編集部より
医師で、医療機関コンサルティング会社、ハイズ株式会社代表の裵 英洙(ハイエイシュ)さんの連載「マネジメントのちから~人事で悩むあなたへ~」の第4回目。裵さんは勤務医時代に病院におけるマネジメントの必要性を痛感したそうで、10年ほどの勤務医経験を経て、慶應義塾大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)でMBA(経営学修士)を取得し、現在は各地の病院の経営アドバイザーとして活躍しています。病院経営で重要な「人事」を切り口に、組織マネジメントのポイントを毎月お伝えします。今回は、ハイズ株式会社コンサルタントの後町陽子さんによるコラムです。コロナ禍で職員の退職等により、人手不足に陥った施設は少なくありません。人手不足による新規採用を考える際、どのような採用基準で検討すれば”良い人材”に出会えるのでしょうか?人手不足だからこそ自施設にふさわしい人材像を描き、それにマッチした人材を採用することが人事マネジメントのコツといえるようです。
執筆/後町 陽子(ハイズ株式会社コンサルタント、薬剤師)
監修/裵 英洙
編集/メディカルサポネット編集部
人事を担当する方であれば誰もが「良い人材を採用したい」と願っているでしょう。しかし実際は希望する人材を獲得することは簡単ではありません。そもそも医療機関にとって「良い人材」とはどのように考えればよいのでしょうか。
あなたの施設にとって「適切な人材」とは?
世界最高のビジネス思想家といわれるジム・コリンズのベストセラー書籍「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」にそのヒントが紹介されています。この書籍は普通の企業や良い企業がどのようにして「偉大な企業」になるのかを分析し、時代や業界を超えて共通する「飛躍の法則」をまとめたものです。
飛躍の法則では目的地を決めるよりなによりまず「適切な人材をバスに乗せる(=採用する)」ことが重要であるとされています。なぜなら適切な人材を採用すれば外部環境変化が激しい時代において、たとえ目的地が変わったとしても柔軟な対応が可能だからです。さらには組織が適切な人材の集団であれば目標管理を厳格に行ったり、モチベーション向上に悩んだりする必要がなくなるからです。超高齢社会を迎え、経営方針の転換が求められている医療機関においては、「自分たちがどこへ向かうか」を考えることと同じかそれ以上に「誰を採用するか」についてこれまで以上に時間と費用をかけて検討し戦略を実行することが求められています。
飛躍を遂げた企業における「適切な人材」とは学歴や技能、専門知識や経験だけでなく、性格や労働観、目標達成の熱意、価値観が組織に合っている人材のことをいいます。もちろん、知識やスキルは重要ですが、知識やスキルはある程度教育可能であるのに対し、性格や価値観は教育して習得させることが難しいからです。つまり、組織にとって良い人材を採用するためには能力の適性だけでなく、自組織の文化・価値観への適性もみる必要があるのです。(図1)
図1. 良い人材を採用するためにみるポイント
能力には主に以下の3つが挙げられます。
「一般的知識・スキル」:一般教養やコミュニケーションスキルなど
「専門的知識・スキル」:職種や資格に紐づくもの
「マネジメントスキル」:管理職に求められるもの
書類選考や面接などの採用過程でこれらのうち業務遂行に欠かせないものを保有しているか、また保有していない場合は自組織において教育可能であるかを評価する必要があります。
POINT!
ここでのポイントは一般的に習得可能かどうかで考えるのではなく、自組織の教育体制や教育予算に鑑みて、教育可能かどうかを判断することです。教育可能な特定の手技でも指導者がいない、指導者がいても忙しくて教育の時間が確保できない場合は「教育できない」となります。また、外部研修により習得可能でもそのための予算が確保できない場合も「教育できない」となるため、人材採用の可能性を拡げるためには指導者の確保や予算の確保も調整することが必要です。
文化と価値観については、以下の3つが挙げられます。
「労働観」:主に自律的働き方を好むか、上長から指示を受け遂行するスタイルを好むかといった働き方に関する考え方
「性格・態度」:明るさや柔軟性のある性格か、まじめで厳格な性格なのか
「熱意・想い」:目標達成や社会貢献に対する情熱が強いのか弱いのか
POINT!
