2024.06.10
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【識者の眼】「非感染性・慢性疾患の疫学者が語る『新型コロナワクチンとがんの年齢調整死亡率』」鈴木貞夫

メディカルサポネット 編集部からのコメント

宜保氏らの論文は、COVID-19ワクチン3回目接種後の日本におけるがん死亡率の上昇について述べていますが、実際には全がんの死亡率は減少しています。論文の「超過死亡」の定義や分析方法に注意し、特に選択されたベースライン期間や乳がんのデータ解釈に疑問を抱いています。著者は、6月中に2023年のがん死亡のデータが公開されるため、宜保氏らにデータの更新と方法論の再検討を求めています。

   

3月に執筆した連載(No.5221)で、「私なら採択しない」と書いた宜保氏らの論文(日本語訳「日本におけるCOVID-19パンデミック時のmRNA─脂質ナノ粒子ワクチン3回目接種後のがんの年齢調整死亡率の上昇」。以下、宜保論文)が、査読つき英文誌より出版され1)、驚いた。「私なら採択しない」と書いたものが採択されたのだから、何らかのコメントが必要と思い、今回の原稿とする。なお、新型コロナパンデミックは2020年から、ワクチンは2021年から、3回目接種は2022年である。

 

まず、タイトルを読んで、3回目接種後にがんの年齢調整死亡率(以下、AMR)が上昇していると思うのは当然であるが、男女計の全がんAMRは、2019〜22年までに、279、277、275、274と減少している2)。しかし、抄録には「2021年には一部のがんの超過死亡が観察され、2022年には全がんと卵巣がん、白血病、前立腺がん、口唇・口腔・咽頭がん、膵がん、乳がんで有意な超過死亡が観察された」とあり、全がんで観察されたのは、「有意な超過死亡」となっている。

 

気をつけなくてはならないのは、「超過死亡」の定義である。宜保論文では、2020〜22年の3年間のAMRを、2010〜19年の10年間のAMRをベースラインとした回帰直線と比較し、残差(回帰直線からのズレ)を持って2020〜22年の超過死亡としている。抄録の全がんの有意な超過死亡というのは、ベースライン期間ほどにはがんが減少せず、2022年にはズレが有意になったということを指している。しかし、タイトルは「有意な超過死亡」ではなく、「年齢調整死亡率の上昇」とある。この二者は同じではない。

 

この回帰分析のベースラインは2010〜19年であるが、この選択に対しての理由は書かれていない。回帰直線は、ベースラインから離れるほどズレが大きくなるのは当然で、たとえば卵巣がんでは、2021年から有意にAMRが高くなっているが、上昇そのものは2020年から始まっている。上昇がいつ始まったかを判断する論拠として、ベースラインとの乖離の有意性を使うとしても、一定の前提は必要だろう。

 

また、乳がんも有意な超過死亡が観察されたとしているが、乳がんのAMRは、2020〜21年には有意に低い値を示している。2022年には上昇しているが、ほぼ回帰直線上で、どこにも「有意な超過死亡」は認められない。乳がんを有意とした理由は、2022年の6月と8月に月別の有意高値が認められたからと読めるが、2022年全体が有意でないのだから、これで「有意な乳がんの超過死亡が認められた」とするのはきわめてアンフェアである。

 

6月中には2023年のがん死亡のデータが公開される。宜保氏らは責任を持ってデータをアップデートした続報を出すべきであり、方法論についてもきちんと吟味すべきだ。

 

【文献】

1) Gibo M, et al:Cureus. 2024;16(4):e57860.

2) 国立がん研究センターがん情報サービス公式サイト:がん統計.(厚生労働省人口動態統計)

 

鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[超過死亡]

 

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出典:Web医事新報

 

 

 

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