2020.01.30
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「全世代型社会保障検討会議中間報告」をどう読むか?
「社会保障制度改革国民会議報告書」との異同を中心に
二木立さん(日本福祉大学名誉教授)が読み解く

メディカルサポネット 編集部からのコメント

2019年12月19日に、政府の「全世代型社会保障検討会議」中間報告が公表されました。検討会議は今後も議論を深め、20年夏に最終報告を取りまとめる予定です。本稿は日本福祉大学名誉教授の二木立さんが「社会保障制度改革国民会議報告書」と異なる点を中心に、高齢者の就労促進による社会保障の支え手の増加などに注目して中間報告の内容を検討します。

二木さんは医療改革の「公的保険制度の在り方」で、「負担能力に応じた負担」としながらも中所得者の窓口負担増のみを提案し、高所得者の保険料負担増に触れていない点に着目。応能負担(負担能力がある人にはより多く負担してもらう)には賛成しつつも、「サービスを受ける際は所得の多寡によらず平等に給付を受けるのが『社会保険の原則』」と指摘。中間報告で検討が進むとされている「外来受診時定額負担」だけでなく、将来的な「保険免責制」(一定未満の医療費の全額自己負担化・保険外し)導入の布石になると見ています。

 

政府の「全世代型社会保障検討会議」(議長・安倍晋三首相)は昨年12月19日「中間報告」を公表しました。検討会議は、今後、「与党の意見を更にしっかり聞きつつ、検討を深め」、本年夏に最終報告をとりまとめる予定です。本稿では、「中間報告」のスタンス・内容を「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年8月。以下、「国民会議報告書」)との異同を中心に、検討します。安倍内閣は、過去7年間、「国民会議報告書」を踏まえた社会保障制度改革を行ってきたハズですが、「中間報告」ではそれへの言及はまったくありません。

 

「中間報告」は第1章「基本的考え方」、第2章「各分野の具体的方向性」(年金、労働、医療、予防・介護)、第3章「来年夏の最終報告に向けた検討の進め方」の3章構成・13頁で、46頁もあった「国民会議報告書」の3割弱の薄さです。以下、紙数の制約のため、第1章と第2章の医療、予防・介護(改革)に絞って検討します。

「社会保障の機能強化」が消失

「中間報告」の第1章「基本的考え方」の最大の特徴は、「国民会議報告書」のキーワードであった「社会保障の機能強化」という表現が消失していることです。そのためもあり、今後の人口高齢化で着実に増加する社会保障給付費の財源確保のための具体的方策はもちろん、方向性さえ示されていません。

この点は、2018年5月に内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省が合同で経済財政諮問会議に提出した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」が、社会保障給付費の対GDP比が2018年度の21.5%から2040年度の23.8~24.0%へと約2.5ポイント上昇すると推計していたことと不整合です。

 

この理由としては、安倍首相が昨年7月の参議院議員選挙時に、消費税率の10%を超える引き上げについて「今後10年間くらいは必要ない」と繰り返し明言し、社会保障拡充に不可欠な負担増の議論を封印したことがあげられます。後述するように、第2章では2種類の患者負担増が提起されていますが、それで社会保障費の増大を賄うのは不可能です。

 

今後も「就業者数を維持できる」

第1章で、私がもう一つ注目したことは、「少子高齢化の克服」で、「年齢にかかわらず、学び、働くことができる環境を整備すれば、生産年齢人口が減少する中でも、就業者数を維持できる」と書いていることです(1頁)。これは、従来、政府・厚生労働省文書が繰り返してきた、「高齢社会危機論」(高齢者を支える生産年齢人口が減少することを過度に強調)の事実上の否定と言えます。『平成29年版厚生労働白書』は「高齢者1人を支える現役世代の人数は大きく減少しているが、労働参加が進んだ場合、非就業者1人に対する就業者の人数は増加する可能性」を指摘していました。「中間報告」のこの記載はそれの追認と言えます。手前ミソですが、これにより、権丈善一氏(慶大商学部教授)や私が以前から指摘してきた事実が政府の「お墨付き」を得たとも言えます(拙著『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』勁草書房, 2019, 165-167頁)。

 

「医療と介護の一体的改革」が消失

第2章の医療、予防・介護の改革で一番特徴的なことは、「国民会議報告書」の「医療・介護分野の改革」が打ち出した「医療と介護の一体的な改革」が消えて、医療と介護が分離され、「医療」、「予防・介護」となり、しかも「介護」の大半が「介護予防」であることです。この背景には、予防と介護予防について保険者や自治体へのインセンティブを付与・強化すれば、医療費や介護費を抑制できるとの「エビデンスに基づく」ことのない期待・幻想があると思います。ただし、経済産業省の諸文書と異なり、このことは明示されてはいません。

