オンラインプログラム「プロジェクト・フローレンス」は、アメリカのMount Sinai 病院(ニューヨーク市内に7病院を持つ、マウントサイナイ医科大学付属病院)と、スウェーデンのオンライン教育会社「Sana labs」が共同開発されました。本プログラムは、COVID-19感染患者さんを適切に看護できるよう、オンラインツールを用いた知識習得を目的としています。特に世界で最も被害が大きかったニューヨークの中核病院で作成された背景には、ICU看護師の深刻な人材不足と負担を軽減するため、他の一般病棟の看護師を含めた有効なチームナーシングを確立することを目標に、「ICUの経験が少ない看護師の教育を行う」ことがあったそうです。他国に比べて被害を抑えることができた日本ですが、このプログラムは日本の看護師の皆さまの一助になるのではないかと考え、日本語版完成に至りました。
本プログラムは以下の8つのセクションに分かれています。
1.医療者の安全・感染予防対策
2.酸素化と換気
3.気道確保
4.酸素供給システム
5.ARDS(急性呼吸窮迫症候群)
6.人工呼吸器
7.ショックマネジメント
8.COVID-19に関する資料
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内容は主にクリティカルケア領域中心で、各セクションにはそれぞれ小単元があります。単元ごとに知識確認の選択問題があり、問題を終了すると文章による解説で知識を高めることができます。
■現場の看護師から支持される3つの理由
ユーザーの皆さまからいただいた反響の中で特に多かったものと、私たちが作成にあたり重視した点について3つご紹介します。
①翻訳版でも混乱しない
本プログラムの翻訳の修正と加筆は、実際にCOVID-19感染患者に対応している現役のクリティカルケアナース6人と私で行いました。また、日本集中治療医学会や日本クリティカルケア看護学会の理事も務める、札幌市立大学の卯野木 健(うのき たけし)教授のご厚意で最終版の修正にご尽力いただき、適切な表現になるよう翻訳の精度を高めています。
原文を忠実に翻訳したうえで、日本との医療制度や認可されている薬剤などの相違は、注釈や日本の学会のガイドラインを掲載するという形で対応しました。これは翻訳版のリリースにあたり最も懸念していた点でしたが、アメリカの原文を尊重しつつ、日本の看護師の皆さまが現場で使える知識を習得できるような内容になっています。

②苦手な分野を集中的に学べる
日本語版の作成を無償で行っていただいたSana labsはAIに精通しており、本プログラムはAIを効果的に活用することで間違えた回数の多かった問題が優先的に表示されるようになっています。自分自身の弱点を理解できるとともに、効率よく学ぶことができます。また、時折「もう少しです、頑張りましょう」「その調子です」とAIによるコメントが表われ、「モチベーションに繋がる」という声もいただきました。

③“今必要な情報”がタイムリーに学べる
プロジェクト・フローレンス最大の強みは「スピード感」です。オリジナル版は、死者が何万人と出ていたさなかの4月初旬には完成し、スタッフに広まっていました。日本語版の作成も、始動からおよそ1ヶ月で完成しました。特にユーザーの皆様から共感していただいたのは「今この深刻な状況でタイムリーにプログラムが配信されていること」でした。あるクリティカルケア領域の看護師の方から、「さまざまな情報が日々配信されていますが、こんなに早くに多くの方がシェアしているのは初めてなくらいです」という声をいただけたことが印象に残っています。Sana labsの社員の皆さまやMount Sinai病院の方々の迅速な対応、短い期日で翻訳の修正を行ってくださった卯野木先生と6人の看護師の皆さまのお力添えがなければ成し遂げることはできませんでした。
■リリースから1ヵ月で1300人以上のユーザーが登録
本プログラムは、多くの学会・団体・研究機関(看護管理学会、看護学教育学会、災害看護学会、看護系大学協議会)のホームページやSNSに掲載され、瞬く間に全国の病院や看護系大学に広まりました。ユーザー数のグラフの推移からも、いかに早いスピードで本プログラムが広まったかが明らかです。関東の1000床規模の大学病院をはじめ、多くのCOVID-19受け入れ病院で導入されているというご連絡をいただきました。7月6日現在ではユーザー数が1400人を超え、感染者数がやや減少してきた現在でも多くの看護師の皆さまに使用いただいています。また、大学や専門学校の看護学科に在籍する看護学生の皆さまの学びにも活用されています。

作成途中、ARDSの患者さんでSpO2が78%でも改善がみられない場合、人工呼吸器のPEEP(呼気終末陽圧)の設定を22cmH20に上げる、という選択肢が正解だった問題に対して、ユーザーの方から「これは危険ではないか」というご指摘をいただきました。(PEEPの基準値は3-5cmH20)。Mount Sinai病院側に確認をとってみると、COVID-19感染患者さんを救うためにはPEEPが22以上はアメリカの現場では当たり前にみられる、とのご回答をいただきました。パンデミックの過酷な経験が集約された本プログラムを翻訳するということは、「基準値から外れる」事例があるということ、時に既存の知識と現実が噛み合わないこと、それを含めて日本に届けることだと痛感しました。そこから私達が学んだことは必ずCOVID-19に打ち勝つ鍵になり、日本の看護の前進に繋がるのではないでしょうか。
緊急事態宣言が全地域で解除され、他県移動の制限もなくなった今、「学んで備える」期間ではないかと感じます。1日でも早い終息のために、本プログラムが1人でも多くの看護師の皆さまに届くことを切に願っています。
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