メディカルサポネット 編集部からのコメント外国人観光客だけでなく、留学生や就業者、その家族など、在留外国人が増加を続けています。それに伴い、日本の医療機関を利用する外国人の対応がクローズアップされています。医師として患者を助ける人道的な問題と、医療費未収に対する現実的な対応の狭間で医療現場が混乱しているのが現状です。旅行者への保険の加入促進だけでなく、生活に困窮している在留者への救済対策など、まだまだ議論しなければなりません。 |
日本で生活する外国人の数は増加を続けており,地域医療の現場では日本語が不自由で生活基盤も脆弱な外国人患者と出会うことが多い。現在国は訪日外国人患者を受け入れる医療機関の整備に力を入れており,国際診療部門を設置する病院が増えている。しかし,富裕層や旅行者が念頭に置かれる傾向にあり,生活の困窮した外国人への対応はかえって後退していないだろうか。外国人診療の整備には訪日外国人への医療よりも地域住民の健康を守る視点こそが重要である。
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近年,少子高齢化の影響により日本で働く外国人の数は増加を続けている。在留外国人数は2017年末で250万人を超え,もはや外国人がいなければ成り立たない業種も増えている。一方,訪日外国人も急増しており,2020年に向けてさらに多数の旅行者の来日が見込まれる。
こうした中で,医療の現場でも様々な課題が生じている。在住する外国人の増加により,救急医療から慢性疾患までほとんどすべての医療現場で外国人への対応が増えている。外国人は働き盛りの年齢が多く,出産や小児医療の現場では言葉の不自由な外国人への対応は日常的なこととなってきている。感染症や精神科医療の現場でも,確実に治療を継続してもらうために言葉の支援だけでなく,経済状況や社会環境も聞き取りながら療養環境を調整することが求められている。
一方,旅行者は旅先で体調を崩した場合が中心であり,多くは軽症例で短期間のものである。しかし,日本語がまったくできず言葉の障壁が大きいこと,まれながら重症例が発生し,その場合の医療費の支払い方法などの調整が複雑であることなどが苦労する点であろう。
1 外国人患者をめぐる取り組み
日本において外国人の受診をサポートする取り組みが本格化したのは1990年代である。まず,AMDA国際医療情報センターが東京都と連携し言葉の対応ができる医療機関の紹介や救急患者への電話通訳を実施したことが先駆的な取り組みであった。その後,神奈川や愛知など外国籍住民が多い自治体が医療通訳派遣の制度化を進め,現在も少しずつ他の自治体に広がっている。在住外国人には開発途上国の出身者が多く日本での生活基盤が脆弱であることを背景に患者への支援として普及した。
2010年代になると,経済産業省のイニシアチブにより外国人患者を受け入れる医療機関を成長産業育成の一環として支援する施策が打ち出された。外国人患者の受け入れを担当するコーディネーターや通訳の人件費,院内表示,文化への配慮を促進するための補助がなされ,対応病院を認定しその数を増やしていく方策がとられた。
従来の自治体の事業では,NPOなどと連携して育成した通訳を低コストで提供する方式をとっており,患者負担が無料もしくは少額という長所がある。しかし,通訳の報酬が限られており,人材不足が大きな課題であった。一方,国の事業では医療通訳者を100時間超の講習で育成し,高収入の得られる通訳を個人認証し確保することや電話医療通訳の事業者も育成することで普及をめざしている。派遣通訳の費用は高額となるが,医療観光や旅行者保険をかけて来日する訪日外国人らの利用が見込めるという想定のようである。
急増する訪日外国人の受け入れ医療体制の整備としては一つの前進として評価すべきであろう。一方,医療観光とは異なり採算性の得難い分野である在住外国人への医療もこの方法で解決しようとすれば様々な副作用やミスマッチが生じる。
2 在住外国人への対応は後退していないか