これらは一般化したり画一的な正解があったりするわけではありません。いかに自組織と求職者の特性がフィットしているかをみることが大切です。静かに集中して黙々と仕事をすることが重視されている職場に、常に同僚と対話しながら楽しく仕事をしたい人材が入職してもお互いやりづらく、現場負担となるでしょう。したがって人材採用時には明確な基準をもってこれらに関する情報をさまざまな手段で収集し、判断する必要があります。
現場と乖離しない「適切な人材」を獲得するためにすべきこと
例えば、2020年12月にアイドルグループとしてデビューしたNiziUの選考過程では能力の部分は「ダンススキル」「歌唱力」「スター性」をオーディションの実演で測り、文化・価値観に当たる「人柄」の部分は参加者同士とトレーナーやスタッフの観察に基づく投票により測りました。この文化・価値観の部分に関してプロデューサーのJ.Y.Park氏はアイドルとは歌やダンスのスキルがすべてでなく人柄が重要であるとし、人柄について「真実」「誠実」「謙虚」の3つの要素を重視していることを明言しています。具体的には隠しごとをせず、成長のために努力を積み重ね、自分の足りなさを自覚し他者に感謝する心を持ち続けることをもって真実性、誠実性、謙虚さを評価しています。このように明確な価値観があるからこそ「適切な人材」を選ぶことができるのです。
では医療機関においては、採用時に人材を評価するための基準はどのように決めたらよいでしょうか。基準を決めるためには、求められる知識・スキル・価値観について具体的に言語化し、それらの必要度について整理する必要があります。(図2)
図2. 採用基準表の例
まず、採用にかかわる受け入れ部署、人事部、経営層それぞれが求める知識・スキル・価値観について考え得るものを一旦すべて書き出します。そのうえで、それぞれの知識やスキルの中で絶対にないと業務遂行に対して支障がでる知識・スキルはどれなのか、もしくは組織の文化・価値観の観点からないとフィットしないと言える性格や態度はどれなのか一つ一つみていきます。これらの必要度を検討したうえで、組織が求める人材像のすり合わせを行い共通の基準を合意します。
このプロセスを経ないと、採用募集をかける人事部と実際一緒に働く受け入れ部署の考える人材像に乖離が発生し、採用した人材が期待通りに働けず早期離職につながる可能性が高まります。また、経営層の合意がないと、組織全体の文化・価値観との整合が取れなくなるため、好ましくありません。さらに求める人材を採用するための採用活動や人材獲得後の教育に必要な予算を確保することが難しくなります。
求める人材像が明確になれば、どこにどのようにアプローチすればそのような人材にたどり着けるのか、採用戦略を描きやすくなります。医療界は近年、常に人手不足であり「資格者であれば誰でもいいから来てほしい」、と思ってしまいがちですが人材像の策定と適切な人材を得るための戦略実行に時間とコストをかけ、入り口の精度を上げることが結果的に組織の負担を減らし組織を良い方向に導く近道です。大変なときだからこそ今一度自分たちの大切にする価値観を言語化し、共通の人材要件の認識をすり合わせることが求められています。
※次回は2021年2月中旬に公開予定です。
Profile
裵 英洙(はいえいしゅ)MD, Ph.D, MBA
ハイズ株式会社 代表取締役社長、慶應義塾大学 特任教授、Keio Business School 特任教授、 高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐、高知大学医学部 客員教授、横浜市立大学医学部 客員教授。
奈良県出身。1998年医師免許取得後、金沢大学第一外科に入局、金沢大学をはじめ急性期病院にて外科医・病理医として勤務。勤務医時代に病院におけるマネジメントの必要性を痛感し、10年ほどの勤務医経験を経て、慶應義塾大学院 経営管理研究科(慶應ビジネススクール)に入学。首席で修了し、MBA(経営学修士)を取得。現在、ハイズ株式会社代表として、各地の病院経営の経営アドバイザーとして活躍中。 また、アカデミックの分野では慶應義塾大学 特任教授はじめ複数の客員教授を務め、病院経営に関して教鞭を取る。 さらに、厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」や「医師需給分科会」の公職を歴任。日経メディカルや日経ヘルスケア等で連載を書き、発刊された書籍は通算15万部以上のベストセラーとなっている。
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