
「コミュニケーションに悩むご家族を支えたい」が原点
取材の冒頭、ICレコーダーのスイッチを入れようとすると中石さんが「今日の音声はきれいに録音できるはずですよ」とほほ笑みました。ほどなくして小さな卵型のスピーカーから聞こえてきた声は、実にシャープで明瞭。言葉がすっと脳に入り込んでくるような心地よさがありました。

卓上にマイクを置いて話すスタンダードモデル「comuoon SE」(左)、窓口の音声対話に特化した携帯モデル「comuoon mobile」(右)
――音の輪郭がはっきりしていてとても快適ですね。まず、御社の設立、コミューン開発の経緯から聞かせてください。
中石真一路さん(以下、中石):僕は小学生の頃からピアノを習ったり、その後はバンドを組んだりと音楽に親しみ、カーオーディオマニアでもあったんです。専門学校の頃から、カーディーラーの仕事に就いていた父を手伝ってはお小遣いをもらっていました。専門学校を卒業後、いくつかの企業を経てレコード会社に転職し、50周年の新規事業としてスピーカーシステムのプロデュース企画に携わることになりました。その中で電子ガジェットを研究している慶応義塾大学SFCの武藤佳恭先生と運命的な出会いがありました。先生の開発されたスピーカーでの検証中に難聴の方が来られて「聞こえやすい」と言われたとお聞きしたのです。以前から祖母や父が聞こえで悩んでいる姿を知っていたので、この技術でなんとかしてあげられないかと考え始めました。

「東日本大震災で難聴の人が逃げ遅れたと聞き、研究を再開した」と振り返るユニバーサル・サウンドデザイン代表取締役の中石真一路さん
ただ、当時は会社員でしたし、自分でプロダクトまでつくろうとは思っておらず、研究として「聞きとりやすい音とは」「小さな電力で音を遠くに飛ばすには」などの研究をしていました。2010年頃のことです。でも、しばらくすると研究は打ち切られてしまって。その直後に東日本大震災が起きました。あの日、警報がちゃんと伝わらず、逃げ遅れてしまった難聴の方もいたと聞きました。「研究がうまくいっていれば、そういう人たちを救えたのではないか…」と思ったんです。それで、会社に研究を再開させてもらえないか直談判しました。
――結果はどうだったのでしょうか?
中石:当時の会社は経営統合の話が進んでいたことなどもあり、うまくいきませんでした。それで「自力でやるしかないと」と腹を決めたというわけです。当初はNPO法人での展開も考えたのですが、結局は会社を立ち上げることにしました。
――ビジネスとしての算段はどの程度たっていたのでしょう。
中石:集音器などに対する利用者の満足度が高くないことはわかっていたので、新しいものへのニーズはあると思っていました。ただ、comuoonは話し手側がマイクとスピーカーを通じて難聴者に届ける音声をつくりだす製品ですから、集音器とは全くの別物です。似たシステムはチケット売り場のようなところにはありましたが、聞こえにくい人をサポートする製品としては非常に変わったもので、受け入れられるかは未知数でした。でも、試作機をつくって病院の窓口で使っていただくと良い反応をいただけたんです。それで、時間はかかるかもしれないけれどやってみようかなと。
――海外には似た製品はあるのでしょうか。
中石:海外には、発想として近いものはあります。「サウンドフィールドアンプリフィケーション」と言います。ただ、comuoonみたいに少人数で使うためではなく、教室のようなところである程度の人数に対し良い“聞こえ”を提供しようというものなんです。教師の英語のなまりがある場合に聞き取りにくさをフォローするためのものらしいです。言葉を発する側が配慮しようという考え方は同じなのですが、comuoonは音を大きくして相手に届きやすくするのではなく、「音質をクリアにして」届きやすくするものなんです。「サウンドフィールドクラリティ」と私は呼んでいます。
――では、いかに音をクリアにするかが技術的な強みになっているわけですね。
中石:聞き取りやすいのは、大きな音ではなく高級オーディオで実現しているようなピュアな音質です。これまで難聴者の方はそういう音質については認識が難しいと考えていたのですが、検証を重ねていくと、逆に「音質に敏感」であることが分かってきました。難聴になられたあるチェリストの方とのコミュニケーションがヒントになりました。低音と高音が強調されたいわゆる“ドンシャリ”と呼ばれるような音ではなく、フラットな状態から丁寧に高音を上げていきながら感想を聞いていくと、非常にわかりやすい言葉で、どのように聞こえているかを説明してくれました。それで、徐々に難聴の耳にはどのような音が最適なのかが分かってきたんです。

