2019.10.08
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生い立ちは隠すべし、これが私の処世術

「看護×学び」で現場教育を変える! vol.1

「私の病院で実施している院内教育は、他院と比べてどうなんだろう」。こうした疑問を感じたことはありませんか?2つの病院で3年半の臨床経験を積んだ寺本美欧さんは、院内教育の違いに触れた看護師の一人。より良い教育が持つ力を実感し、2019年9月からニューヨークにあるコロンビア大学院の教育大学院で研究に取り組み始めました。教育を受けた看護師の視点から教育を授ける管理者の皆さまに向けて、看護教育のミライについて考えます。
コラム第1回目は、寺本さんが成人教育を学ぶ上で避けて通れない生い立ちに関するエピソードをお届けします。意外にもマイノリティで育ったという寺本さんの生き残り術とは・・・・?

執筆/寺本 美欧(Teachers College, Columbia University)
編集・構成/メディカルサポネット編集部


「看護×学び」で現場教育を変える!  vol.1生い立ちは隠すべし、これが私の処世術

 

◆マイノリティが組織で生きるコツとは?!

  
「看護×学び」で現場教育を変える!  vol.1生い立ちは隠すべし、これが私の処世術_マイノリティが組織で生きるコツとは?!

  

8月28日、ニューヨークでの新しい生活が始まりました。9月からコロンビア大学の教育大学院 “Teachers College, Columbia University” に入学し、修士号取得のため「成人教育」を専門的に学んでいます。

皆さまは「成人教育」という言葉をご存知でしょうか。子どもが受ける教育とは区別し、組織のなかでおとなが学ぶことに着目した学問です。この「成人教育」と出会ったことで、私の人生は大きく変化しようとしています。

 

さかのぼること25年前、私は日本から飛行機で12時間のイギリス・ロンドンからさらに車を4時間走らせたウェールズ地方にあるブリジェンドという、とてつもなく小さな町で産まれました。見渡す限り牧場が広がり、牛や羊やヤギが道路を横断し庭にはリスやハリネズミが住んでいる、そんなところです。

   イギリスの伝統的な茅葺き屋根。童話の世界のような風景です。

イギリスの伝統的な茅葺き屋根。童話の世界のような風景です。 

 

父の仕事の関係で、2歳にはスペインのバルセロナに引っ越しました。世界遺産サグラダ・ファミリア教会の目と鼻の先に住み、両親とグエル公園をよく散歩したことを覚えています。世界的に有名なガウディの建築物は日常のなかにありました。

   スペイン/バルセロナ・ランブラス通り。街のシンボルであるコロンブスの塔でライオンの銅像に登ろうとする4歳の私。

 スペイン/バルセロナ・ランブラス通り。街のシンボルであるコロンブスの塔でライオンの銅像に登ろうとする4歳の私。

 

さらなる転勤で、小学生の時にはマレーシアのクアラルンプールに引っ越しました。ヨーロッパからいきなりのアジア圏です。常夏の国で気温は毎日30度越え。マレーシアで冬服を着たことも、雪を見たこともありません。多民族国家であり、夕方にはイスラム教の祈りであるコーランが毎日聞こえてきます。

産まれてから10年の海外生活を終え、小学校5年生の時に日本に帰国し、15年がたちました。

日本の中学、高校、大学、就職と経験したなかで「組織のなかで生きるコツ」を自分なりに身につけてきました。その一つが「海外で育った10年をなかったことにすること」です。

  

 スペインの街並みは私のふるさと。よく父と散歩していた通り。スペインの街並みは私のふるさと。よく父と散歩していた通り。

 

この記事を読みながら皆さまに想像してみていただきたいことがあります。もし私が、皆さまが率いる組織の部下だったらどのような印象を持つでしょうか。組織という枠組みを外したら、興味や関心がわいて「どんな食べ物が美味しいの?」「スペイン語話せる?」とたくさん質問したくなると思います。しかし、組織という枠組みで捉えると「自己主張が強くて大変そうだ」という印象を抱く方が少なくありません。実際、学校・病院等いろいろな組織に属して辿りついた私なりの処世術が「海外で育ったことを相手に言わないこと」でした。周りと違う私の生い立ちは組織で生きるには“規格外”のようで、噛み合わないこともしばしば。組織を信頼していないわけではなく、相手に言わずにいた方がお互いうまくいくことが多いのです。 

