メディカルサポネット 編集部からのコメント人工血管置換術のリスクとして脊髄障害が挙げられます。脊髄保護方法が完成していないため、組み合わせによる集学的な予防法が用いられています。中でも、Adamkiewicz動脈の術前同定は術中の肋間動脈再建手技を効率化でき、脊髄保護戦略として有益です。また、「脊髄虚血時間を短縮」できることからも長用されています。 |
胸腹部大動脈瘤に対する治療成績は向上しているものの,まだまだハイリスクな症例と考えます。中でも,脊髄虚血に伴う下半身麻痺は患者のQOLの観点から重篤な合併症となり,こうした合併症回避から肋間再建に関する術前の(Adamkiewicz動脈など)評価,再建方法,術中のモニタリングによる評価など様々な工夫,改善がなされていると思いますが,こうした分野で実績のある東北大学・齋木佳克先生にご解説をお願いします。
【質問者】
金 一 岩手医科大学心臓血管外科教授
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【回答】
【胸腹部大動脈瘤に対する人工血管置換術の脊髄保護法は確立していないが,種々の方法を組み合わせた集学的予防法を用いている】 |
胸腹部大動脈瘤に対する人工血管置換術は,数ある外科手術術式の中で最も生体への侵襲が大きい術式です。さらに,周術期合併症として重篤な脊髄障害のリスクを伴っており,その発生頻度は3~11%と報告されています。文献上に報告されていない症例も含めると,その頻度は潜在的にはさらに高い可能性もあります。
脊髄障害を回避するために,種々の予防法や検査法が実施されていますが,脊髄の複雑な血行支配や虚血感受性の高さ,そして,脊髄機能術中評価の困難さのために,完成された脊髄保護方法はいまだ確立されてはいません。現代でも単一の方法ではなく,種々の方法を組み合わせた集学的な予防法が用いられています。これまでのところ有用とされ臨床の場で実施されている脊髄保護法としては,①Adamkiewicz動脈の術前同定,②脳脊髄液ドレナージ,③電気生理学的神経活動モニタリング(motor evoked potential:MEP測定),④補助循環を活用した末梢側灌流(distal perfusion),⑤低体温法,⑥大動脈の分節遮断,⑦肋間動脈開口部からの血液steal現象の抑制,⑧選択的肋間動脈灌流と肋間動脈再建,⑨硬膜外冷却,⑩薬物投与を挙げることができます。
術前検査として,前脊髄動脈へ繋がるAdamkiewicz動脈とそれに連結する主要肋間動脈を同定することの重要性については,特にわが国で強調されています。その背景には,multidetector CTやtime-resolved MRIを用いた血管造影技術が日本で最も発達していることがあります。Adamkiewicz動脈の同定率は80~95%にまで改善されていますが,同定不能な症例もいまだにあります。主要肋間動脈が壁在血栓等で閉塞している場合は,側副血行路を探す必要がありますが,その候補には胸壁や骨盤周辺を走行する様々な血管が含まれ,その同定は必ずしも容易ではありません。それでもAdamkiewicz動脈の術前同定に注力することは,術中の肋間動脈再建手技を効率化でき,脊髄保護戦略として有益なこととなります。また,主要肋間動脈開口部に小口径(10〜12mm)の人工血管を迅速に端側吻合し,そこから選択的に肋間動脈への灌流を行うことで脊髄虚血時間を短縮できます。さらに,個々の肋間動脈に対する至適灌流量は異なるため,先端圧をモニタリングできるカニュラを小口径人工血管に内挿して灌流すると,さらに安全性が高まります。
【回答者】
齋木佳克 東北大学心臓血管外科学分野教授
執筆:
金 一 (岩手医科大学心臓血管外科教授)
齋木佳克 (東北大学心臓血管外科学分野教授)
出典:Web医事新報