2019.07.19
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クラウドサービスはPOSレジのように業界を変えるツールに 

【 医療テックPlus+】 第4回/株式会社カナミックネットワーク

医療や介護の現場は、郵送やFAXなど紙運用が中心で電話での連絡も多く、非効率なところがあると言われています。株式会社カナミックネットワークの提供する事務作業のIT化サポートや多職種連携のための情報共有クラウドサービスは、仕事をスムーズに進めたい現場に認められ、全国約800地域以上、2万3,000の事業所で導入されています。同社の山本拓真代表取締役社長は、東証一部上場を果たした自社を「気持ちはいつもベンチャー企業」と表現します。よりよいサービスのために変革を続ける理由を聞きました。

取材・文/秋山健一郎
編集・構成/メディカルサポネット編集部

 

    クラウドサービスはPOSレジのように業界を変えるツールに 

    カナミックネットワークが創業されたのは、介護保険制度が施行された2000年。創業者で現会長の山本稔さんは広告業界でクリエイターとして活躍しており、前年に介護保険の広告制作に関わった縁で、医療・介護業界ビジネスへの参入を決めたといいます。2005年に大手メーカーでシステムエンジニアとして経験を積んだ息子の山本拓真さんが参画し、東京大学高齢社会総合研究機構の共同研究員を務めるなど産学連携にも積極的に取り組み、そこでの知見をサービスに生かしています。「カナミッククラウドサービス」の情報共有システムは、システム内に患者ごとの「部屋」が作成され、患者の日々の情報・データが管理できます。このページには患者を担当する医師や訪問看護師、ケアマネジャー、家族らが入ることができ、所属先や職種の枠を超えてリアルタイムで情報共有できるSNSのようになっています。

       

    ――事業に取り組む動機となっている課題意識について聞かせてください。

     

    山本拓真社長(以下、山本それは急激な高齢化と少子化が訪れている状況への危機感ですね。世界の人口は増えている中、日本の人口は減っています。このままではGDPの順位が落ちるのは目に見えています。少ない生産人口で世界と戦える新しいものをつくらないといけない。そう考えたときに、少子高齢化で一気に増すであろう医療や介護にかかる人的な負荷を減らすことに大きな意義があると考えました。それらの現場は電話や郵送、FAXでのやり取りが中心です。非効率な部分が多くあり、それを変えたいと思ってやってきました。POSレジによって小売店や外食産業の業務が効率化したように、ICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)などを活用して、医療や介護の世界も変えていきたいという思いでやっています。

     

    「ICTやAIを活用し、医療・介護業務を効率化したい」と語る山本社長  

     

    ――医療・介護はやはりアナログな文化が根強いのですね。IT化を進めるのは大変そうです。

     

    山本:そうですね。ただ、「遅れている」というのとは少し違うと考えています。わたしたちが開発し、多くの方々に導入していただいている医療・介護情報を共有するシステム「カナミッククラウドサービス」は、子育て情報から介護情報までの生涯のライフログを一元管理できるPHR(パーソナル・ヘルス・レコード=生涯型電子カルテ)サービスです。そして、そのネットワークで行っていることは、他の業界で例えるならば、競合他社と顧客情報を共有するようなものです。競合の人材紹介会社やメーカーが顧客情報を伝え合うなんて、想像できないですよね(笑)。そう考えると実現の難しさがわかってもらえると思います。医療や介護がよりよくなるという志のもと、患者や要介護者の情報を病院や介護施設の間で共有できるよう進めています。そういう点では、他の業界よりも新しいことに挑戦していると言えます。

     

    ――関係者にそのあたりを理解してもらう上でのご苦労はありますか?

     

    山本:地域包括ケアへの取り組みを進めているある地域での出来事なのですが、患者の方が年齢を重ねて主治医のいる病院へ通うのが難しくなったので、ケアマネジャーらのアドバイスを受けて在宅医に家で診てもらうようになりました。主治医だった病院医師には「最期まで患者を診察したい」という気持ちがありましたが、病院から往診してもらうことは難しく、患者や在宅ケアチームとしては在宅医に主治医を変更してもらう他ありませんでした。このような医師の思いとは反する状況になっていくことへの係性のもつれをほぐしていくこともシステムを入れる上では必要です。軋轢(あつれき)が生じるところにシステムを提供してもいい変化は何も起こりませんから。地域包括ケアを紹介する際によく描かれる絵は、高齢者を医療や介護、生活支援などのさまざまなサービスの従事者で囲んだシンプルなものですが、現実はもっと複雑です。「オンライン」のクラウドサービスを円滑に進めるために、「オフライン」での対面の丁寧な関係性づくりを大切にしています。

     

    医療・介護従事者が患者と向き合う時間を増やしたい

    システム導入よりも、その前段階での取り組みが重要な意味を持つと言う山本社長。現場を大切にしているそうですが、「現場には課題やニーズはあるが、答えはない場合が多い」とも言います。現場に寄り添うことを大事にしながら、抜本的な解決策はダイナミックに発想し、そこに利用者たちを導く必要があるとも考えているようです。

     

    ――都市部や地方など環境の違うエリアで実証実験を重ねて成長されてきたのだと思いますが、これほど大規模なサービスになるまでよくやり遂げてこられましたね。

      

