2020.10.27
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オンライン診療と地域医療のこれから
武藤真祐さん(株式会社インテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長)

第11回メディカルフォーラム講演レポート【第1部】

2020年9月16日、医療業界のデジタル化をテーマにした「第11回メディカルフォーラム」(マイナビ主催)がマイナビ新宿オフィスで開催されました。第1部は病院関係者向けに、東京医科歯科大学大学院の教授で株式会社インテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長である武藤真祐さんがオンライン診療と地域医療連携について講演しました。
新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに大きく推進に舵を切ったようにみえるオンライン診療。武藤さんが会長を務めるインテグリティ・ヘルスケアは、ITの開発を通じて医療の効率化に取り組んできました。武藤さんが、オンライン診療と地域医療の未来について語った講演の内容をご紹介します。

取材・文/横井かずえ
編集/メディカルサポネット編集部

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プロフィール

株式会社インテグリティ・ヘルスケア 代表取締役会長

武藤 真祐(むとう しんすけ)


東大病院、三井記念病院にて循環器内科に従事後、宮内庁で侍医を務める。その後マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年医療法人社団鉄祐会を設立。2015年シンガポールでTetsuyu Healthcare Holdings Pte, Ltd. を設立。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科臨床教授。日本医療政策機構理事。一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事。一般社団法人Medical Excellence JAPAN インバウンド委員会 委員長。2019年度第29回武見奨励賞受賞。
東京大学医学部卒業(MD)。 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。INSEAD Executive MBA。Johns Hopkins MPH。

  

デバイスの進化、圧倒的な情報量 医療を取り巻く変化と課題

私は循環器内科医として急性期を約10年、その後、在宅医療に関わって10年ほど経ちます。現在は医療法人社団鉄祐会として在宅医療を展開するほか、株式会社インテグリティ・ヘルスケアという会社でITを活用した疾患管理システムの開発・提供などを行っています。

 

20年にわたり急性期と在宅医療の双方に携わって見えた課題を踏まえて、オンライン診療と地域医療のこれからについてお話したいと思います。

 

現状における課題としてまず、我々は実は患者さんのことをよく分かっていないということが挙げられます。血圧ひとつとっても診察時の数値しか分からないわけで、その間の情報はこれまで問診や採血、画像検査を使い、経験的に情報を埋めてきました。

 

しかし今後はデバイスの発達によって、例えば心電図やサチュレーションなどを含め、これまで分からなかった受診と受診の間の情報が分かるようになる可能性があります。もちろん課題はありますが、これまでより圧倒的に情報量が増えることは間違いありません。

 

次に、医療へのアクセスがますます厳しくなります。高齢化や認知症患者の増加によって通院が難しくなるからです。一方で在宅医療や訪問看護は人的資源からみても容易ではない。我々が誇る医療のフリーアクセスが、人口的な要因によって厳しくなるのです。

 

さらに、患者さんに対して行動変容を促すことがより重要になってきます。予防、慢性疾患の管理、急変時対応のいずれにおいても、患者さん側が自ら取り組んでいただかなければ、我々医師からの働きかけには限界があるのです。

今は患者さんに行動を促す仕組みがなく「先生、お願いします」、「はい、では薬をきちんと飲みましょう」という牧歌的な状況です。しかしこの状況が続くとは考えにくい。今後は患者自身に行動変容を促す仕組みが求められると考えています。

 

 

社会で使われている便利なツールを生かせない医療

世の中にはGoogleやFacebookなど便利なツールがありますが、それに対して医療はいかにも前近代的です。もちろん理由はありますが、すでに社会で実装されている便利なものを生かし切れていないのです。

 

こうした課題を解決するため、我々はさまざまなシステムを開発しています。そのうちのひとつ「YaDoc」は、オンライン疾患管理システムです。オンライン診療だけではなく患者さんの症状・兆候を可視化して、医師・患者の柔軟なコミュニケーションを促し、最適な医療を実現するためのツールです。

 

患者がQOL向上を感じる医療でなければ衰退する

YaDocの特徴のひとつが電子カルテと連携できること。すでに2600医療機関が導入済みです。オンライン診療から発展させて、さらに疾患管理に役立てるペイシャント・レポーティッド・アウトカム(PRO)という機能も開発しました。これは患者さんが伝えることを医療に生かす試みです。これまでは医師が患者さんの状態を評価してきましたが、今は「患者さんがどう考えるか」が重要というように、医学の常識が変わりつつあります。

 

例えば糖尿病なら薬を出してHbA1cが0.5変化したというのは、実はQOLには関係ありません。最終的にQOLが上がる治療でなければ患者さんはメリットを感じないのです。患者さんが「どのように価値を感じるか」を意識しなければ、今後の医療は時代遅れのものになるのです。

 

デジタル時代は患者さんが自分で情報を集め、自分で判断する人の割合が急増します。我々にとってはいくつもある病気の1つですが、患者さんにとっては自分自身の病気ですから徹底的に調べてきます。そこに中途半端な知識で対応すれば信頼を失います。これはよいことではある反面、脅威でもあるのです。