comuonは高級オーディオのようなクリアな音質のため難聴者でも聞きやすいという
卵形メガホン形状という特徴的な形をしたスピーカーには、特許を取得した独自技術が生かされ、音の歪みを極限まで抑え、解像度が高い音を実現させています。
認知症のリスクファクターは「難聴」という研究報告も
プロダクトをつくり販売するだけではなく、大学に研究員として籍を置き研究発表を行ってきた中石さんは、医学の世界の人々とも信頼関係を結びさまざまなアドバイスを得てきました。その結果、comuoonは活用の場を大きく広げていくことになりました。
――現在、comuoonは難聴だけではなく認知症ケアという意味でも大きな期待がかかっているそうですね。
中石:高齢者が難聴になり、コミュニケーション不全が生じると、認知症だと誤認されてしまうことがあるんです。一番いけないのは高齢の難聴者に対する耳元で怒鳴るようなコミュニケーションです。耳元でのコミュニケーションは表情が見えませんので不安にもなりますし、コミュニケーションを諦めさせてしまうことにつながります。そのような配慮のない状態を「ヒアリングハラスメント」と呼んで注意喚起を行っています。

「認知症だと思われていた方がcomuoonで話しかけると、ちゃんと会話できることがよくある」と話す中石さん
――なるほど。
中石:そういう状況を減らすことにもcomuoonは力を発揮します。うまく会話が成立せず認知症ではないかと思われていた高齢者の方にcomuoonを介して話しかけると、驚くほどしっかりした返事が返ってくるということがよくあります。突然会話ができたと感動し、涙する看護師さんや介護職員の方に何度もお会いしました。
――意思の疎通というのは、簡単にあきらめてはいけないんですね。
中石:そう思います。認知症が理由でコミュニケーションがうまくできないと判断されているケースのうち、原因が難聴にあったというケースは、おそらく僕たちが思っている以上に多いはずです。昨年、厚生労働省の採択事業で行った調査では、認知症もしくは軽度認知障害と診断された75歳以上の高齢者27名にcomuoonを使って認知症のテストを再度行うと、21人つまり77.8%の方の成績が上がったんです。「軽度認知障害、もしくは正常」という診断の方も48.1%に達しました。本当は一定の認知機能を備えているのに、過小評価されている患者さんが大勢いる可能性が示されたのです。日本の認知症の方は約462万人と概算されていますが、今回の調査における割合を適用すると実際は274万人という概算になります。実は認知症ではないと分かった場合ご本人はもちろんご家族も安心されると思いますし、人生が大きく変わると思います。
言葉の聴取する脳力を可視化するアプリ開発 耳の健康を目指す社会へ
comuoonの販売数は10,000台に迫っています。介護ロボット助成対象製品に採択されたことや、10万円を切る価格のモデルが登場した10月以降、さらに販売台数が伸びているそうです。教育機関、医療機関に加え、最近では高齢者向けのスマホ教室を展開するドコモショップでの採用も進んでおり、利用される場面は大きく広がっています。
――現在はどんな業務に注力されているのですか。
中石:高齢化を迎える医療や介護、行政機関向けに音声コミュニケーションの新しい取り組みについてセミナーを行っています。言葉を聴きとる脳の力に関する簡易チェックをカジュアルに行えるアプリを活用した環境づくりにも力を入れていて、視力や血圧と同じように、言葉の聴取力がどの程度なのかをいつでもチェックできるアプリを東京都立産業技術研究センターの協力で開発しました。「みんなの聴脳力チェック」と名付けたんですが、このアプリを自由に利用いただき、いろいろな場所でチェックできるようにして「耳と脳の健康」について意識を高めていきたいです。
――プロダクトに関する新展開はありますか。
中石:コールセンターなどで使う電話専用のアンプや、従来の集音器のような小型のモデルも開発中です。「聴く」「話す」は、人間の持つ根本的な欲求だと思います。音声によるコミュニケーションを諦めない社会を最新の技術でサポートしていきたい。それがこれからも僕がやっていきたいことです。

「音声によるコミュニケーションを諦めない社会を最新技術で支えたい」と力を込める中石さん
「予想では2.5倍くらいのスピードで普及しているはずなんですが、まだまだ努力が足らないです」と笑う中石さん。しかしお話を伺った感想としては、0から1を生み出し終えた事業は、まさに今加速の瞬間を迎えており、企業としての活力を感じさせるインタビューだったと感じました。
ユニバーサル・サウンドデザイン株式会社
住所:東京都港区海岸1-9-11 マリンクス・タワー2F
URL:https://u-s-d.co.jp
代表取締役の中石真一路氏が2012年4月に実の父とともに設立し、2013年に卓上型対話支援機器「comuoon(コミューン)」を発売し、高性能スピーカーを通したクリアな音で難聴者のコミュニケーション不全を解消できることを伝えてきた。中石代表取締役は広島大学宇宙再生医療センター聴覚リバビリテーション研究グループの研究員でもあり、医療、音響工学、音響機器業界といった聴覚に関わる各分野や南カルフォルニア大学の通信課程でジェロントロジー(老齢学)を学ぶなど横断的に接点を持つ異端児として活躍している。
メディカルサポネット編集部 (取材日/2019年10月25日)

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