 

医療改革の前半の「医療提供体制の改革」は既存の改革の羅列で、新味はありません。このことは、医療提供体制の改革は従来通り、地域医療構想と地域包括ケアが二本柱であることを示唆しています。

 

私が注目したのは、「国民会議報告書」と同じく、「かかりつけ医」の役割が強調されるだけでなく、新たに「地域密着型の中小病院・診療所の在り方も踏まえ、外来機能の明確化とかかりつけ医機能の強化を図ることが不可欠」と書かれたことです(10頁)。私自身は「地域密着型の中小病院」という表現を常用していますが、政府・厚生労働省(関連)の公式文書でこの表現が用いられたのは初めてと思います。この表現は第2回検討会議(11月8日)の有識者ヒアリングで、横倉義武日医会長が用い、それが「中間報告」に採用されたのだと思います。

 

2種類の患者負担増を明記

医療改革の後半の「公的保険制度の在り方」では以下の2種類の患者負担増を明記しています。①「現役並み所得の方を除く75歳以上の後期高齢者」(単身世帯では年収383万円未満)のうち「一定所得以上の方」(「現役並み所得の方」を「高所得者」と呼ぶ厚生労働省の呼称に合わせると「中所得者」)の医療費の窓口負担割合を2割とする。②「他の医療機関からの文書による紹介がない患者が大病院を外来受診した場合」の患者負担額を増額すると共に、「対象病院を病床数200床以上の一般病院に拡大する」(10-11頁)。

 

実は「国民会議報告書」も、70~74歳の高齢患者の2割負担化と紹介状のない患者の大病院の外来受診時の定額負担導入を提案し、その後実施されました。今回の改革提案はその拡張版とも言えます。

 

ただし、両者には重要な違いもあります。それは、「国民会議報告書」が「能力に応じた負担」として、保険料と窓口自己負担の両面で、高所得者の保険料負担増と低所得者の窓口負担減(または据え置き)をワンセットで提案したのに対して、「中間報告」は同じく「負担能力に応じた負担」を主張しながら、中所得者の窓口負担増のみを提案し、高所得者の保険料負担増にはまったく触れていないことです。

 

私も「応能負担原則」には大賛成ですが、それは保険料や租税負担に適用されるのであり、サービスを受ける際は所得の多寡によらず平等に給付を受けるのが「社会保険の原則」と考えています。この点については、社会保障法研究の重鎮である堀勝洋氏(上智大名誉教授)も、「社会保険においては、『能力に応じて負担し、ニーズ(必要)に応じて給付する』という原則に従うのが望ましい」と明快に説明されています(『社会保障・社会福祉の原理・法・政策』ミネルヴァ書房, 2009, 39頁)。

 

「公的医療保険制度の在り方」で見落としてならないことは、見出しに「大きなリスクをしっかり支えられる」という枕詞が付いていることです。これは、「中間報告」で今後「検討を進め」るとされている「外来受診時定額負担」だけでなく、将来的な「保険免責制」(一定未満の医療費の全額自己負担化・保険外し)導入の布石と思います。

 

またも「質の高い」医療が消失

最後に、第3章の問題点を指摘します。それは、最後の段落の地域医療構想・医療提供体制改革から「質の高い」が抜け、「持続可能かつ効率的な医療提供体制に向けた……」と書かれていることです。本連載(No.4989)では、厚生労働省医政局が昨年9月27日に発表した「地域医療構想の実現に向けて」で、「地域医療構想の目的」から「質の高い」が削除され、「地域ごとに効率的で不足のない医療提供体制を構築する」とされたことを指摘・批判しました。医政局文書よりも格の高い「中間報告」でも「質の高い」が抜けたことは重大です。

 

ただし、第2章の「医療」の項(9頁)には、「質の向上と効率改善を図り、地域で必要な医療を確保する」との伝統的表現も書かれています。「最終報告」ではこの表現が文書全体で用いられるよう、医師会・医療団体は求める必要があると思います。

 


日本福祉大学名誉教授:二木 立(にき りゅう)

1947年生まれ。72年東京医歯大卒。日本福祉大学教授・学長などを経て2018年4月より現職。著書に『医療経済・政策学の探究』『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』(いずれも勁草書房)など


 出典:Web医事新報

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