 

そこでITを使い、QOL向上を図るためのYaDocの取り組みをいくつかご紹介します。

 

例えば、ePRO(患者報告アウトカムシステム)はITを活用しながら患者さんのQOLを上げていくためのシステムです。パーキンソン病であれば、振戦(ふるえ)の日内変動をAppleWatchを使って把握して臨床に生かすことを試みています。

 

もうひとつは、YaDoc Quickというオンライン診療システムです。アプリのダウンロードは高齢者には難しく、医療機関にも負担がかかります。YaDoc QuickはZoomのようにURLを送ればクリックするだけでオンライン診療が始められ、ウェブベースで完結するのが特徴です。

 

シンガポールの多職種連携をツールで支援

さらにシンガポールでも取り組みを進めています。もともとは日本が誇る地域包括ケアモデルを持っていこうというのが発端でした。しかしシンガポールでは在宅医療に保険がきかず、日本と比較して医師の報酬も高額なため、訪問診療は合理的ではありませんでした。

 

そこで、CARESというクラウド電子カルテシステムを開発しました。患者さんを中心に医師、看護師、セラピストなど多職種が情報を共有でき、画像や動画、メッセージも含めてやりとりできます。現在は中国、インドネシア、マレーシアにも広がりつつあります。

 

褥瘡管理ではWound Assesmentというシステムを開発中です。褥瘡を2Dと3Dのカメラで撮影をすると、AIが自動的に分析をしてくれるもので、シンガポールではIRBを通して臨床研究も始まっています。

  

政治的推進も加わり、加速するオンライン診療

ここからは今後の動向についてです。

 

オンライン診療については規制緩和がどこまで続くのかに関心が集まっていますが、これにはいくつかキーワードがあります。

 

1つは菅総理が官房長官時代から、オンライン診療に非常に熱心だということ。2020年7月の未来都市会議でもオンライン診療に関する工程が示されるなど、withコロナに向けてオンライン診療、医療のIT化は、政治的な推進も加わってますます加速することが見込まれます。

  

米は官民学一体で推進、中国では3億人のユーザーが利用

次に海外の動向です。

 

アメリカにおけるオンライン診療は、2019年まではゆるやかに増加するものの爆発的に増える状況ではありませんでした。ところが新型コロナウイルス以降、一気に加速し、1年間で12億回以上のオンライン診療が行われると予測されています。背景にはトランプ大統領が規制緩和をしたり、医療団体がマニュアル整備するなど、官民学が一体になって推進したことがあります。

 

中国では最大規模の医療サービスとして、平安好医生という企業のPing An Good Doctorがあります。アクティブユーザーが約3億2000万人、フルタイムの医師1000人以上、専門医5000人と契約していて、オンライン問診回数は2億回を超えるという巨大グループです。彼らはオンラインとオフラインを融合させる戦略を取っています。またインドでも同様のサービスがすごいスピードで進んでいます。

 

良し悪しは置いておいて、こうした状況が世界では一般化しているのは間違いありません。診断の上手な医師が対面で行うのがベストであっても、新型コロナウイルスを恐れて受診しないよりは、オンラインであっても受診した方がよいという流れになっているのです。

 

このほかイギリスでは、患者がプライマリケアの医師を受診するか、AIによる問診を希望するか選択できます。どちらを選んでも同じ診療報酬点数がつくのです。これはイギリスの医療制度が出来高ではないから可能なのですが、こうした取り組みはイノベーションの土壌になります。日本はフリーアクセスという素晴らしい仕組みにとらわれるがゆえに、次のイノベーションが生まれにくいジレンマに陥っています。

   

求められる新たな診断学、個人と集団の利益のバランスを考える視点も

最後に今後の方向性を予測します。

 

まずは今後、患者自身の意思決定の重要性が高まるのを受け、医療機関による意思決定の支援がますます求められます。またオンラインとオフラインの融合の重要性が高まります。

 

次は医療の効率化です。新型コロナウイルスでは残念ながら医療機関で働く人への差別がありました。今後は医療や介護で働くこと自体をリスクとみる人も増えるでしょう。そうした中で、非専門職の採用コストがますます上昇します。解決策としてはある程度の集約化を図り、全体としてコストを下げる試みが加速すると思います。

 

さらに、限定的な情報しか得られないオンライン診療で適切に診断するための、新たな診断学、診断スキルが大切になります。ここにはコミュニケーション能力も含まれると考えています。

 

最後に「公共の福祉と個人の権利のバランス」です。パンデミックを経験し、かつてこれほどまでに医学や公衆衛生学が、人間の活動に影響したことはありませんでした。個人の利益と集団の利益のバランスを考えつつ、限りある資源をどのように活用していくか――、すぐに答えが出ないとしても、我々としては考えなければならない時期に差し掛かっているのではないでしょうか。 

 

メディカルサポネット編集部(講演日:2020年9月16日)

 

 

  

 

 

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