2019.06.28
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"採算より「地域にとって正しいこと」をする
(ファーマシイ薬局大蔵)"

この薬局がすごい!第5回「小児在宅」

現在、日常の医療ケアを必要とする在宅の15歳以下の子どもは4万8000人以上いるとされています。※
第5回のテーマは、小児在宅です。国立成育医療研究センターの向かいにあるファーマシィ薬局大蔵は、小児を含んだ在宅医療に積極的に取り組んでいます。
社会的なインフラが整っておらず課題が多い小児在宅に、使命感を持って向き合っている同薬局の管理薬剤師、岡村素樹さんに実情や意義を聞きました。

取材・文/竹中孝行(薬剤師/薬局支援協会理事)
編集・構成/メディカルサポネット編集部
撮影/さいじまゆうき

※出典/平成27年度 在宅医療関連講師人材養成事業資料(公益財団法人在宅医療助成勇美記念財団)

 

1人分の調剤に3時間かかることも

竹中孝行さん(以下、竹中):調剤室では10数人の薬剤師さんが働いていて、薬の種類も非常に多いですね。「ヒルドイドソフト軟膏」がこれほど大量にあるのは初めて見ました(笑)。軟膏を混ぜる「なんこう練太郎」の大型機を見るのも初めてです。患者さんの人数はどれくらいなんですか?


近隣に有名な皮膚科医がおり、塗り薬の処方が多いという


軟膏を混ぜる機械「なんこう練太郎」の大型機がフル稼働している


岡村素樹さん(以下、岡村):処方箋枚数は大体1日200枚程度ですね。応需医療機関数は月250~260件ほどで、実は向かいにある成育医療研究センターからの集中率は2割程度なんですよ。備蓄医薬品は、2400種類以上あります。ヒルドイドソフト軟膏が多いのは、近くに皮膚科の有名な先生がいらっしゃって、塗り薬の処方が多いからです。常に機械を稼働させて軟膏を練っています。薬剤師は15人ほど在籍しています。医療事務の方も複数人いて、処方箋の受付やパソコンへの入力、調剤の補助業務をしています。


竹中:散剤の調剤用に分包機を3台置いているのですね。分包機は小児の処方内容によって使い分けているんですか?


キャプション

分包機は3台。小児だけでなく高齢者の在宅患者も多く担当


岡村:内容によって使い分けています。この分包機は、他の薬が混入したらよくない免疫抑制剤や極少量のもの専用にしています。特殊な設定で粉を落とす分包スピードを遅くし、誤差が出ないようにしています。小児在宅の薬は内容が非常に複雑で、調剤に時間のかかるものが多いです。患者さん1人の調剤から監査まで、およそ1時間半はかかりますね。内容によっては、1人の薬剤師が付きっきりで調剤して3時間ほどかかることもあります。


キャプション

小児薬に特化した分包機は極少量のもの専用にしている


竹中:薬剤師の方たちがピッキングした薬のバーコードを読み取っているようですが、監査システムですか?監査はどのように行っているのですか?


岡村:これは、医薬品のGS1コードを照合し、監査前に薬の種類に間違いがないか確認しているところです。リスクマネジメントの一環で、入力した内容とピッキングしたものに違いがないか確認し、必ず記録を残しています。薬をピッキング後、この監査システムでチェックし、最後に薬剤師が監査をして投薬、説明をするという流れです。


医薬品のGS1コードを照合している監査システム


採算より「地域にとって正しいこと」をする

竹中:小児在宅の患者さんは何人ほど担当されているのですか?


岡村:現在は12人の患者さんを担当しています。成育医療研究センター内の医療連携室から依頼があって始まるケースや、外来で対応していたご家族から「在宅に対応できる薬局を探している」と相談されて切り替えたケースなどさまざまです。近隣の小児専門の在宅医療の医師とも連携しています。


竹中:小児在宅と高齢者の在宅を比較すると、どんなところが違いますか?


岡村:まず、小児の方が抱えている疾患が複雑ですね。内服できる方は少なく、チューブを通した経管栄養法の方が多いです。小児薬なので粉やシロップがメインになり、顆粒をさらに粉砕してお渡しすることもあります。粉薬は極微量の単位で調整が必要になってくるため、はかりや監査システムも小数点第2位までの単位で確認をしています。


無菌調剤にも対応している


竹中:小児薬の服用量は、添付文書の範囲で決まっていない部分もあると思いますが、薬剤師はその正当性をどのように判断しているのですか?


岡村:やはり特殊なので、初見の処方箋だとどうやって調剤したらいいか分からないですね。必ず確認が必要です。まずは、院内での処方の記録やお薬手帳で過去の服用量を診療情報提供書やお薬手帳などで確認します。病院の先生が丁寧に、体重あたりの量についてコメントを入れてくれることもあります。あとは、調べられる範囲で「この量で問題ないか」を文献や書籍で確かめるようにしています。どうしても理解できない場合は、病院の薬剤部に確認するようにしています。病院の退院カンファレンスに出席することも多いですね。


竹中:小児在宅をされているご家族はどういった悩みを抱えていらっしゃるものですか?