◆組織には”マイナス”な「ダイバーシティ」

日本は単一民族国家かどうか、という問題は長年にわたって議論されています。「違う」といえど、テニスの大阪なおみ選手や日本人初のNBAに選出された八村塁選手が活躍するたびに「ハーフ問題」は浮上していますし、男性が育休を取得しようとすれば「パタハラ」問題を新聞やテレビのニュースで見かけます。「組織のダイバーシティ(多様性)」という言葉は今世間的にも大変着目されており、「ダイバーシティだ!」と大々的に掲げる企業も多いです。しかし、ダイバーシティが重視された組織は果たして本当にうまく機能するのでしょうか?

 

悲しいことに、現実では「人と違う」ということに世間の目は厳しいように思います。みんなが自分の意見をあれこれ言うよりも、職員の差がなく、黙々と仕事に励み、教わったことをその通りに実行する、そんな組織のほうが統率もしやすいですし、生産性も高い。医療現場はまさにそういう風土が強いように感じます。同じ看護師国家試験を受け、資格を取得し、就職して技術を身につけ、経験年数を積んだほうが断然病院の利益になります。そこには、「イギリスで生まれてスペインに行ってマレーシアに…」といった「人と違うもの」は不要なのです。

 

しかし、「成人教育」という学問が、この考えを一蹴してくれました。

成人教育と出会った経緯は今後コラムでお話しする予定ですが、入学が決まり、大学院の授業で使用するテキストを事前に購入し読んでみて、とても驚いたことがあります。500ページにもわたる分厚いテキストのうち、1/3が成人教育とは一見かけ離れた、アフリセントリズム(アフリカ系アメリカ人の思想)、クイールセオリー(セクシュアリティの理論)、フェミニストセオリー(女性学の理論)など人種や性にまつわる理論が占めているのです。成人教育の真髄にはまさに“ダイバーシティ”がありました。おとなが学ぶこと、その背景にはそれまでの個人の経験があり、性や人種の歴史や価値観があり、生きてきた道のりがあることを理解しました。

 

管理職や人材、経営に携わるみなさまには私が想像を絶するほどの苦労や歴史、これまでの経験から形成されてきた価値観があると思います。それと同時に、その組織に属する職員ひとりひとりにも年齢関係なくその人だけが経験してきたことがあり、価値観があり、これまでの人生があるということをぜひ心の片隅に留めていただければと思います。それは職員ひとりひとりも同じで、歩んできた歴史があり、見えない現在の日常があり、管理職の立場から支えられる手段があるはずです。

 

通っている大学院”Teachers College, Columbia University”のエントランス

通っている大学院”Teachers College, Columbia University”のエントランス

  

私はいつか、自分の生い立ちを堂々と話せる場が日本中にたくさんできればいいなと思っています。自分の生い立ちを隠す処世術なんて本来必要ないはずなのです。そのためにも自分がこれまで経験したこと、アメリカの大学院で学んだことを、組織をまとめる最前線で働かれているみなさんにリアルタイムでお届けしたいと思います。

就職してからも、留学を目指してからも、今これを執筆している段階にくるまでも決して平坦な道のりではありませんでした。それは組織も同じで、いつでも人材に潤い、問題なく順調なことばかりではありません。どうしたら少しでも良くなるのか、自身の体験を交えながらみなさんと考える場になればいいなと思います。

 

キーワードは「看護×学び」。1年間、どうぞよろしくお願いいたします。

 

寺本 美欧(てらもと みお)看護師、大学院生。「すべての看護師に最高の教育の場を」をモットーに、看護師の継続教育のシステム構築を目指す。

 

◆プロフィール◆

寺本 美欧(てらもと みお)

看護師、大学院生。上智大学総合人間科学部看護学科卒業後、都内大学病院ICU病棟に就職。その後、埼玉県の地域密着型病院脳卒中センターへ転職。2019年9月よりアメリカ・NY州にあるコロンビア大学教育大学院の修士課程に在学中。専攻は成人教育学とリーダーシップ。「すべての看護師に最高の教育の場を」をモットーに、看護師の継続教育のシステム構築を目指す。海外大学院留学記ブログ看護師ちゅおのアメリカ大学院留学記日々更新中。

 

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