2020.09.07
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医師偏在の解消に専門医の知見共有サービス
“クラウドホスピタル”が地方の医師と患者を救う

【医療テックPlus】第12回/株式会社Medii

医師の地域偏在の問題はなかなか解消されず、都市と地方との医療格差は広がり続けています。特に、絶対数の少ない専門医による医療サービスは地方に届きにくくなっています。そんな地域格差を解消しようと、医療スタートアップの株式会社Mediiが、専門医の知見を医師と患者にシェアする「E-コンサル」というサービスをリリースしました。同社代表取締役の山田裕揮さんはリウマチ膠原病の専門医で、医学生時代には自身も難病を患いました。医師と患者の両方の視点を持ち、医師仲間の協力を得て始まった「E-コンサル」は、新型コロナウイルスの感染拡大でひっ迫する医療現場での活用にも注目が集まっています。「E-コンサル」への反響や知見の共有によって目指す医療のあり方などを山田代表に聞きました。

取材・文/秋山健一郎
写真/山本 未紗子(株式会社ブライトンフォト)
編集・構成/メディカルサポネット編集部

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「医師であり患者。そして多くの仲間がいる」という強み生かす

    株式会社Mediiが提供する「E-コンサル」は、都市部の大規模病院などで働く専門的な知見を持つ医師と、専門医が在籍していない地方の病院などをオンラインでつなぎ、日本のどこにいても専門的な医療を受けられるようにするサービスです。Mediiは各分野の専門医と協力関係を結び、あらゆる診療科の専門医が在籍するいわば”クラウドホスピタル”の機能を備え、知見を共有しています。契約病院は、専門性を要する診療が必要となったときに”クラウドホスピタル”の医師のラインナップから適した専門医を選び、オンラインで診療を依頼できます。規模が小さく、雇用できる医師の人数が限られている病院でも、専門性の高い医師による診療を患者に提供でき、地域医療の質を高めることができます。

     

    ――「E-コンサル」というサービスを始めた経緯をお聞かせください。

     

    山田誰もが罹患するような病気であれば、それを診療できる医師は全国にいます。しかし、難病のような罹患する人が少ない病気は診療できる医師も少なく、人口の少ない地域では専門的な治療を受けるのが難しいのが現実です。実は私も、医学生時代に難病を患ったのですが、住んでいた地域ではなかなか専門医に出会えず、適切な治療を受けるまでに手間と時間がかかりました。

     

    「日本の医療の限界を突破したい」と話す「E-コンサル」を展開する株式会社Mediiの山田裕揮代表取締役

     

    ――そのときの苦労と問題意識がサービスをつくるきっかけになったのですね。

     

    山田:日本の医療の限界を突破したいという思いがありました。最初は、リウマチ膠原病を診療するリウマチ内科の専門医になって地元に戻り、自己免疫疾患の分野で地域医療を支えるつもりでした。でも、医師として働くうちに「同じような地域はほかにもたくさんある。システムを変えなければ、本質的な解決にはならない」と考えるようになりました。日本には約32万人の医師がいますが、リウマチ内科の専門医はそのうちのわずか0.3%の約1000人しかいません(「平成28年医師・歯科医師・薬剤師調査」厚生労働省)。一方、リウマチに悩む患者は国内だけで人口の1%にあたる100万人はいると言われています。1000人の専門医で、その全てに対応するのはかなり難しいです。

     

    ――1000人の専門医が、全国に均等に散らばっているわけでもないですよね。

     

    山田:偏りがあるので、地域によっては、かなりの距離を移動しなければ専門医の診療が受けられないこともあります。しかもリウマチは悪化すると関節が腫れ上がり、ペットボトルのふたを開けることさえできなくなることもある病気で、長い距離の移動は患者にとって大きな負荷になります。そうした状況を変えるために、ITを活用してオンラインで専門医の知見を地域にシェアする仕組みをつくってはどうかと考えたんです。

     

    人口10万人当たりの診療科別の医師数をまとめた資料。リウマチ科や感染症内科の医師の少なさが際立つ。

     

     

    新型コロナ対応でも存在感を示す「E-コンサル」

    専門医として現場を支える立場から、医療スタートアップを創業し、医療システムそのものを変えていくことに挑んだ山田代表。思い切ったシフトにも映りますが、背景には自らの強みや社会情勢の検証といった冷静な判断がありました。

     

    ――しかしながら、それまではあくまで臨床医として働いてこられたわけで、ビジネスの経験はなかったのですよね?

