサポネット編集部(取材日/2020年8月5日)
9月16日(水)開催の「第11回メディカルフォーラム」に、
インテグリティ・ヘルスケアの武藤会長が登壇します!(申し込み受付中/参加無料)
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