2018.02.27
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突然、外国の患者さんが来院してきたら
文化の違い知らなければ混乱必至?

メディカルサポネット 編集部からのコメント

日本政府は観光施策を強化し、2020年の東京五輪・パラリンピックに向けて現在の約1.7倍(2016年の訪日外国人数:2,400万人)となる4,000万人の訪日外国人の増加を目指しています。観光庁によると、その中の約4%の外国人が何らかの疾病にかかると推計され、外国人患者急増に向けて医療機関の対応が求められそうです。



文化が違うことを知るべきと話す岡村准教授


2016年の訪日外国人は2400万人を超えた。政府は観光施策を強化し、東京五輪・パラリンピックが開催される20年には、4000万人までの拡大を目指している。観光庁は訪日外国人の4%が何らかの疾病になると推計しており、医療機関にはこれまでにない対応が求められることになる。外国人患者の急増により、地域医療が機能しなくなる懸念もある。旅行保険に未加入であった場合などによる未収金や、異文化への理解が足りないことによる医事紛争のリスクも潜んでいる。【君塚靖】


「海外では、お金の切れ目が医療の切れ目だったりします。そのような医療文化や習慣の人たちに医療を提供することを真剣に考えなくてはいけません」―。国際医療マネジメントが専門の国際医療福祉大大学院の岡村世里奈准教授は、こう話す。

アジアでは医療の前払い制は珍しくない。医療機関を受診すると窓口で、どの程度の医療費がかかるかを説明されるのが一般的で、検査が必要な場合には、事前にデポジットという形でお金を徴収したりすることもある。もし、訪日外国人に「念のため」の検査をした場合には十分に説明しておかないと、勝手に検査をしたなどと、後々トラブルになることもある。

岡村准教授は、講演会やセミナーで全国に呼ばれる。そこで訪日外国人対応策について話す時に用いるのは、外国人の目に映る日本の医療は、高級すし店だということだ。岡村准教授は、「高級すし店で“お任せ”が日本の医療で、海外は回転ずしみたいに、ブルーのお皿は何百円などと分かりやすいですよねと説明したりします」と言う。

観光庁が13年度に実施した調査では、訪日外国人の約3割が旅行保険に未加入だった。受診した際に保険に加入しているかの確認を徹底したり、パスポートやクレジットカードの提示を求めたりすることなどにより、ある程度の未収金の発生は防げるとみられている。

岡村准教授は、「訪日外国人が医療機関を受診すると未収金が増えるなどと、不安をあおる風潮もありますが、明確なデータはありません。未収金を心配する以前に、文化の違いを知るなどやるべきことはたくさんあって、それにより避けられるトラブルはあります」と強調する。最も深刻なのは突然、どこの国なのかが分からない外国人が受診してきたことで通常の診療が滞り、地域の患者に悪影響が出てくることだ。

医療現場では危機感強まる

東京都が昨年2月から3月にかけて実施した調査によると、都内の全病院646病院に尋ねたところ、315病院が回答し、75%は外国人の受け入れ実績があり、多言語対応の整備状況は「整備済み」が27%だった一方、「今後、整備する予定」が10%、「整備する予定がない」が62%だった。必要と考える対策については、▽医療通訳の確保▽未収金対応▽問診票や院内表示の多言語化▽会話集や説明資料の作成▽異文化理解促進研修▽通訳アプリなどの導入―などだった。



また、医療機関による外国人患者向けに必要な問診票、同意書の作成や翻訳にかかる費用について、補助対象を中小病院や診療所にまで拡大。都福祉保健局医療政策部の久村信昌・地域医療担当課長は、「現場からの、急増する外国人を受け入れるには大病院だけでは足りず、中小病院や診療所の受け入れ態勢を充実させるための支援が欲しいとの要望に応えた」と説明する。


東京都医師会(都医)の危機感も強い。都の在留外国人は今年5月に50万人を超え、都内の診療所などを在留外国人が受診する光景は珍しくない。しかし、これから東京五輪・パラリンピックに向けて訪都外国人が急増すれば、その影響は小さくないとみている。