親日国として知られるある国の大使館の職員から,国際診療部門を持つようになった病院ほど連携が難しくなったという声を聞いた。社会基盤の脆弱な開発途上国出身の在住外国人の中には,様々な理由で在留資格を失い困窮した状態で保護される人がいる。その理由は夫である日本人男性からの暴力,人身取引の被害など自己の努力ではいかんともしがたい事例も少なくない。国際的な慣習では医療は病気が発生した場所の政府の管轄であり,大使館が提供できるのは,速やかな帰国を支援し出身国側の公的な病院で治療を受け入れることである。このため,早期の帰国をめざして大使館職員と入院した病院のソーシャルワーカーとで困窮した患者の支援を協力して行ってきた。しかし,近年,国際診療部門を立ち上げた多くの病院では事務職員が担当し,その関心は帰国の支援より未払い医療費の防止に移ってきているらしい。大使館に医療費の肩代わりを繰り返し求めたり,「あなたの国の人は迷惑ばかりかける」と不満をぶちまける担当者もあり苦慮しているという。
こうした変化を伝える声は他の施設からも寄せられている。難民の支援を行うNPOによると,難民申請者を最寄りの救急病院に搬送してもらおうとした際に救急隊から「あの病院は保険がない外国人は受けてくれない」と言われたという。別のNPOからは,医療費の支払いが困難とわかったとたん病室を追い出され警察に通報された事例の報告があった。いずれの病院も,以前は生活に困窮した在住者には配慮した対応をしていた公的病院であったが,国際診療部門の立ち上げ後に,在留資格を失い困窮した在住者に対しての対応が厳しいものとなった。受付で在留資格を調べ、切れていれば緊急事例以外は診察をせずに出直しを求めるとしていた病院もあった。一度切れた在留資格は通常復活しないため、実質的に診療しない方針となる。
3 病院に求められる困難事例を受け止める力
こうした対応は,人道的な問題だけでなく地域医療に大きな支障をもたらす。一般の医療機関を訪れる外国人のほとんどは,在住外国人であり,生活基盤の弱い人々が多数含まれている。中には,結核やエイズ・精神疾患・ハイリスクの妊婦など,早期の受診を促し相談しながら治療の方針を立てていかなければやがて重症化して地域医療に負荷をかける事例も多い。
実は,在留資格がなく生活が困窮した外国人の数は1990年代のほうが多い。その数は,現在の5倍ほどの30万人弱であった。こうした外国人は医療機関に行かずに重症となってから救急受診をすることが多く,病院の大きな負担となっていた。特にエイズでは,重症化してからの受診で高額の未払いになることが多かったため,私たちはエイズ対策の研究でこうした事例への対応策を検討した。そして,まずはエイズ拠点病院で受け止め当座の診療を進めながら医療通訳とソーシャルワーカーで対応し,日本で治療が難しい患者は出身国での治療に橋渡しをする体制を整えた。これによりこれまでに100人以上のエイズ患者を出身国などでの治療につなげてきた。早期の受診を促せるようになり,近年では重症化して未払いとなる事例は大きく減っている。医療にはこうした現実的な対応が必要であり,在留資格がない外国人の診療を忌避する病院が増えると地域医療は混乱する。
現在の国際診療部門育成の流れは訪日外国人を前提に未収金の防止を重視するあまり,生活に困窮した在住外国人を排除する方向に向かっていないだろうか。大病院でこうした対応が広がれば重症化してから引き受けることになる周辺の病院や診療所での負担が増え,結果的に医療機関の未収金の総額は増えるだろう。
4 地域の健康を守るための外国人医療の支援を
近年,ビザがない外国人は減少したものの,技能実習生や日本語学校生が病気等で仕事が続けられなくなり,借金のために帰国もできず生活困窮して見つかることが増えている。人手不足を開発途上国からの人材で補う政策がとられている以上,来日後に日本で生活が困窮する外国人をゼロにすることはできない。
旅行者への保険の加入促進や帰国後も医療費の支払いができるシステムの構築による未収金防止対策は重要である。一方で,在住する外国人に対しては,自治体の事業のように外国人の受診しやすさを支援する医療通訳の提供やソーシャルワーカーによる相談が不可欠である。富裕層を前提とした厳しい取り立てになれば,困窮する病人を医療から遠ざけることになり,社会の健康を守れないばかりか,日本の医療の在り方を大きく変えてしまうことになりかねない。
多くの現場の医師たちには直接話せば問題を理解していただけている。地域の住民の健康を守る原点に立ち返った議論の展開を期待したい。
執筆:沢田貴志 (港町診療所所長)
出典:Web医事新報