2019.08.05
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社会医療法人至仁会 圏央所沢病院

看護部ビフォーアフターvol.1

大きな声では言えないかもしれないけれど、どこの看護部もそれぞれに課題を抱え、頭を悩ませているもの。どのように課題と向き合い、乗り越えていくのか……。そこで組織としての真価が問われます。今回は、看護師の採用や教育制度の改革を成し遂げた圏央所沢病院の皆さんに、改革に至った経緯や、改革により変わったことについて伺いました。
 
取材・文:ナレッジリング(中澤仁美)
撮影/さいじまゆうき
編集・監修/高山 真由子(看護師・保健師・看護ジャーナリスト)

   

【お話を伺った皆さん】

看護部本部 統括部長 小菅順子さん

採用課 課長 吉澤康宏さん

看護部師長/教育委員長 萩原崇之さん

看護部主任/教育副委員長 井之川真寿美さん

  

左から井之川主任、小菅看護部長、萩原師長、吉澤課長

採用担当は「看護部全員」!

――人材の採用に苦労された時期があったそうですが、どのような工夫で乗り越えたのですか。

 

小菅順子さん(以下、小菅):かつて当院が吉川病院という名称で運営されていたころは、敷地面積も病床数も今より小規模だったこともあり、特に人材不足の問題はありませんでした。ところが、2009年に圏央所沢病院として再出発した際に病床数が急増し、必要な看護師数も一気に増えたため、募集・採用の方法をめぐって看護部としても大いに悩みました。手始めに、当時の副看護部長と私で、手作りのパンフレットを持って学校回りをしてみたのですがほとんど反応がなく、途方に暮れたことを覚えています。

  

吉澤康宏さん(以下、吉澤):誰にどうやって当院の魅力を伝えていけばよいのか考え抜いた結果、関東圏の学校だけでなく、それ以外の地方にも積極的に目を向けることに。当時新設したばかりの寮もアピールしながら、主に東北地方での就職イベントなどに参加しました。そのとき意識したのは、看護部の中で採用担当者を固定しないということ。各科の師長たちを中心として順番にイベントへ出向いてもらい、募集・採用に関する問題意識を共有してもらうことが狙いでした。

  

萩原崇之さん(以下、萩原):私も仙台や福島などで採用イベントに参加しました。採用に関することは看護部長に一任するケースが多いと思いますが、その場合、それ以外のスタッフはどうしても「他人事」のように思ってしまいがちです。しかし、現場の私たちも就職活動をする学生さんと関わることで、能動的に採用活動に取り組むようになりました。採用イベントで会った学生さんとインターンシップなどで再会し、その後スムーズな対応ができたと思います。そのような活動を3年間ほど継続した結果、各地域からたくさんの学生さんが入職してくれるようになりました。4年前には1人だった新卒採用者が昨年は23人にまで増え、目に見えて成果が上っています。

 

改革の中心となり、ビフォーアフターの過程を見届てきた小菅看護部長

新人をサポートするエルダー制とは?

――採用活動だけでなく、教育制度の改革にも取り組んだそうですね。

 

萩原:せっかく入職してくれた新人さんが突然辞めてしまう……ということがあって、定着にも力を入れなければならないと痛感しました。そこで注目したのが新人の教育体制です。従来は各部署のやり方に一任していたためばらつきがあり、進捗状況も周りからは見えづらかったのです。そこで、まずは影響力や発信力が強い各部署の主任に教育委員会へ参加してもらった上で、院内共通の教育プログラムを完成させました。

 

井之川真寿美さん(以下、井之川):それまではプリセプターシップを採用していたのですが、指導する側/される側が常に一緒の勤務帯に入るわけではなく、現実的には運用が難しい場面も多くありました。そこで、エルダー制に切り替えることにしたのです。1人の新人に対して2人の「エルダー」が主にメンタル面をサポートし、さらに「メンター」と呼ばれるベテランが見守る体制です。エルダーは、具体的な教育方針を決める役割を担うほか、新人さんが困ったときに相談できる窓口でもあります。その上で、実際の技術指導は「その場にいる先輩が皆で行う」ということを徹底しました。

 

教育委員会を率いる教育委員長の萩原さん(左)と副委員長の井之川さん

 

小菅:プリセプターシップの下では、プリセプティーがミスをしたとき、「あなたの指導が悪いから」とプリセプターが責められてしまうことがあります。指導者を1人に限定すると負担が過大になりますし、新人さんの成長具合が他の人から分かりづらいという問題も起こりがちです。全員で教えることを当たり前にしたことで、職場全体として新人さんへの理解や愛情が深まっていったと思います。

 

吉澤:エルダー制に興味を持って面接にやって来る学生さんも多くなりましたね。当院では、入職1年目の離職者は4年前からゼロ。入職2年目以降も、ご家族の介護などやむを得ない理由を除けば、誰も辞めずに続けてくれています。

 

診療放射線技師でもあり、採用課と放射線科2部署を束ねる吉澤課長

■「支え合う文化」で出産・育児も安心

――子育て世代へのサポートについてはいかがでしょうか。

 

