2020.12.22
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今村 優子さん(助産師+シンクタンクマネージャー)

+αで活躍する医療従事者 vol.8

+αで活躍する医療従事者 vol.4 久保 さやかさん(看護師・保健師+人材育成・組織開発コンサルタント)

編集部より

医療従事者の中には「+α」の技能を生かしながら病院以外の多彩なフィールドで活躍する人も少なくありません。こうした人たちは、どのような経緯で「+α」を学び、仕事に生かしているのでしょうか。今回は、助産師としての臨床経験を生かしながら、特定非営利活動法人日本医療政策機構(HGPI)で医療分野の政策提言に携わる今村優子さんにお話を伺います。

 

取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング)

撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo)

編集/メディカルサポネット編集部

 

+αで活躍する医療従事者 vol.8

プロフィール

今村 優子(いまむら ゆうこ)
東京都出身。大学卒業後、総合周産期母子医療センター愛育病院や育良クリニック(いずれも東京都)などで助産師として8年間の臨床経験を経て、イギリスへ留学。シェフィールド大学にて公衆衛生学修士課程修了(Master of Public Health;MPH)。帰国後、2017年2月より日本医療政策機構に参画し、マネージャーとして医療および医療制度に関する調査研究、医療政策の提言などを行っている。

 

◆現場での問題意識を胸にイギリス留学へ

 

――今村さんの臨床時代は、助産師の仕事を心から楽しみ、画期的な母親学級の企画・運営もしていたそうですね。

 

大学生時代の講義で「虐待の世代間連鎖」について学び、妊娠・出産・育児の各ステージで適切なサポートが入ることの重要性に気付き、助産師になろうと決心しました。実際に臨床に出たら、お産を介助したり、妊産婦と関わったりすることがとにかく楽しくて、毎日ときめいていた記憶が残っています。特に育良クリニックでは担当助産師制度が導入されていたので、産前から産後1年まで継続的なケアができました。長期的に関わることで妊産婦と信頼関係を築き、2人目以降の出産ではご指名を頂くこともあり、大きなやりがいを感じていました。

 

新しい母親学級を立ち上げたのも、育良クリニック時代のことです。自然分娩をモットーにしている産院だったのですが、自然分娩への理解が不十分だったり、お産に対して受け身だったりすることが少なくないことが当時は気になっていました。出産という大事な局面を迎える前に、本質的な部分を学ぶ機会を持ってほしい……。そうした思いで企画したのが、現在まで続いている「産むぞクラス」。妊娠34~36週限定の母親学級で、1時間半かけて安産のコツや助産師への頼り方を伝えます。

 

最大の特徴は、クラスの最後に行う寸劇。後輩助産師が妊婦さん役、私が助産師役として出産の様子を熱演するもので、感情移入して涙する参加者も少なくありませんでした。助産師だからこそ陣痛時の状態や呼吸の変化を細かく演じ分けることができ、寸劇形式なので頭に入りやすいというメリットがあります。本クラスの受講後は妊婦さんの意識が大きく変容し、「体力を付けるためにスクワットを始めました」「寝る前に呼吸法の練習をしています」といった声がたくさん届くようになりました。

 

  

+αで活躍する医療従事者 vol.8

ご自身も元勤務先である育良クリニックで出産を経験した

  

――それだけ臨床に大きなやりがいを見出していた今村さんが、留学の道を選択したのはなぜでしょうか。

  

「産むぞクラス」の成功はうれしかったものの、1つの病院に限局した取り組みです。学生から社会人までを対象に、より幅広く妊娠・出産に関する教育活動を展開し、女性の意識改革へつなげたいと考えるようになりました。また、産科医と助産師が真の意味で協働し、それぞれの専門性を生かしたより良いケアを実現するためには、制度の見直しや教育改革も必要だと感じていたのです。そのためには、イギリスの国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence)による「NICEガイドライン」が1つの指針になるのではと思い、渡英して公衆衛生を学ぶことにしました。

 

1年間の留学中は大学院で学ぶ傍ら、助産師として働く方々へインタビューしたり、現地の医療機関を見学したりしました。イギリスでは「正常なお産のプロフェッショナル」として助産師が高い信頼を得ており、産科医がまったく介入しないケースも少なくないなど、勉強になることがたくさんありました。私が滞在したシェフィールドという街は、買い物に便利で治安も良く、東京と変わらない感覚で生活できたことも幸いでした。夜中まで図書館にこもって勉強した後、ヨーロッパの街並みを堪能しながら帰路に就くのが楽しみの1つでした。

  

+αで活躍する医療従事者 vol.7

「英語が決して堪能ではなかった」のに留学を実現したのは今村さんの努力の賜物

   

◆市民の声をベースに関連省庁や議員へ政策提言

 

――帰国後に特定非営利活動法人日本医療政策機構(HGPI)へ入ってからは、どのような業務を担ってきましたか。

  