    山本:介護保険制度が始まった2000年ごろは約250社あった介護ソフト会社は、市場規模が約3倍になった今、100社ほどしか残っていません。難しい世界であるのは間違いないと思います。でも、少しずつでも前に進んでこられたのは、ニーズがあったからでしょう。多くの医療・介護従事者が本来すべき仕事の1.5倍くらいの仕事量をしないといけない状況があって、なんとかしたいという気持ちがずっとあります。例えば5人の患者に関わる紙の資料を、それぞれ5箇所のケアチーム関係先に配るときには5×5回の25回の配布業務が発生しますが、クラウドで共有すれば5回で済みます。それだけではなく、仕事をしていれば自動で資料が作成され共有するところまでもっていければ0回になります。

     

    都市や地方など全国で実証実験を行い、サービスに反映させているという

      

    ――とてつもない業務改善になりますね。

     

    山本:わたしたちも現場にはよく足を運びますが、医療や介護の世界で働く方は志が高く、一生懸命な方が多いんです。その熱意を、紙に何かを書いたり集計や転記をしたりするためではなく、患者さんや要介護者の方と接する時間に使ってもらえれば、働きがいももっと増すと思います。IT企業がこんなことを言うのは少し変かもしれませんが、パソコンに向かう時間を減らしてほしいのです。将来的には医療・介護業務そのものについてのICT化やロボット化が進めばより効率化は進むと思いますが、その実現までにはまだ少し時間がかかると見ています。でも、事務作業を改革するだけでも月に30時間は労働時間を削減できることがわかってきました。これは平均的な残業時間とほぼ同じ時間なので、それがなくせるのであれば、意味は非常に大きいと思っています。

      

    現在はセンシング技術を用いた「地方」での展開に注力

    ――直近で取り組んでいるテーマはありますか?

     

    山本:ひとつは地方での地域包括ケアにおけるシステム活用のモデルづくりですね。わたしたちは千葉県柏市で東京大学と共同研究で開発した「柏モデル」の実現でさまざまな知見を得ましたが、これはいわゆる都市型のものでした。ですが、医療・介護施設などのリソースが少ない地域では、物理的な移動に要する時間が長くなるため、ICTやIoTを活用した遠隔でのサポートの比重が高まります。現在、北海道の旭川医科大学と「遠隔医療・介護共同研究講座」を開設し、実証を進めていますが、体温や呼吸、脈拍や血圧といったバイタル情報はもちろん、嚥下機能や服薬状況、リハビリに必要な筋力に関する情報なども数値化して遠隔での介護に用いようとしています。わたしたちはこうした患者情報をプラットフォーム上で多職種の方たちと共有できるシステム開発の役割を担っているのです。「人がその場にいかないとダメ」では、これから爆発的に増加する高齢者を支えることはできません。今後、ICTやIoTを活用した遠隔技術のノウハウは重要になってくると思います。

     

    ――海外展開も視野に入れているそうですね。

     

    山本:アジアを中心に展開していきます。日本は「ものづくり」といいますが、世界を見渡しても近年業績を大きく伸ばしているのはグーグルやアマゾンといったサービスを提供する企業がほとんどですよね。わたしは日本発の医療・介護ICTサービスは海外のニーズに応えることができると考えています。海外の優秀な大学を出た人は、金融やITに進む方が多いのをご存知ですか? それは得られる報酬が大きいからです。一方日本では、優秀な人は医師や官僚になることが多く、看護・介護職も大学卒の方がたくさんいらっしゃいます。日本の医療・介護ITサービスというのは、そういった優秀な人たちと一緒に知恵を絞って生み出しているサービスなので、その質は海外に比べてもとても高いです。医療・介護の改革にかかる費用は、今は「経費」ですが、サービスを海外で提供し外貨を稼ぐ手段となればそれは「投資」に変わります。人口が減っても豊かな国であり続けるために、鍵を握る分野だと思っています。

     

    海外展開できれば、医療・介護改革の「経費」が「投資」に変わる  

     

    誰かがやらないと、大変なことになる―。一部上場を果たした今も、山本社長やカナミックネットワークの社員の間にはある種の切迫感があるといいます。「自分ごとですからね。子育てや高齢者の問題は誰しも関わるもの。わたしも、子どもたちに『日本が好き』と思える国を残してあげたい。せっかく成熟して裕福になった日本がまた貧しくなるのは嫌ですから」。冷静で穏やかな表情で発した言葉でしたが、そこには強いベンチャースピリットが宿っていました。

      

    株式会社カナミックネットワーク

    住所:東京都渋谷区恵比寿4-20-3 恵比寿ガーデンプレイスタワー31階

    URL:https://www.kanamic.net/

    2000年10月、現会長の山本稔氏が創業。05年に大手メーカーでエンジニアとして勤めていた息子の山本拓真氏が参画し、14年に同氏が社長就任。16年には東証マザーズに、2018年には東証一部に上場。現在同社のシステムは全国約800地域以上、2万3,000の事業所で導入され、利用する医療・介護従事者は10万人に及ぶ。

    メディカルサポネット編集部 (取材日/2019年6月11日)

      

     

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