2024.10.21
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製薬業界はこんなに特殊

佐藤健太郎の薬の時間vol.8

    

編集部より

東京書籍の教科書「改訂 化学」や雑誌「現代化学」、文藝春秋、朝日新聞などで活躍中のサイエンスライター佐藤健太郎さんが薬の世界を紐解きます。

連載「薬の時間」では、注目の新薬や、医薬品こぼれ話、世界の製薬企業など、医薬品にまつわる様々なトピックを取りあげてわかりやすく解説していきます。 

 

第8回は、「製薬業界はこんなに特殊」と題し、製薬業界独自の構造や課題を紹介します。

薬価の設定の問題や、特許切れと同時に売り上げが大きく落ちるリスク(パテントクリフ)といった課題から、今後の業界の展望まで、製薬業界の現在と未来を覗いてみましょう。

 

執筆/佐藤健太郎(サイエンスライター)

編集/メディカルサポネット編集部

   

 

 

1. 「製薬企業」も実はいろいろ

製薬会社のイメージ

 

今さらいうまでもなく、製薬業界はいろいろな意味で特殊な業界です。ある高名な経営学者は、製薬業界については他業界のようなビジネスモデル分析が不可能だと述べているそうですが、それもむべなるかなと思います。

 

他業種と比べて特殊なポイントはいくつかありますが、同じ「製薬業界」というくくりの中に、いくつも全く異なる業態の企業が混じっている点がまず挙げられそうです。同じ医薬品といっても、医療用医薬品と一般用医薬品とでは、流通経路も価格設定も全く異なります。また医療用医薬品でも、いわゆる先発品を開発する企業と、ジェネリック薬を主体とする企業では、全くといっていいほどビジネスモデルは異なります。

 

しかも、一般用医薬品・先発品・ジェネリック薬を製造する企業は完全に分かれているわけではなく、一つの企業がいくつかの種類の医薬を作っているケースはよくあります。武田薬品がアリナミン製薬を分離したように、一つのジャンルに専業化する傾向が徐々に進んではいますが、一般用・医療用の両方を作っている企業もまだ多くあります。

 

このことが、業界としてまとまって行動し、団結することを妨げているようにも見えます。コロナ禍における医薬・ワクチン開発に関してもそうですし、以下に述べる医薬品不足問題についても、解決を長引かせているように思います。

      

2. 製品の価格設定ができない

医療用医薬品においては、「自社製品の価格を自分で決められない」という点も極めて特徴的です。もちろんメーカー側も、希望価格の提示や価格交渉を行うことはできますが、最終的には厚労省の裁定に従う他はありません。また一度つけられた薬価も、毎年の薬価改定の際に徐々に引き下げられていきます。

 

このことが、現在の医薬品不足という状況を呼んだ要因の一つになっています。ジェネリック薬の製造販売を主体とするメーカーは、各種物価の高騰という状況にも関わらず、極めて安い価格での販売を強いられています。このため十分な利益が上げられず、設備の更新や、人材の育成に十分な経営資源を割けなかったことが、問題を深くしたとみられます

 

また、医薬品を製造しても利益が見込めない、あるいは赤字さえ覚悟しなければならないような状況では、新規参入する企業も現れるはずがありません。現在の医薬品不足の発端は、一部の企業の不祥事ではありましたが、こうまで不足状態が長引いているのは、厚労省の失政という他はないでしょう。

 

そして、日本の薬価が低く抑え込まれていることで、外資系企業にとって日本は魅力のない市場になりつつあります。かつては、海外の医薬が日本に入ってくるのが遅れる「ドラッグ・ラグ」が問題になりましたが、今や海外の医薬が入ってこない「ドラッグ・ロス」に発展しつつあります。

 

こうした問題は、全て「自社製品の価格を自分で決められない」という点に端を発します。では製薬会社が自由に薬価を決められる制度にしたらどうか――というと、米国などの例を見る限り、やはり多くの問題があります。現状の制度のもと、うまくバランスを取っていくしかなさそうですが、舵取りはなかなか難しいようです。

 

3. 少ない製品数、巨額の売上

先に、いわゆる先発品の会社と、ジェネリック薬主体の会社では、全くビジネスモデルが異なると書きました。先発品メーカーは、自社で発見した化合物や、バイオベンチャーなどが開発した化合物を(ときには会社ごと)買収し、臨床試験を行って販売するというのが主なビジネスモデルになります。

 

問題は、この臨床試験の通過確率が極めて低いことです。製薬企業はいくつもの医薬候補化合物を創り出し、パイプラインに送り込みますが、そのうちいくつがモノになって、会社にどれだけの売り上げをもたらすか、正確な予測は困難です

 

しかしひとたび臨床試験を突破すれば、他業種に比べてはるかに大きな売り上げを見込めるのが、医療用医薬品の世界です。2023年の医療用医薬品の売上ランキングを見ると、国内だけで1000億円を売り上げた製品が6点、500億円以上の製品が20点に上ります。グローバルでの売り上げを見れば、1兆円を遥かに超える製品さえ存在します。

 

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