吉澤:脳卒中センターを備える当院は、所沢・入間・狭山エリアの救急医療機関としての役割もあり、部署によってはかなり忙しいこともあります。だからといって、出産や育児との両立ができずに退職させてしまうのは非常にもったいない。そこで、子育て世代への支援にも力を入れています。併設の託児所は24時間運営されており、利用は無料。2019年にリニューアルし、約100人(0歳児~小学6年生対象)の子どもたちを受け入れられるようになりました。

 

小菅:もちろん、一時的にパートタイムや時短で働くといった選択にも、柔軟に対応しています。2018年には院内で約20人の妊婦さんが働いていたというくらい、皆が安心して出産に臨むことができる職場環境が当院の自慢ですね。しかも、産休明けにはほとんど全員が職場に戻ってきてくれています。

 

SCU(脳卒中ケアユニット)病棟のナースステーション。カフェ風な雰囲気の空間がスタッフに好評

 

井之川:新人からベテランまで各世代がバランス良く在籍していて、キャリアモデルが多様なことも特徴かもしれません。入職したときから「子育て世代をサポートするのは当たり前」という雰囲気の中で働いていれば、自分の番になったときも安心して妊娠・出産できますよね。単純に託児所や時短勤務制度があるというだけでなく、スタッフ間で協力するメンタリティーが育まれていることが大切なのではないでしょうか。

■改革を成功に導いたのは「ヨコの連携」

――とても理想的な職場環境ですね。一連の改革が成功した背景には何があったのでしょうか。

 

井之川:院内の連携が図れていることが大きいと感じています。例えば、看護部の集合研修では、臨床検査技師や理学療法士など他職種のスタッフも講師を務めてくれます。業務上の負担が増えてしまうのに、どう伝えればよいか創意工夫し、充実した内容にしてくれているのは本当にありがたいですね。看護部の教育を変えようとしたときに、それを手間だと嫌がることなく協力してくれる人がいるからこそ、いろいろなことに挑戦できるのだと思います。

 

「絶対に育つ!」と信じてあきらめないことが大切、と語る井之川主任

 

吉澤:入職1年目のスタッフを集めて職種横断的な集合研修を実施したことで、同期のコミュニティーが生まれたことも、人材の定着につながったかもしれません。さらに2019年からは、富士山での1泊2日の宿泊研修を実施。一般的なマナー研修などに加え、班ごとにカレーを調理し、順位を決めるといった、イベント要素がある研修も行いました。

 

小菅:宿泊研修後、さまざまな職種の新人さんたちが食堂で一緒に食事しているのを見て驚きました。今回の取り組みが成功し、「ヨコの連携」が生まれたと確信した瞬間でしたね。

 

萩原:連携を進めることで、良い意味での刺激が生まれるという効果もあります。例えば、教育委員会では各部署の新人さんの近況を報告してもらうようにしています。そこで「今月からうちの新人さんは夜勤を始めました」という話があると、周りの部署はちょっと焦ります。そこから刺激を受けて、「うちの部署も頑張ろう!」というように切磋琢磨することができています。つまずいてしまった新人さんがいたときは、どのようにサポートするか共通認識を持ち、効果的に介入できるというメリットも大きいです。

 

「まだまだやるべきことはたくさんあります」と教育制度のさらなる充実を目指す萩原師長

 

■まずは挑戦できる雰囲気作りが大切

――最後に、人材の採用や育成に取り組む読者の皆さんに、メッセージをお願いします。

 

萩原:仕事を覚えるスピードは、人によってさまざまです。「少しゆっくりめかな」と思うような新人さんでも、私の経験上、長い目で育てれば必ずできるようになります。「なぜできないの?」とイライラしたら余計に相手を追い詰めてしまいますから、前向きかつ長期的な視野で教育していくこととが大切だと思います。

 

井之川:本当にそうですね。人を育てるには、「忍耐」と「信じる心」しかありません。特に今の新人さんたちは、いわゆるSNS世代です。自分たちとは違う時代背景を生きていることを理解し、それに合ったコミュニケーションを心がけることも、教育する側に求められているように思います。

 

吉澤:募集・採用については、まずは自施設の強みと弱みを的確に把握することを意識してみてください。その上で、いかに強みの部分を魅力的にアピールできるかが重要です。院内での協力体制を整えて、しっかり作戦を立てて臨んでほしいです。

 

小菅:管理者の立場としては、部下の皆を信頼することが何より重要だと感じています。現場に聞けばいろいろなアイデアが出てくるはずですから、無理だと決め付けず、まずは一度トライしてみてください。「全員で看護部を改善していく」という雰囲気を、管理者層が率先して醸成していきたいですね。

 

ハードとソフト、両面の充実、そして院内全体の連携が看護部の成長につながった

    

医療法人至仁会 圏央所沢病院

住所:埼玉県所沢市東狭山ヶ丘4-2692-1

TEL:04-2920-0523(採用担当:吉澤)

URL:https://sijinkai-ken-o.com/

昭和60年開設の吉川病院を前身とし、所沢・入間・狭山地域の中核医療機関として住民の健康管理に貢献。2009年4月に「圏央所沢病院」に名称変更。全国でもトップクラスの脳卒中ケアユニット(SCU)12床を備えるほか、一般病床96床、回復期リハビリテーション病棟49床、療養病床40床の計197床。グループ内に介護老人保健施設、クリニック、訪問看護ステーションなどを擁し、幅広く看護師が活躍する環境を整えている。

 

(取材日/2019年6月21日)

 

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