2025.07.28
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第6回 医療安全を支える「根拠に基づいたリスクマネジメント」

現場で役立つ!看護マネジメント入門

第6回 医療安全を支える「根拠に基づいたリスクマネジメント」          

編集部より

看護管理を実践するには、患者さんに安全で安心な看護を提供するための優れたスキルだけでなく、看護師を適切に導くための現場管理、リーダーシップ、組織運営、コミュニケーションなどにまつわる力を身に付けることが求められます。

本連載では、看護師を適切に導くための現場管理、リーダーシップ、組織運営、コミュニケーション能力など、看護マネジメントに関するさまざまなテーマを解説しています。

 

今回のテーマは「医療安全を支える『根拠に基づいたリスクマネジメント』」です。

リスクマネジメントは、患者さんに安心・安全な医療を提供する上で欠かせない、非常に重要なテーマです。ヒヤリハットやインシデントを起こさないことが大前提ですが、その発生を予防・早期発見すること、万が一発生した際に適切に対応することも含めて、管理者にはリスクマネジメントの本質的な理解が求められます。 

 

今回は、システム理論の基本構造を踏まえながら、リスクマネジメントの在り方について解説していきます。 

  

執筆株式会社ナレッジリング

編集メディカルサポネット編集部

          


  

  

1.リスクマネジメントとは

1.リスクマネジメントとは

   

リスクマネジメントとは、事故が起きてから対応するのではなく、起きる前から組織全体で防ぐための仕組みです。

ヒヤリハット、インシデント、アクシデントから患者さんを守り、安全を確保することは、医療を提供する側にとって極めて重要な責務です。

また、事故を未然に防ぐことは、看護の質を高めることにもつながります。

 

心理的・法的なリスクが軽減されることで、看護師は看護そのものを楽しみながら、患者さんに温かいケアを提供しやすくなります。

その結果、看護師としてのモチベーションが維持されやすくなり、離職防止や組織の信頼性向上にもつながることが期待されます。 

 

リスクマネジメントを徹底するためには、組織や個人が予測される事故を未然に防ぎ、万が一発生した際にも被害を最小限に抑えるといった、継続的な取り組みが求められます。

 

ヒヤリハットやインシデントが発生すると、つい「誰が悪かったのか」という視点に陥りがちですが、それよりも「なぜ起きたのか」「どうすれば防げたのか」に着目することが大切です。

 

もちろん、個人の注意や努力も必要ですが、それだけでリスクを根本的に低下させることはできません。

エラーや事故の原因を「個人の失敗」として捉えるのではなく、業務プロセス、仕組み、組織文化といった構造的な要因に着目し、組織全体で改善に取り組むことが重要です。 

 

2.なぜ事故は起きたのか? 理論で読み解くリスク構造

ここからは、具体的な事例をもとに、リスクマネジメントの考え方を深めていきます。 

 

事例Aさん(65歳、女性)は、術後1日目で個室に入院している。心電図モニター、24時間点滴、尿管といったライン類はすべて抜去され、歩行訓練を開始。術後の痛みが残り、眠りにくさを訴えているため、鎮痛剤や睡眠導入剤を使用中。日勤帯の担当看護師Bは、Aさんの転倒リスクが高いと判断し「トイレに行きたくなったらナースコールを押してください」と声をかけていた。また、トイレまでの距離を短くするため、Aさんの同意を得てベッドの配置を変更した。しかし、その日の夜中、Aさんの病室から物音がしたため夜勤担当の看護師Cが訪室したところ、Aさんは「トイレの場所が分からなくなった」と混乱した様子で、床に尻もちをついていた。

 

先述したように、看護師Bの責任なのかそれとも、看護師Cの責任なのかといった議論は本質的ではありません

重要なのは、事故の背景にある構造的な課題を明らかにすることです。

数あるシステム理論の中から、看護の現場で応用しやすい2つの理論を取り上げ、事故の背景にあるさまざまな要因を分析していきましょう 

1.スイスチーズモデル(Swiss Cheese Model) 

心理学者ジェームズ・リーズンが提唱したもので、複数の安全対策に存在する弱点や不備がたまたま一直線に重なった時、事故が発生するという考え方です。

今回の事例においても、いくつかの安全対策が講じられていた一方で、それぞれに小さな隙間(弱点)が存在しており、それらが重なったことでAさんが転倒するというアクシデントにつながったと考えられます。今回の事例における、安全対策と弱点・不備の例を以下に示します。  

 

安全対策(例)

弱点・不備(例) 

ナースコールを促す看護師Bの声かけ

  • 夜間はナースコールの使い方を再確認していなかった
  • Aさんの理解が不十分だった可能性

ベッドの配置変更

  • 高齢睡眠薬の使用夜間だったことによ空間認識低下
  • 術後せん妄可能性

鎮痛・睡眠導入剤の使用管理

  • 薬の鎮静作用により意識がぼんやりしていた可能性

 

単一のミスなどがあっても、普段は他の安全対策によってカバーされ、重大な事故に至らないことがほとんどかもしれません。

しかし、複数の弱点や不備が偶然にも重なると、転倒、誤薬、取り違えといった大きな事故につながる可能性があります。

このように、一つひとつの対策が機能していても、それらが連続的に破綻するとリスクを生むことがあるという視点が、スイスチーズモデルの核心です。 

 

2.一般システム理論(General Systems Theory)

生物学者ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが提唱したもので、あらゆる組織は相互関係し合う要素の集まりであるという考え方です。

患者さん、看護チーム、他職種、医療制度、院内の仕組みなどは、単独でなく相互に影響し合いながら機能するとされています。

この理論を用いると、今回の事例では、次のような相互作用の不具合が見えてきます。 

 

 相互作用の不足(例)

弱点・不備(例)

看護師B⇔看護師Cの連携不足

  • 看護師Cがベッドの配置変更を知らなかった可能性
  • Aさんが混乱する可能性についてアセスメントが不十分だった

看護師C⇔Aさんの コミュニケーション不足

  • 動く前にナースコールすることを確認し合えていなかった可能性
  • Aさんがナースコールを押さずに動いてしまった

Aさんの環境への適応支援不足

  • ベッドの配置を変更したことによる空間認識の混乱
  • 夜間や睡眠薬の使用による一時的な認知の低下

 

看護は患者さん、看護師、環境、情報、時間帯といった全体のシステムを構成する複数の要素によって成り立っています。

そのため、情報の流れや環境の整備などがうまく機能しなかった場合、それらの「つながりのズレ」が事故を引き起こす要因になると考えるのが、一般システム理論の視点です。 

 

この2つの理論に共通しているのは、個人と環境は切り離さず、常に相互作用しているという視点です。

 

 

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