2020.03.12
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LGBT当事者の信頼集める医師に聞くポイント
「一人ひとりに合った医療を提供するだけ」

【vol.3】医療現場の多様な性を考える―患者がLGBTだったら、どう対応する?

⇒⇒⇒vol.1

⇒⇒⇒vol.2

    

編集部より

心身一如という言葉があるように、心と体は深くつながっています。出生時に割り当てられた性別に違和感を持つLGBT当事者にとって、心と体のことを総合的に相談できる医師は心強い存在です。産婦人科医であり臨床心理士でもある「よしの女性診療所」院長の吉野一枝先生は親身なカウンセリングに定評があり、遠方からもLGBT当事者が訪れています。そこで、吉野先生に、医療従事者はLGBT当事者にどのような配慮をしたらいいのか聞きました。その答えはシンプルで、医療の本質を捉えたものでした。 

 

取材・文/青木美帆(株式会社デザインプラス)

撮影/山本 未紗子(株式会社ブライトンフォト)

編集・構成/メディカルサポネット編集部

   

  産婦人科医、吉野一枝先生の写真   

よしの女性診療所 院長 吉野一枝(よしの・かずえ)

産婦人科医、臨床心理士

会社員生活を経て、32歳で帝京大学医学部に入学。卒業後、東京大学医学部附属病院産婦人科教室に入局。愛育病院や長野赤十字病院などでも研鑽を積み、2003年に開院。「NPO法人女性医療ネットワーク」副理事長、東京産婦人科医会学校保健担当理事としても活動し、女性の健康啓発に注力するほか、LGBT当事者に性知識を伝える勉強会や講演会も行っている。著書に『40歳からの女性のからだと気持ちの不安をなくす本』(永岡書店)など。

  

体と心は一人ひとり違うのが当たり前

吉野先生は、産婦人科医としての業務をこなすかたわら、勉強会や講演会などで正しい性知識を伝える活動を行っています。LGBT当事者と深く関わるようになったのは約10年前。保健相談を担当した大学で、戸籍上は女性でありながら、乳房を切除し男性として生活する学生と出会ったことがきっかけでした

  

「彼は、生物学的には女性。子宮も卵巣も膣もある。なのに、婦人科の病気のことを全然知らなかったんです。これはよくないなと思って、彼を含むトランスジェンダーの人たちやそのパートナーを集めて、女性から男性になった人にどんなトラブルが起こりやすいかをレクチャーする勉強会を開きました。それ以来、参加者の方や彼らから紹介されたLGBT当事者の方々が受診されるようになったんです」

 

LGBT当事者が医療機関を受診するのは、想像しているよりもずっとハードルが高いもの。見た目と異なる本名を大声で呼ばれたら、奇異の目で見られるかもしれない。性交渉について尋ねられたら、なんと答えればいいのだろう。地方の小さな街で周囲の人に本当の性がバレたら、出歩けなくなってしまう——。社会的な偏見の中で生きてきたがゆえに、当事者たちは常にそうした思いを抱えているのです。その結果、「受診の足が遠のき、病状が悪化することも大いに考えられる」と吉野先生は言います。

 

特に婦人科は、受診に抵抗感を持つ人は少なくありません。そのような場所に、例えば男性の容姿をしたトランスジェンダーの人が足を踏み入れることの困難さは、察するに余りあります。だとすれば、医療従事者はLGBT当事者に、どのような配慮をすればいいのでしょう。吉野先生に尋ねてみると、「一人の人間として、普通に接すればいいだけです」というシンプルな言葉が返ってきました。

 

「患者さんの体や心は、一人ひとり違っていて当たり前だし、患者さんの体重や感受性で薬の量を変えるのも当たり前。そうやって、一人ひとりの患者さんに合った医療を提供することが私たちの仕事なのに、『男だから』『女だから』『LGBTだから』と対応を変えるのはおかしいと思いませんか?」

 

吉野先生のそうした思いは、クリニックの設計にも大きく反映されています。例えば、入口の配置。受付から見て斜めの位置に入り口がありますが、これは「扉を開けた瞬間に受付の人と目が合ったり顔が正面に来たりすると、なんだか見られているような気がして嫌じゃないですか」という吉野先生の気遣いから生まれた工夫です。他にも、夫同伴で来院する人や性暴力の被害者らの利用を想定して、診察室の横に衝立で仕切られた小さな待合室を設けたり、クリニック内のベースカラーをピンクではなくナチュラルな印象の緑系・茶系にしたり。そんな細やかな配慮が、あちこちに見られます。

 

よしの女性診療所の受付の写真

自動ドアが開いてすぐに受付係と視線が合うのを避けるため、受付カウンターは入口正面と別の向きに設置

 

 よしの女性診療所のサブ待合室の写真

  受付の右奥には、周囲からの視線が気になる人のために小さな待合室を設置。ここから奥の診察室に入れる

   

患者の悩みに耳を傾けることも医療の一環

また、一人ひとり異なる患者さんを知るために、吉野先生はコミュニケーションを何よりも大切にしています。特に初診の患者さんに対しては、15分ほどの時間をかけて、できる限り丁寧なやりとりを心掛けているとか。

