2020.10.12
5

薬局の経営が面白くなくなった?

狭間研至の薬局経営3.0~社長が変われば薬局が変わる~
vol.1

新型コロナウイルス感染症の影響を受け、薬局の経営は厳しさを増しています。これからの薬局はどのように経営していけばいいのでしょうか。今月から1年間にわたり、医師であり調剤薬局の経営者でもある狭間研至さんが「薬局経営3.0〜社長が変われば薬局が変わる〜」と題し、これからの薬局経営を考える上で役立つ視点をコラムでお届けします。狭間さんは現在も地域医療の現場で医師として診療を行いながら、一般社団法人薬剤師あゆみの会、一般社団法人日本在宅薬学会の理事長として、薬剤師生涯教育や薬学教育にも携わっています。

狭間研至の薬局経営3.0社長が変われば薬局か変わる

 

こんにちは。今回から、連載を担当させていただく狭間と申します。ちょっと経歴が変わっているので簡単に自己紹介をさせて下さい。

私は、1995(平成7)年に大阪大学医学部を卒業し、第一外科に入局。外科医として10年ほど生活した後、実家の薬局を継承しました。現在では、大阪で7店舗のちょっと変わった(!?)薬局を経営しながら、大阪市内の180床の病院でも診療をしています。「なんで、そんなことを!」とか「変わっているなぁ」とかいろいろな感想はおありだと思いますが、今回、ご縁があってこういった機会をいただきましたので、おいおいお話をしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

 

薬局の手伝いが楽しかった3つの理由

 

さて、スタートとなる今回のテーマは、「薬局の経営が面白くなくなった?」というものです。私が薬局を継承したのが2004年ですが、3年ほど前の2001年ごろから薬局の運営を主にはリスクマネジメントの観点から手伝いはじめていました。当時、私は医師になって6年目ぐらい。出張病院での初期研修を終えて大学院生として大学にもどり、日々、臨床、教育、研究というテーマに携わっていました。そんな中で、実家の薬局の相談を受けることは、誤解を恐れずに言えば、一服の清涼剤のような感じでした。理由は、大きく分けると3つほどあると思います。

 

1つは、当時の薬剤師の業務は医師と比べればシンプルだったことです。最初は、どんな仕事かなと思って端で見ていたのですが、私も自分の外来で記載する処方箋を応需して、疑義がないかどうかを念のためチェック(医師も、気をつけて処方していますので!)、必要があれば医師に問い合わせたあと、迅速・正確に調剤し、わかりやすい服薬指導とともに患者さんにお渡し。一連の出来事の記録を、薬歴として遅滞なく記載するということが薬剤師の仕事の全てに当時は見えました。調剤過誤の問題はもちろん、新しいお薬が多数開発される中での知識のアップデート、さらには、患者さんにわかりやすく説明するために必要な医学的な知識の習得など課題はたくさんありますので簡単というわけではありませんが、やはり、医師と比べればシンプルな仕事であることには変わりはありませんでした。とにかく、早く、正しく、解りやすくをモットーに、業務フローを磨いていけば良いのだな、と思ったものです。

 

 

もう1つは、やはり、経済的なメリットが大きいと言うことでした。薬局に帰った当初は、「調剤薬局」という枠組みがどういった収益構造になっているのかわかりませんでした。ただ、ちょっと調べてみると、2003年頃の調剤報酬は、現在よりもずいぶん恵まれていて、1枚あたりの売上が8000円ぐらいある一方で、薬代をのぞいた粗利益は3000円ぐらいありました。当時、私が飛び込みで営業して院外処方箋発行に至ったクリニックがあったのですが、そこは、1日100名の患者さんがいらっしゃっていました。レジの売り上げは、最大が3割負担ですし、高齢者が多くなっていた時期ですので、1割の方も多くそれほど実感は無かったのですが、調剤報酬全体を考えると、1枚8000円が1日100枚くるとすれば、1日の売上は80万円、粗利は30万円になる計算です。ということは、25日開けたとすると売上2000万円、粗利は750万円。1年やると売上2億4千万円で粗利は9000万円になるというとんでもない数字になりました。もちろん、毎日100人来るわけではないにしても、すぐに億というお金が見えてくるのです。お金は人生で最も大切なものではありませんが、最も大切なものの一つではあります。シンプルな仕事をきっちりすれば、数字が上がるというのは、やはり、わくわくしたものでした。