     

    山田:元々は会社経営の知識はありませんでした。具体的に何から始めればいいのか分からず、人脈をたどってスタートアップやビジネスを手掛けた経験のある医師の方々に相談し、一から勉強しました。踏み出す決心がついたのは、自分には強みが3つあると考えたからです。まず、自分がこのサービスで支えようとしている専門医であること。そして、今は症状が落ち着いていますが、専門医の診療を要する難病患者であるということ。医師と患者という2種類の当事者としての立場を持っていたのです。さらにもう一つ、多くの医師とのつながりがあることです。私は医学生時代に日本の医学教育を学生から変えることをビジョンに、関西地区を中心に医師、医学生の勉強会を行っていました。それが全国に広がっていった経緯があり、多くの高名な先生や意欲的な医師との間に築いたネットワークと信頼関係が、今回のサービスに生かせると考えました。

     

    ――オンライン診療に関する法律の変更も続いていて、それも追い風になったようですね。

      

    山田:2019年に法律が変わり、一部に保険点数が付くなど、国として社会として進めたい領域であることがわかったためこのプロジェクトを進めようと思いました。少し前までは「初診については対面が原則」で普及するにはハードルが高かったんです。それが2019年7月に要件の一部が緩和され、別の医師が同席している状況であれば、オンラインで初診を行うことも一部可能になりました。こうした形を「D to P with D(Doctor to Patient with Doctor)」といいますが、これであれば患者は専門医のいる場所まで出向かずに専門的な医療サービスを受けられます。「E-コンサル」では「D to P with D」に加え、地方にいる主治医と専門医がオンラインで意見を交換した上で主治医が診療するという形式でのサポートもよく行っています。また、今年の4月からはオンライン診療の診療報酬に関する規定が変わり、遠隔連携診療料が新設されたことなどから導入病院にとっても利益が得られる仕組みになりました。

     

    「専門医と患者の視点を持つこと、医師の仲間に恵まれたことが自分の強み」と話す山田代表  

     

    ――2019年6月に会社を立ち上げ、サービスを開始されましたが反響はいかがでしょうか?

     

    山田:「ありそうでなかったサービスですね」と言ってもらえて、現場に受け入れていただけていると感じます。ベッドが400床ぐらいある病院から離島の診療所まで幅広く使われています。構想していたときの仮説通りに進んでいることもあれば、壁にぶち当たってはその度に乗り越えての繰り返しです。ただ、現場の先生や患者さんが助かったというお声や、そこまでニーズはないだろうと思っていた医療機関や診療科目にもニーズがあったりしていて、それがあるお陰でつらい時も頑張れます。現在、協力関係を結んでいる医師の数は、知っている先生に限定していたものの数百名に達し、対応できない診療科目はなくなりました。プラットフォームとして日々拡大し、かなり大きな病院と同じくらいのリソースを備えた“クラウドホスピタル”となりつつあるので、うまく活用していただきたいと思っています。

     

    ――医師の方々の労働環境の改善も期待できそうです。

     

    山田専門医がいない病院では、近い分野の医師がカバーしています。野球で例えると、大きな病院では9人で守っているところを、2人くらいの医師が猛烈に走って守ることで現場を回している病院もあります。そんなことを続けていると医師は疲弊してしまうし、ミスが起こって患者に不利益が生じることもあるでしょう。「E-コンサル」を導入し、専門医に任せられる領域を増やすことで、医師の労働環境を改善できると考えています。

     

    ――今、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、現場の負担感が増しています。人工心肺装置のECMO(エクモ)は、治療の最後の切り札として大きな役割を担っていますが、「E-コンサル」では、ECMOを扱える臨床工学技士もオンラインでつなぎ、各地の病院をサポートしているそうですね。

     

    山田:はい。新型コロナウイルス感染症が蔓延する前は、ECMOを使った治療はあまり多くありませんでした。大きな病院でも年間で数件というケースもあり、ECMOを扱える臨床工学技士の数も限られていました。しかし今回、ECMOを迅速に動かせなければ命に関わる事態が生じています。そこで、「E-コンサル」のラインナップにECMOが扱える臨床工学技士を加え、技士が足りない病院をサポートする仕組みをつくり、対応しています。感染拡大のリスクを考えると、医療従事者が病院間を行き来するのは好ましくないという事情もありますので、オンラインでのサポートは現状に適した形式であるようです。

     

     