 

「病気の症状は、家族や社会背景などさまざまな外的要因が絡み合って出るものでもあります。だからこそ、ときには患者さんの悩みにまで耳を傾け、それに寄り添うことも医療の一環だと思っています」

 

患者さんとより適切なコミュニケーションをとることを目的に、吉野先生は臨床心理士の資格も取得しています。もともとはLGBT当事者の診察を想定して取得したものではありませんが、彼らと対話し、理解を深めるうえで、臨床心理士のスキルである“こころ”へのアプローチは、とても役立っているそうです。

 

「目の前の患者さんがどういう体の状態で、どういう社会生活をしていて、どういう望みを持っていて、どのように健康になりたいのか。一人ひとり全く異なるニーズをくみ取り、それに合う情報や技術を提供するのが医者の使命です。繰り返しになりますが、男だろうと、女だろうと、LGBTの人だろうと同じこと。それを、多くの医療従事者に理解してもらえたらいいなと思っています」

 

一人の人間としてLGBTの患者と向き合い、コミュニケーションをとりながらベストを尽くすべき。吉野先生がその点を強く主張するのは、医療従事者のLGBT当事者に対する理解と知識が足りていないと感じているからでもあります。

 

「LGBTであることとは無関係の症状で受診したにもかかわらず、『LGBTのことはわからない』と医師から診察を拒否されたという話を患者さんから聞いたことがあるのですが、基本的な理解と知識さえあれば、そうした対応にはならなかったと思います。また、産婦人科医は性分化疾患(遺伝学的あるいは解剖学的性が出生時に非典型な状態)もあることから、性がグラデーションであることを理解していますし、トランスジェンダーが行うホルモン療法の知識も持っているのですが、他の科の先生方はそうした知識をあまりお持ちでないようにも感じます」

 

LGBTの方々と定期的な情報交換を行い、理解や知識を深めようとする医療従事者も「増えてはいる」といいますが、医療従事者向けのセミナーや勉強会が活発に行われているかというと、そうではありません。だからこそ、よしの女性診療所のように、LGBT当事者に理解のある医療機関が果たす社会的役割はとても大きいのです

 

   

診察室にいる吉野一枝先生の写真

吉野先生は身長173cmと長身。「中学時代にはもうこの身長。そういう意味では自分も“普通”と

思われているところからはみ出していたので、LGBTの方々により共感できるのかもしれません」

    

ジェンダーバイアスに縛られない世の中に

2019年5月 、WHOが「国際疾病分類」改定版(ICD-11)を承認し、性同一性障害を「精神障害」の分類から除外しました。性別不合(性別違和)が病気や障害ではないという国際的、医学的な宣言です。日本でも、同性のパートナーに婚姻関係に近しい権限を与える「パートナーシップ証明」を認める自治体が増え、LGBT当事者であることをオープンにする著名人も増えてきました。

 

一見すると、LGBT当事者を取り巻く環境は少しずつ良化しているように見えますが……。それでも、日本の対応はアメリカやヨーロッパ各国の対応と比べるとギャップがあります。例えば戸籍制度。ドイツでは2018年、出生届に男女以外の「第三の性」の選択を認める法案が閣議決定されましたが、日本の出生届では、必ず男女いずれかの性としなければならず、それを途中で変えるのは容易なことではありません。

 

また、アメリカやドイツ、イギリスを筆頭に、世界各国で同性婚の合法化が進む中、日本ではいまだ認められていません(日本で同性のパートナーと結婚するには、パートナーのどちらかが性別適合手術を行うしかありません)。吉野先生はこういった制度の問題を指摘した上で、根強く残るジェンダーバイアスについても、こう言及します。

 

「日本は『男はこうあるべき、女はこうあるべき』という刷り込みが根強い国。その刷り込みに、『男性として生きるためには、男性の外見にならなければ』と思わされているようにも感じます。もともと人間は多様な存在。100人いれば100通りの個性があって当たり前で、『自分』として生きればいいのに。親から『男に生まれればよかったのに』と言われる中で育ったという患者さんもいます。そのような押し付けや決めつけがなくなり 、“らしさ”からはみ出した自分に『生きている価値がない』と思う人がいなくなってこそ、本当の意味での多様性が実現されるのではないでしょうか」

 

最後に付け加えておくと、よしの女性診療所の問診票に「性別」の記入欄はありません。「患者さんを常に“一人の人間”として捉えたい」と願う、吉野先生のプロフェッショナルな姿勢。それは、医療従事者がLGBT当事者を正しく理解するための“何よりの道しるべ”といえそうです

    

よしの女性診療所

女性特有の不調や病気の治療だけでなく、体の悩みや生活面の不安などのカウンセリングにも対応。一人ひとりの体と心に丁寧に向き合う姿勢が、多くの患者さんの信頼を得ています。家具類を医療用ではなく家庭用のものにするなど、リラックスできる空間づくりを行っているのも特徴です。

住所:東京都中野区江原町3-35-8
TEL:03-5996-6101
URL:http://www.drkazue.jp/

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