 

そして、最後は、大きなビジネスモデルが描きやすいということでした。もし、薬局を出すのであれば、流行っているドクターと話をつけて、その隣に薬局を出せば採算が合うということはシステムとしてわかりきっていました。もし、1日100名の患者さんがいらっしゃるドクターを10名集めれば、年商は20億以上、粗利が9億というとんでもない数字の会社を作ることができます。しかも、患者さんからいただくのは最大3割で、残りは必ず2カ月後に支払基金から振り込まれるという意味では、売り掛けをいくら立てていても国が破産しない限り未収の心配はありません。私が実家の薬局を継承した時も、処方箋調剤を始めてから4年ぐらいで4店舗になっていました。もし、これが大阪でたこ焼き屋を4店舗するというとかなりの特徴が要りますが、ある意味何の変哲も無い薬を払い出すだけの薬局が、4名のドクターとリンクすることで億の売上を上げるようになっていたのです。これも、純粋に楽しいものでした。

 

 

この5年ほどで急変してきた薬局のビジネス

 

大学では肺移植の臨床や、異種移植の研究に携わっていて、大変複雑だし、大学院生だから学費を払いながらバイトで食いつなぐし、億なんてお金とは全く縁が無い生活でしたから、実家の薬局に関わる仕事は、それなりに心が晴れたのかも知れません。ただ、社長になって数年が経った2010年頃からなんとなく雲行きが怪しくなってきました。6年制になったことと関係があるのかも知れませんが、調剤報酬の仕組みはだんだん複雑になっていき、薬剤師の仕事も少しずつややこしくなってきました。薬歴に書く内容や指導のあり方にも監査で指摘が増えてきて、それに対応しようとすると、それなりにきちんと教育する必要が出てきました。

また、調剤報酬もどんどん基準が厳しくなり、単に薬を出しているだけではきちんと点数を積み上げられなくなってきました。教育を充実させるだけでなく、さまざまな機械化やICT化を行っていく必要が出てきましたが、それにはある程度の投資も求められるようになってきました。

さらに、医薬分業制度の進展にともない、過当競争になりつつあった大阪にも全国チェーンの大手薬局が進出し始め、好立地の薬局を新規で出すことは構造的にも困難になってきたのです。

 

つまり、薬局の経営を考えていくなかで、仕事はややこしくなり、それほどもうからなくなっただけでなく、ビジネスとしての将来の展望が怪しくなってきたために、経営そのものが面白くなくなってきたのです。そして、この傾向は、2015年以後、加速的に進んできたのではないかと思います。

 

そんな傾向も踏まえて、次回は薬局のライフサイクル、ビジネスモデルの変化について考えます。

 

  

※次回は11月上旬に公開予定です

 

プロフィール

 

狭間研至(はざま・けんじ) 
ファルメディコ株式会社 代表取締役社長/医師、医学博士、一般社団法人 日本外科学会 認定登録医。
1969(昭和44)年、大阪府生まれ。95(平成7)年、大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院、大阪府立病院(現 大阪急性期・総合医療センター)、宝塚市立病院で外科・呼吸器外科診療に従事。2000(平成12)年、大阪大学大学院医学系研究科臓器制御外科にて異種移植をテーマとした研究および臨床業務に携わる。同修了後の04(平成16)年から現職。現在は、地域医療の現場で医師として診療も行うとともに、一般社団法人 薬剤師あゆみの会・一般社団法人 日本在宅薬学会の理事長として薬剤師生涯教育や薬学教育にも携わっている。

この記事を評価する

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

TOP