    患者向けにネット型セカンドオピニオンサービス「E-オピニオン」も展開

    Mediiでは、「E-コンサル」以外にも患者に向けたセカンドオピニオンに関するサービスも展開しています。一見異なるサービスに見えますが、軸にある哲学は同じだと山田代表はいいます。ビジネスとしての成立とつくり上げたい理想の実現をどう両立させていくか。今後の見通しや代表としてどう舵を取っていこうと考えているかを聞きました。

     

    ――御社では「E-コンサル」のベースとなっている専門医のネットワークを、がんや難病を患う患者のセカンドオピニオンのオンライン取得に活用する「E-オピニオン」というサービスも展開されています。

     

    山田:「どこに住んでいても、専門性のある医療にアクセスできるように」というコンセプトは同じで、それを患者向けのサービスとして提供しているのが「E-オピニオン」です。主治医以外の診断としてのセカンドオピニオンをがん患者の3割程度が受けていると言われています。「どの医師に求めればいいかがわからない」「診てもらいたい医師のいる病院が遠くアクセスしにくい」「お世話になっている主治医との関係が悪くなりそうで頼みにくい」といった理由が障壁になっているようです。「E-オピニオン」は私たちがセカンドオピニオンに適した医師を紹介し、インターネットで完結するので距離の問題も気にする必要がありません。また、主治医に紹介状を依頼するための手紙も私たちが作成します。セカンドオピニオンを得たいと思いながら諦めている多くの方々を支えるサービスとして、成長を期待しています。

     

    どこにいても専門的な医療が受けられるよう、患者向けにセカンドオピニオンサービスも展開する

     どこにいても専門的な医療が受けられるよう、患者向けにセカンドオピニオンサービスも展開する

     

    ――今後の展望をお聞かせください。

     

    山田:新型コロナウイルスの広がりが契機となり、オンライン診療の普及は加速すると思われます。まずは「E-コンサル」と「E-オピニオン」のサービスに注力し、より多くの医療機関や患者の方に届けたいですね。近年、病院の統廃合と機能分化が進んでいますが、実際の診療では分野を横断した知見が必要となります。異なる強みを持った医師同士がオンラインで協力し、診療する形は一般的になっていくでしょう。そして、「E-コンサル」が当たり前になり、たとえ小さな街に住んでいても「あの病院に行けば”クラウドホスピタル”にいるどんな専門医にも診てもらえる」という安心感を患者さんに届けられるようにしたいです。日本だけにとどまらず日本の素晴らしい医療を世界のどこにいても受けれるようなサービスに広げていきたいと思っています。

     

    ――臨床医としての活動は今後も続けていくのですか?

     

    山田:そうですね。基本は事業に注力して全力で取り組んでいますが、立場としては医師と患者のパートナーでいたいので、現場に届きやすいサービスを提供するためにも臨床は大事にしていきたいです。医療の未来は、患者皆さんの「よりよい医療を受けたい」というニーズによって決まっていくと思っています。私たちの社名のMediiはラテン語で「本質」を意味する言葉です。現場の医師を助け、その先にいる患者を助ける。本質的な医療のあるべき姿をイメージして事業を続けていきます。

     

    医療テックPlus_株式会社Medii

      

    当事者としての強い使命感。未知の世界にも臆せず飛び込む勇気。そして周囲の協力——。ありそうでなかった、誰もがイメージ止まりだったサービスをこの世に誕生させ、社会を変えていくために必要なものは何なのか? 山田代表とMediiの歩みには、その答えを導く重要なヒントがあるような気がしました。 

    株式会社Mediiのロゴ

    株式会社Medii

    住所:東京都渋谷区渋谷2丁目6-6 Good Morning Building by anri 201
    URL:https://medii.jp/

    専門医不足がもたらす地域医療格差の解決を目指す山田裕揮医師が2019年6月に設立。病院に向けた専門医の持つ知見をシェアするサービス「E-コンサル」、患者に向けたセカンドオピニオンのオンラインでの取得サービス「E-オピニオン」などを運営する。山田医師は地方都市で送った医学生時代に難病を患い、専門的な知識を持つ医師へのアクセスに苦心した経験と、それをきっかけに人数の少ないリウマチ内科専門医になった背景を持ち、現在も臨床の現場に立つ。医師と患者双方の視点を持つことを強みにサービスを展開している。2020年9月に開催されたスタートアップの登竜門「ICC(インダストリー・コ・クリエーション)サミットKYOTO2020」で優勝し、一層注目度が高まっている。

    メディカルサポネット編集部(取材日/2020年7月20日)

     

     

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