留学中にHGPIが実施していた「女性の健康に関する調査」を目にし、さまざまな医療政策に関する優れた政策提言ができる団体として注目していました。たまたまスタッフ募集中と知ってイギリス滞在中からコンタクトを取り、帰国後に面接を重ね、2017年2月から働き始めることになりました。HGPIは医療政策に関する調査研究や政策提言活動を行うシンクタンクで、幅広いプロジェクトを展開しています。私が2020年度に担当しているのは「女性の健康」「非感染性疾患」「医療政策アカデミー」の3テーマ。大学院で修得したスキルも生かしながら、調査設計や分析作業も含めて政策提言を形作っていく仕事をしています。

 

実際に政策を大きく変えることはとても難しく、一朝一夕にはいきません。それでも、自分たちの働きかけがきっかけとなり、少しずつでも社会が動いていくことには、この上ない充実感があります。例えば、経済産業省が選定・公表する「健康経営銘柄」※について、評価基準(必須要件)に女性の健康に関する項目が入ったことは、HGPIの提言がもとになっています。

※健康経営銘柄:経済産業省と東京証券取引所が共同で、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業を選定・公表することで、その取り組みが株式市場などで適切に評価されることを期待する仕組み。

 

 

+αで活躍する医療従事者 vol.7

HGPIでの勤務と、時々出向く現場、2つの居場所が今村さんをさらに成長させる

  

――医療政策に関する調査や政策提言のプロセスにおいて、重視している点は何ですか。

  

HGPIでは「市民主体の医療政策の実現」をモットーにしています。産官学民(産業界、官公庁、教育・研究機関、市民団体)のステークホルダーを結集して政策提言を行っていますが、中でも強く意識しているのが一般市民の視点を大切にすること。例えば、働く女性に関する政策では、一般の働く女性2000人にアンケートして生の声を集めました。ほかにも、大学生への性教育については現役大学生にヒアリングを行ったり、非感染性疾患の分野ではがんや糖尿病など、さまざまな疾患の患者・当事者リーダーの方々にワーキンググループメンバーとして議論に参加してもらったりと、当事者を巻き込んだ政策提言とすることを重視しています。

 

このように多様な視点から議論を重ね、論点や課題を整理しながら政策提言としてまとめていくわけです。すべてのプロジェクトにおいて、提言は日本語と英語で作成し、webで公開されます。そして、プロジェクトによってはメディアブリーフィングを行うこともあります。並行して関連省庁の担当者や議員への説明も進めていくのですが、バックグラウンドに医療分野がある方は、私が助産師として働いていたことで親近感を持ってくださり、コミュニケーションが円滑に進むことが多いですね。

  

+αで活躍する医療従事者 vol.8

さまざまなバックグラウンドを持つ同僚は頼れる存在だ

   

◆有資格者だからこそ思い切ったチャレンジを

  

――HGPI以外でも、自身の専門性を生かした様々な活動に取り組んでいるそうですね。

  

大学生に向けて性教育を行ったり、助産師コースの学生に海外の助産師活動の実際について講義したりと、若い人への教育活動に携わることが多いです。また、現役助産師向けの研修として、母親学級・両親学級の企画・運営についてもトレーニングを担当しています。さらに、産科クリニックのオンライン両親学級や、区の保健センターでの育児・母乳相談など、現場に近い仕事も月に数回は行っています。

  

政策提言のような仕事の一方で、「助産師の今村」として働けることはありがたく、個人的にも楽しみにしている時間です。「育休を取った夫が育児に参加してくれない」などリアルな悩み事の相談に乗ることで、勉強になることもたくさんあります。数字やデータだけを根拠に意見を述べるよりも、現場に身を置き続けることで言葉に説得力が生まれると信じています。

  

――最後に、「+α」をめざす医療職の皆さんへのメッセージをお願いします。

   

医療従事者としての資格があることは大きな強みであり、新たなことにも挑戦しやすいはずです。「やっぱり現場が好き」と思えば戻れるのですから、興味があることには臆せず手を伸ばしてください。そうするときは、気になる場所で働いている人、特に「楽しく働いている人」にコンタクトすることが重要です。経験上、そうした人の周りには、同じようにポジティブで魅力的な人が集まることが多いからです。皆さんの前には多様な選択肢が広がっていることを知り、積極的にアクションを起こして自らの道を切り拓いていきましょう。

 

      

 

 

メドライン・ジャパン合同会社

特定非営利活動法人 日本医療政策機構(HGPI)

 

■住所:東京都千代田区大手町1-9-2 
    大手町フィナンシャルシティ グランキューブ3階

■URL:https://hgpi.org/

■設立:2004年4月

■代表理事:黒川 清

主な事業内容:

・ 医療政策に関する調査研究事業

・ 医療政策に関する政策提言事業

・ 医療政策に関する人材育成事業

・ 医療政策に関する情報交流事業

 

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