メディカルサポネット 編集部からのコメント高齢社会において、漢方薬はどのように有意義なのでしょうか? 現役世代と違い、高齢者は体全体の虚弱(フレイル)などから、複数の疾患に悩むことが多いです。そのような老化が原因の症状に対し、全人的なアプローチをする漢方治療が有効と富山大学学術研究部医学系和漢診療学講座 貝沼茂三郎教授は説明します。 |
高齢社会における漢方薬の意義について,富山大学・貝沼茂三郎先生にご解説をお願いします。
【質問者】田原英一 福島県立医科大学会津医療センター漢方医学講座教授
【回答】
高齢患者には生理的老化の上に病的老化が様々な形で加わり,老化に由来する臓器の障害が1人の個体に複数存在するのが大きな特徴です1)。そのような特徴を有する高齢者が急増する中で,医療の目標は今や個々のQOL維持・向上に設定されており,全人的なアプローチをする漢方治療は非常に有用です。また複数の疾患を持ち,服用中の薬剤数・薬剤量も多い高齢患者に対し,漢方治療は医療経済にも非常に有益であるとの報告もあります2)。
ところで,漢方医学的なものさしの中で,特に高齢者に対しては次の2つの視点が重要です。1つは漢方医学において生命の存続維持を司るとされる3つの要素,すなわち「気」「血」「水」に目を向けることで,この3要素の過不足や流れの異常が病気の原因になると考えることです。特に加齢による衰えは生命力の低下であり,気すなわちエネルギーの低下と考えます。気の低下した状態を漢方医学では「気虚」と言い,その改善に気を補う生薬である人参,黄耆などが含まれる漢方薬(補気剤)が汎用されます。
また,もうひとつの視点は五臓です。五臓とは「肝」「心」「脾」「肺」「腎」を指し,その相互作用で心と体のバランスが維持されていると考えられています。その中で,高齢者医療では特に腎と肝が重要です。「腎」というのは漢方医学的には「腎は先天の気を主る」と言い,生まれながらの生命力が宿るところであり,その働きは年とともに弱くなると考えられています。これを漢方医学的には「腎虚」と呼んでいます。つまり,老化と腎虚には密接な関係があります。腎虚に対する代表的な方剤に八味地黄丸がありますが,加齢に伴う諸症状に対して,非常に幅広く使えると言えます。最近では認知症に対する研究も進んでいます3)。
また「肝」というのは漢方医学的には自律神経系の働きを司るとされ,肝が不安定になると血流低下や自律神経症状,抑うつなどにつながると考えられています。「肝」の昂ぶりは,怒りや興奮などの精神神経症状をもたらすと考えられていますので,肝の昂ぶりを抑える抑肝散(加陳皮半夏)が焦燥感やイライラ,怒り,興奮,不眠などに用いられています。さらにその応用として,抑肝散(加陳皮半夏)は認知症における周辺症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)の改善にも有効であると報告されています4)。
【文献】
1) 折茂 肇, 監:高齢者のための漢方ベストチョイス. 医学書院, 1999, p1-6.
2) 大野賢二, 他:日東医誌. 2011;62(1):29-33.
3) Kainuma M, et al:Front Pharmacol. 2022;13: 991982. doi:10.3389/fphar.2022.991982. eCollection 2022.
4) Iwasaki K, et al:J Clin Psychiatry. 2005;66(2): 248-52.
【回答者】
貝沼茂三郎 富山大学学術研究部医学系和漢診療学講座教授
出典:Web医事新報