都医で外国人医療を担当する島崎美奈子理事は、「外国人観光客が救急で大学病院などに搬送されるケースが増えている状況です。そのうちの軽症例に診療所で対応する必要があります」と話す。

島崎理事は、観光スポットや宿泊施設が多い地域の診療所は特に対応を迫られる可能性が高いと予測している。「言葉の通じない外国人観光客の診療に手間取り、通常の診療に支障を来す事態になるかもしれません」と指摘する。

島崎理事は都心で、眼科クリニックを開業している。外国人が受診するケースは少なくない。「英語圏への対応はできますが、訪日外国人のほとんどがアジア系。言葉や宗教上の問題で良好なインフォームドコンセントを得ることが難しい場合も多く、訪日外国人も不意の急病で、渡航先で受ける医療に不安を感じています。後々の医事紛争のリスクも高まるのではないかと思います。未払金や保険への対応も急務です」という。

都医では近く、委員会を立ち上げ、外国人に医療を提供するための方策を協議する。都医の前副会長で、これまで都と一緒に外国人医療対策に携わってきた近藤太郎顧問は、「まずは実態調査をして、それをベースにしたモデル事業を始めることが先決です。その中で、医師会ができる支援のパターンを示して、診療所の先生方に医師会のサポートを利用していただくことになると思います」と話す。

すべて自前ではなく外部のマンパワー使って

今年4月に開学した国際医療福祉大医学部(千葉県成田市)は、国際医療人材を養成することが特長の一つになっている。医学部1年生の英語の授業は約420時間。一日3-4時間は英語による授業がある。同大の医学生は卒業後には全員が英語によるコミュニケーションを使って外国人患者の診療を行い、国際学会などで活発に議論できる能力を身に付けることが期待されている。

同大医学部医学教育統括センターの押味貴之准教授は、医学英語教育と医療通訳の第一人者だ。医師として、医学生に医学英語を教えている。東京五輪・パラリンピックに向けて想定されることを聞くと、「たくさんの訪日外国人が患者さんとして医療機関を受診されたら、最も混乱するのは、『入り口』と『出口』、つまり医療機関の受付と会計だと思っています」と話す。

さらに、「受付では、その人が旅行保険に加入しているかどうかを確認しなくてはなりませんし、旅行者の家族に連絡する必要も出てきます。さらに会計になると、診断書やカルテのコピー、それに領収書すべてを英語で出さなくてはならないので、訪日外国人が受診されることを想定したある程度の準備が必要です」と話す。

押味准教授は訪日外国人への対応をすべて自院ですることはせず、効率的にアウトソーシングすることを勧めている。多言語対応の問診票は、厚生労働省のウェブサイトで入手可能であるほか、世界共通の医療機器などの説明は、インターネット情報を活用できる。すでに電話を使った医療通訳のサービスも多数そろっているほか、スマホアプリも登場している。

また、訪日外国人には丁寧なインフォームドコンセントが必要になるという。医師が十分に説明したつもりなのに理解されず、「説明されていない」などと水掛け論になる可能性がある。そこで押味准教授が有効だと言うのが、患者が理解できたかを確認する方法の一つである「ティーチ・バック」(Teach Back)だ。治療や手術に関する後遺症や合併症のリスクを患者に説明するだけにとどまらず、その内容を患者に話してもらうのだ。

費用負担にホテル税、スポーツくじ、診療報酬などの案が浮上

訪日外国人対応については、医療通訳にかかる人件費などの費用を、医療機関が患者サービスとして負担するのか、それとも患者自身などが負担するのかが課題となっている。医療現場では例えば、東京都の宿泊税、いわゆるホテル税として徴収した税金の一部を、外国人医療のための費用に回すといったアイデアもある。

ホテル税は年間20億円超の税収がある。その財源を都は外国人観光客を増やすための施策や都の観光振興に充てている。そこで、その利用範囲を医療にまで拡大してはどうかという考え方だ。また、スポーツくじの収益金を活用する案や、医療機関の負担を診療報酬で手当てすべきとの声もある。訪日外国人のさらなる増加を打ち出した政府は、20年の東京五輪・パラリンピックを3年後に控え今、さらに知恵を絞る時期に来ている。

出典:医療介護CBニュース

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