2020.01.31
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よき医師を養成するには?
(福井大学医学部救急科・総合診療部教授/林 寛之さん)

メディカルサポネット 編集部からのコメント

若手の教育に力を入れている福井大学医学部救急科・総合診療部教授の林寛之さんに、研修医教育のコツを伺いました。初期研修では、患者のたらい回しをなくして救える命を増やすため、いろいろな科の知識を身につけるための土台作り、基礎固めを行うそうです。後期研修ではインプットとアウトプットの強化が重要だと考え、初期研修医への教育などのアウトプットをすることでインプットした知識を深め、定着させる研修を行っています。謝り方、笑顔の作り方、コミュニケーション法も伝授し、怒らず、笑顔が絶えない医師の育成を目指しているようです。

 

目指すは「草食系の悪の軍団」の育成

たらい回しを減らし救える命を救うためにも

臨床力、共感力の高いプロの医師を育てる教育を

 

自分も診てもらいたいような医師を育てるにはどうしたらよいのか。

ER救急医・総合診療医として若手の教育に力を入れる福井大学医学部救急科・総合診療部教授の林寛之氏に、研修医教育のコツを聞いた。


よき医師を養成するには?(林 寛之 福井大学医学部救急科・総合診療部教授)
林寛之(はやし ひろゆき)
1986年自治医科大学卒。越前町国保町立織田病院外科勤務後、トロント大学附属病院救急部で臨床研修。福井県立病院救命救急センター科長などを経て、2011年より現職。著書に『あなたも名医!もう困らない救急・当直Ver.3 当直をスイスイ乗り切る虎の巻』など。

 

インプットとアウトプットの強化が重要

─初期研修のポイントを教えてください。

初期研修の一番の目的は、将来、目の前の患者さんが困らないことですから、まずはいろいろな科の知識を身につけることが大切です。当たり前の病気を診られない臓器別専門医が多いと患者さんが不利益を被るので、土台となる基礎固めをするのが初期研修ですよね。この土台をないがしろにすると、たらい回しや救える命が救えないということが起こります。簡単に言えば、飛行機の中で「ドクターはいますか」と言われた時に、手を挙げられるかどうかです。飛行機の中で治療はできないとしても、患者さんの状態を評価できるのは、臨床の基本的な能力です。そのためには、将来どの科に進むとしても、よくある致死的な病気をある程度診られるように救急で勉強する必要があります。

 

─後期研修はどうですか?

プロとしての道を歩んでもらいたいので、①インプットの強化、②アウトプットの強化、③プロフェッショナリズムとコミュニケーション力を磨く─この3つを柱にした研修をしています。医師が1人前になるには10年かかります。10年後に本物のプロの医師になるために必要な知識や能力、勉強法を教えることが重要です。 インプットの強化とは、オン・ザ・ジョブとオフ・ザ・ジョブ。つまり、実践で得られる知識とまれな病気だけど身に着けておきたい知識、それから論文の読み方を教えています。アウトプットはプレゼンテーション力や初期研修医に対する教育力の強化です。ドクターの語源はラテン語で、「教える人」という意味です。インプットを1とすると2倍くらいアウトプットをしたほうが知識が定着します。 

 

─どうやってインプットとアウトプットを強化しているのですか。

具体的には、月1回ジャーナルクラブをレストランで開いて、論文を読み倒して発表する勉強会をしています。毎月1人の後期研修医が興味があるテーマに対して最低100本、実際には150〜200本の論文を読んで役立つものを吟味し、発表する準備をします。例えば虫垂炎がテーマであれば、その症状と非典型例、身体所見、検査、エコーの見方、誤診しやすい症例などを、アップデートされた知識も入れながら発表しています。実際に発表するのは初期研修医です。後期研修医がプレゼンテーションの構成を考え、トピックを分割して2~3人の初期研修医に割り振り発表させるのです。3分に1回笑いを取りながら情報を魅力的に伝える工夫をし後輩に教えるアウトプットによって知識が深まりその分野の臨床に強くなります。  

謝り方、笑顔の作り方 コミュニケーション法も伝授

プロフェッショナリズムとコミュニケーション力を磨くための研修もしているのですか。

はい。そのための勉強会は月2回開催しています。医療安全、患者さんや他のスタッフなど相手の性格に合わせた伝え方、いろいろなパターンの謝り方、災害救急、緊急被ばく医療、同時並行で患者さんを診るトレーニング、プレゼンテーションの仕方なども教えます。例えば、医療安全では、救急車で運ばれてきた患者さんの死亡を、家族へ伝える場面をシミュレーションします。大慌てでかけつけて来た家族に死を告げると、「なんで助けてくれなかったんだ」と怒鳴られることがほとんどです。大切な人が亡くなった時には事実を否認し、その後怒りが出るのは自己防衛の正常な反応です。ここで怒鳴り返したり、「あとは事務の者が対応します」と言うのはプロとして失格です。  

 

─謝り方も教えるのですか。

そうです。謝ったら訴えられると考えるのは間違いで、謝らなかったからと訴えられるほうが圧倒的に多いのです。「せっかくこの病院を選んでくれたのに、ご期待に沿えなくてすみません」と謝ります。トラブルをゼロにしようとするのは大切ですが、ゼロにはなりませんから謝る練習をしておくと、いざという時に冷静になれます。ドラマみたいに「私はミスしませんから」と言いたいけどあり得ないです。どれだけのミスを重ねて今があり、どれだけ患者さんに助けられたことか。一生懸命やってもだめなことってありますよね。それから、笑顔の作り方も教えます。笑顔は気持ちで作るわけではなく筋肉で作る。顔の筋肉を普段から鍛えておくことが大事です。  

よい医師は決して怒らない

─よい医師とはどういう医師だと考えますか。

決して怒らない草食系の医師です。怒らないで笑顔が絶えない医師には、患者さんや周囲のスタッフも自発的に情報を与えてくれるようになるものです。もちろん臨床能力は高いことが前提です。そして、チームワークを大事にし、人と比べないこと。人生は旅(珍道中)だと考えています。自分のチームは「草食系の悪の軍団」を目指しています。正義の味方は最高でも5人しかいなくて、いつも怒っていますが、悪の軍団はいつも笑って登場し人数も豊富です。たとえできない若手がいても、10〜20年経てば1人前になると思って育てれば、人が多い方が面白いですよね。

 

─今後、実現したいことはありますか。

高齢患者さんの味方になるホスピタリスト(病院総合診療医)ももっと輩出したいです。当院と永平寺町が連携して今年8月に、永平寺町立在宅訪問診療所を開設しました。在宅医療の患者さんを増やし、学生や研修医にいろいろな選択ができることを見せたいと考えています。救急、ICU、ホスピタリスト、家庭医、この4つの人材を輩出する下地を作り、その人材がたくさん育ったころにおじいちゃんになって、みんなが僕を診てくれれば安泰です(笑)。

 

 

(聞き手・福島安紀)

 

 出典:Web医事新報

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