岡村:成育医療研究センターには遠方から通われている方が多くいらっしゃいます。例えば、石垣島から通院し、弊社の石垣島の薬局で薬をお渡ししている方もいます。通うのが大変なので、治療のためにこのエリアに移り住むご家族もいます。その背景には、地元の医療機関では対応できないという地域偏在の問題があります。ご家族の心境は複雑で、お薬をご自宅にお持ちしても、中に入れてもらえないこともあります。先天的、後天的どちらの場合も「なんでうちの子どもがこんな病気になってしまったんだろう」と自分を責めたり、「医療も信じられない」と不信感を募らせていたり、薬を間違わずにしっかり飲ませることがストレスになっていたりします。在宅でも外来でも、小児のターミナル(終末期)の方も多くいらっしゃいます。


竹中:複雑な心境を持たれているご家族に対するケアは、非常に難しいですね。在宅を担当されている中で、何か印象に残っていることはありますか?


「小児医療の現場に心が震えるかどうかが大切」と話す岡村さん


岡村:いろいろありますが、私どもの薬局が小児在宅を始めるきっかけになった最初の1件ですかね。親御さんがわらにもすがる思いで、薬局に頼みに来られまして。お互いどのような対応がベストなのか手探り状態でした。そのお子さんは3歳になる前に亡くなられたのですが、親御さんが参加していた患者コミュニティーで弊社のことを紹介してくれていたようで、そこから別の方の在宅も担当することになりました。そうやってつながっていくのは、うれしいですね。


竹中:話は少し変わりますが、薬局として地域活動もされていると聞きました。どういったことをされているのでしょうか?


岡村:世田谷区は地域包括支援センターがしっかり機能していて、当薬局がある砧地区には、地域の高齢者を集めて行う「ひまわり喫茶」というイベントがあります。その中で、地元の高校生が企画する高齢者との交流会や、弊社の薬剤師がお薬の相談を承っています。お薬相談会といっても、かしこまったものではなく、畳の上にみんなで座って世間話や悩み事を聞くような気軽なスタイルです。会社として地域貢献には強い思いがあり、年間300回以上は地域行事に参加しています。会社全体では、約9年間で5600回ほど参加したことになります。


竹中:すごい回数ですね。小児医療の進歩によって、小児在宅の需要はますます増えると思うのですが、小児在宅を始めたい薬局にアドバイスをするとしたら、どんなことを伝えますか?


岡村:まず大切なのは、小児医療の現場を見て、心が震えるかどうかだと思います。弊社の小児在宅も、ある薬剤師が医師に往診同行し、小児在宅の現場に胸を打たれたことから始まりました。「こういう場にこそ薬剤師が関わるべきだ」「患者さんのためになんとかしてあげたい」という気持ちがなければ続けられません。正直なところ、小児在宅の報酬は全く見合わないんです。特殊な設備も必要ですし、手間も非常にかかります。それでも患者さん一人ひとりに対して誠意を持って接し、「いてくれてよかった」と思われることで次の患者さんへつながっていくと思います。


竹中:小児在宅を含めて、貴社が目指している未来や方向性について教えてください。


岡村:小児に限らず、さまざまな在宅患者に対応するケースは増えていくと思います。薬剤師の使命を全うできるよう努力していきたいですね。機械を活用した効率化も必要になっていくでしょう。弊社の理念である「地域に根差した信頼される薬局を創造する」を胸に、「患者さんのため、地域のため、正しいことをやる。」をぶれずに追求していきます。在宅医療も地域活動もその思いで続けてきました。ただ、弊社がどんなに頑張ったとしても、担当できる患者さんの人数には限りがあります。1人のスーパー薬剤師、1つのスーパー薬局をつくるのではなく、会社を超えて薬局同士の橋渡しをし、横展開をしていくことを意識しています。その方が多くの患者さんを救えるからです。医薬分業への批判はありますが、薬局薬剤師が関わらないと救えない患者さんは絶対にいます。それに応えることが「薬局って世の中に必要なんだ」という声になると思います。これからも、患者さんに求められる薬局づくりに励んでいきます。


ファーマシィ薬局大蔵

住所:東京都世田谷区砧3-4-1

URL:http://www.pharmacy-net.co.jp/index.html
TEL:03-3417-5377 

ファーマシィは1973年創業。広島県に本社を構え、全国に91店舗を展開している。「チーム医療で活躍する薬剤師」の育成を目指し、在宅・チーム医療に特化した社内研修にも力を入れている。社会活動として、地域住民への相談会「在宅ケアカフェ」なども行っている。

ライター/竹中孝行(たけなか・たかゆき)

薬剤師。薬局事業、介護事業、美容事業を手掛ける「株式会社バンブー」代表。「みんなが選ぶ薬局アワード」を主催する薬局支援協会の代表理事。薬剤師、経営者をしながらライターとしても長年活動している。

◆取材を終えて◆

門前薬局にも関わらず、在宅医療に積極的に取り組み、さまざまな診療科の処方箋を取り扱っていることに驚きました。小児在宅の大変さとやりがいが交錯する中で、「薬剤師が患者さんのために何かしてあげたい」という気持ちを大切にしていることが伝わってくる薬局の雰囲気と、在籍する薬剤師の皆さまに刺激を受けました。


 

メディカルサポネット編集部

(取材日/2019年5月24日)

 

 

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