2020.02.27
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問いかけの魔法 ~初めてのコーチング~

「看護×学び」で現場教育を変える! vol.5

皆さんはコーチングを受けたことがあるでしょうか?管理者・教育者として「する側」になることは多かれど、「される側」になることはそう多くないかもしれません。今回はそんな経験をされたお話です。理不尽な経験で流した涙を学びに変えてしまうところが半年のニューヨーク生活で得た強さ。コラムには書かれていませんが、師長へのインタビューは「仕事中歩きながら行われ、10分で強制終了だった」と聞いて驚きました。その後のメールでのフォローは手厚いものだったそうですが、インタビューする方もされる方もお互いに”闘いの時間”だったのだろうと思い描きました。

執筆・写真/寺本 美欧(Teachers College, Columbia University)
編集・構成/メディカルサポネット編集部

寺本美欧 コラム バナー画像

 

2月のニューヨークは本格的な真冬で毎日大雪・・・かと思いきや今年は例年に比べて暖冬だそうで覚悟していたよりも寒くないです。「5℃あれば寒くない!」と思えるほど身体がニューヨークの冬に慣れてきたのかもしれません。

 

 セントラルパークの池も凍ってしまうほどの寒さです 

 

理不尽な出来事が生きた学びに変わった話 

ニューヨークで学生生活をはじめて早半年が経ちました。少しずつですが生活にも慣れ、今週は忙しくなるから今のうちにこのリーディングをやってしまおうという勉強のペースや、どこのスーパーに行けば何が安いといった生活の知恵も身につけることができました。一方で、この半年間、これでもか!というほどのトラブル続きでもありました。どのようなトラブルが起こっても泣かなかった私が、一度だけ、涙した経験があります。

 

コーチング。言葉は聞いたことはあるけれどよく知らないという方も多いのではないでしょうか。コーチングは、「問いかけ」に重きを置いて、クライアント(相談者)に新しい気づきをもたらすという手法です。具体的なアドバイスや指導をする代わりに、問いかけながら傾聴することで相談者の内側にある答えを引き出す、という考え方です。意外にもコーチングは身近な家族や友人との日々の会話のなかで無意識に行われていることが多く・・・今回は、まさにそんなコーチングのおかげで救われた話をお届けします。

 

秋学期に履修していた「マネジメント・リーダーシップ」という授業で、20ページに及ぶ「マネジメントスキルについてマネージャー2名へのインタビュー調査を行う」という最終課題が課されました。字数にすると約5000字越え。普段の課題はせいぜい3-5ページだったこともあり、雲をつかむような話でした。それでも「やるしかない!」の一心で1ヶ月前から構想を練り、大学内のライティングセンターに添削を依頼しては書き直し、どうにか締め切り前に提出できる形にまでこぎつけることができました。書き上げたときの達成感は今でも忘れられません。

  

 寺本美欧 コラム 「マネジメント・リーダーシップ」 最終課題

 今回提出した課題のタイトルは “Comparative study of nursing management skills in Japan and the United States:

Interviews with nursing managers (看護管理能力の日米比較:看護師長のインタビュー調査から)”

  

最後の授業がちょうど課題提出日だったため、解放感に溢れて授業に出席しました。すると、授業の最後にクラスメイトが「今日の授業の後に深夜に課題を提出するのは無理があるのではないか。提出日を延期してほしい」と発言。こちらも圧倒されるほどの勢いで延期すべき理由を述べると、まだ課題が終わっていない他のクラスメイトも交わり拍手喝采となりました。

 

クラスの3分の1の学生がまだ課題が終わっていなかったため、ついに教授は締め切りを1週間延期することに合意したのでした。課題の提出日延期の交渉に成功した彼女は「素晴らしいnegotiation(交渉)だ!」と他のクラスメイトから讃えられていました。あまりにも予期しなかった展開だったため、その時はただ呆然と周りで起こっていることを眺めることしかできませんでした。

 

授業が終わり寮に帰ると、ふいにぽろぽろと涙が溢れてきました。

 

・1ヶ月以上前から締め切りはわかっていたのに、英語で饒舌に交渉すればこんなにもスムーズに延期が許されるのか?

・なぜあの時「それは間違っている」と一歩踏み出す勇気が持てなかったのか?

・真面目に課題を期日までに間に合わせたひとよりも、交渉術に長けているひとの方が讃えられるのか?

・提出日が延期されてラッキーと思えない自分が真面目すぎるのか?

 

様々な感情が交錯しました。

 

寺本美欧 コラム 課題のファイル 画像

課題で書いたペーパーは全てファイリングしています。秋学期だけでもこの分厚さに!

  

◆思考を変えた、先輩の「問いかけ」

このまま悶々としているのはよくないと思い、留学前からお世話になっている同じ学科の日本人の卒業生に思い切って電話で相談することにしました。「うんうん」と頷きながら私の話を聞いたあとに先輩はこう尋ねました。

 

「どうして過半数のクラスメイトはまだ終わっていなかったのかな?」

 

それは考えてもみなかった問いかけでした。忙しい学生生活は皆同じだけれど、ひょっとしたらその人なりの理由があったのかもしれない。

 

「良い学びになったんじゃないかな。今回の経験は、今後もし看護管理者や看護教育に携わる立場になって、相手から間に合わなかったと言われたとき何を見るか、何をもって判断するのか、間に合わなかった背景を見ることができているのかを考えるきっかけになると思う」。

 

その一言が私の思考を大きく変えました。

 

・悔しいと思った理由は?

・教授の立場だったらどうするか?

・相手の背景には何があったのか?

 

自問自答を繰り返していくなかで悔しい気持ちは次第に薄れていき、本質を知りたいという前向きな思いに変わっていきました。まさに、苦い経験が生きた学びに変わった瞬間だったといえます。

 

思い返してみると、たった30分、先輩がしてくれたのは「問いかけ」のみでした。具体的なアドバイスをするのではなく、問いかけを繰り返すなかで私の中にあった答えが自然と表出されていく感覚、これこそが「コーチング」だと実感することができました。もし仮に、先輩から「真面目すぎるんだよー」と冗談めいた言葉をかけられていたら、私は自分の心の内を見せることができなかったと思います。それほど、誰かが悩みを抱えているときにかける言葉選びの重みを痛感しました。

 

寺本美欧 コラム 冬のニューヨーク 画像

現在のキャンパスは一面雪で真っ白です。桜が咲くあたたかい春が恋しくなってしまいます

   

 

看護×学びで現場教育を変える! 寺本美欧 目次

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プロフィール

寺本美欧(てらもと・みお)
看護師、大学院生。上智大学総合人間科学部看護学科卒業後、都内大学病院ICU病棟に就職。その後、埼玉県の地域密着型病院脳卒中センターへ転職。2019年9月よりアメリカ・NY州にあるコロンビア大学教育大学院の修士課程に在学中。専攻は成人教育学とリーダーシップ。「すべての看護師に最高の教育の場を」をモットーに、看護師の継続教育のシステム構築を目指す。海外大学院留学記ブログ「看護師ちゅおのアメリカ大学院留学記」日々更新中。

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