2021.05.27
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緊急提言!どうする?どうなる?看護師の五輪派遣

 

編集部より

新型コロナウイルス感染症の流行がおさまらない状況下で、東京五輪・パラリンピックの開催是非が問われる中、開会式の日まで2ヵ月を切りました。4月26日、東京五輪・パラリンピック組織委員会が、日本看護協会に看護師500人の五輪派遣を要請したことに対して、医療従事者たちがSNSを通した”デモ”を起こし大きな反響を呼んでいます。何の見解も示さない日本看護協会に不満を募らせる現場の看護職。看護師不足が顕在的問題として浮き彫りになっている中、どうすれば看護師500人を派遣できるのか、看護師の森田夏代さんが提言します。

 

執筆/森田 夏代(看護師・看護大学教員)

監修/高山 真由子(看護師・保健師・看護ジャーナリスト) 

編集/メディカルサポネット編集部

 

2021年4月26日東京五輪・パラリンピック組織委員会は、日本看護協会に対して看護師500人の五輪派遣を要請しました。その後、4月28日にはツイッターで「#看護師の五輪派遣は困ります」に約44万のリツイートが起こりました。そして、4月30日に菅首相は「現在、休まれている方(=潜在看護師)もたくさんいると聞いている。そうしたこと(=看護師500人を派遣すること)は可能だ」と述べ、物議を醸しだしています。この時点で日本看護協会が公式見解を発表しなかったことで「即座に異を唱えず」ということから、日本看護協会を退会する看護師が急増した地域があったと言います。一方で、医師に目を向けると、5月中旬には、東京五輪・パラリンピックへのスポーツドクター200人のボランティア募集に300人を超える応募があったとメディアは伝えています。

 

 

看護は犠牲的行為?退職しないとできないボランティア?

私はこの一連の騒動の中、フローレンス・ナイチンゲールの言葉を思い出しました。

 

「看護は犠牲的行為であってはならない」

 

 

私たち看護師が実践する看護は、数えきれないような技術を組み合わせ統合して対象(患者・家族等)に提供することで、入院している対象が元気に退院したり、後悔のない転帰をとることを可能にします。同様に、地域社会で日常生活を1日でも長く維持できるように、また、健康保持増進のための予防的援助を提供することです。

 

この看護はボランティアではなく、仕事として対価を得ることで生活を成り立たせていることは事実です。看護を職業専門職としてプライドを持って実践しています。もちろん仕事外の時間にも自己研鑽をしてよい看護を提供しようと努力を続けている看護師がたくさんいます。ナイチンゲールは、看護は無償のボランティア(犠牲的行為)ではなく、学問として確立し、技術を提供することで対価を得る仕事であることを強く私たちに知らしめました。

 

 

本来のボランティアは、自らの意思により(公共性の高い活動へ)参加すること・他人者社会に貢献する行為と定義され、自主性(主体性)・社会性(連帯性)・無償性(無急性)であると言われています。交通費等を支給される場合、有償ボランティアと呼ばれます。看護師がスポーツの大会やイベントの救護ボランティアに協力する場合、1日ないし2日間という短期間であり、勤務調整が可能であること、有償ボランティアとして交通費の支給を受け、勤務先によっては年次有給休暇を利用していることが多いことから、所属する組織を離れずに行える有償ボランティアが大半です。

 

しかし、今回の東京五輪・パラリンピックについては、無償ボランティアかつ1カ月以上にわたる期間で週5日の参加が前提条件となっています。こうなると、当然のように現職を休職(無給となる)するか退職しないとボランティア参加は困難です。COVID-19感染症の終息が見えない現状で、1カ月以上の休職ができる(休職を許可する)看護師の職場があるのでしょうか?

 

東京五輪・パラリンピックへの看護師の参加は、有償ボランティア(現職の保証・生活の保障)として、犠牲的行為では行えない技術であることを、看護職以外の方にご理解いただきたいものです。

 

【補足】スポーツドクターのボランティア参加は、COVID-19関連の診療に関わらない医師であり、整形外科を中心としたスポーツドクターなので、医局から一時的出向のような形で(現職からの給与支給があるまま)応募している方や開業医(整形外科やスポーツクリニック)で期間中は休診体制を取っているケースが大半である。


 

潜在看護師の活用問題「誰がどう教育する?」

前述の看護師の五輪派遣について、日本看護協会は明確な回答を避けています。その背景のひとつには「看護師なら誰でもすぐに、どこでも(生命を守る)看護ができるはずはない」という想いが隠れているように私は思います。

 

実際、ボランティアで働く場は以下のようにさまざまです、勤務形態は土日祝日や時間に関係なく交代勤務となります。

 

・競技場の救護所

・選手村

・練習会場

・受傷者(感染者)を受け入れる医療機関

・保健指導や電話相談の場など

 

さらに、看護の内容は多岐に渡ることが予測されます。

・スポーツ外傷だけではなく、

・循環器呼吸器疾患の急性増悪(心停止や呼吸停止等の急変対応)、

・感染症対応・予防保健指導など

 

そこで生じる疑問が以下の3点です。

1.ボランティア登録をして、e-learning(WEBセミナー)や数時間の対面講習ですべての内容を理解できる看護師はどれくらいいるのか?

2.すべての内容を網羅したセミナーやマニュアルは作成できるのか?

3.さまざまな事情から看護の場から離れている人が、短期間のトレーニングで専門性を発揮できるのか?

 

多くの潜在看護師からは以下のような声が聞かれています。

「小児科しか経験がないのに、感染症や外傷のことをやってと言われても困る」

「どの時期に、どの分野のボランティアに入るか不明では準備できない」

「週5日勤務できるなら、病院に復職して長く働きたい」

 

 

以上のように考えると、日本看護協会としては既存の看護師職業紹介サイト(eナースセンター)で、他の職場紹介と同じように五輪の看護業務の紹介をし、雇用形態としてボランティアを表示するしか策はないでしょう。また、医療機関の看護管理者は、1人でも多くの潜在看護師に週1日でも長く勤務してもらいたい、長く勤務してくれる看護師が増えれば、1名程度の看護師を五輪・パラリンピックに派遣できたかもと心の中で考えているのではないでしょうか。

ボランティア看護師500人を集める方法を考える

先日、看護師の方のSNS上のコミュニティサイトを閲覧していたら、ボランティア看護師500人を、全国で働く看護師120万人から捻出する方法(単純計算)がアップされていました。単純計算では500人は全体の0.0004%であり1県あたり10人程度と書いてありました。しかし、地方から東京への異動リスク・感染者との接触リスク・宿泊などの経済的リスクや、ボランティア後の2週間程度の隔離期間や事前研修期間などを考えると、ひとつの施設から2か月近く優秀な看護師をボランティアに出せる職場は日本にはないと結論づいていました。そして、選手11,000人・パラリンピック選手4,400人・関係者と含むと50,000人を看護師500人で対応できるか疑問です。

 

それでも500人の看護師を集めるというならば、下記のような具体的な提案がなければ難しいのではないでしょうか?

・ボランティアは、1人当たり1~3日程度

・自分の得意もしくは専門とする部署でのボランティアに限定する

・事前研修や事後の隔離期間もボランティア期間として保証する

・医療機関に勤務している看護職は有償ボランティアとする(待遇保証)

・潜在看護師は事前研修をさらに充実する

今後、日本看護協会がどのような見解を示すかについて、多くの看護職が注目していることから、今後の動向に注視が必要です。

医療がひっ迫していても実現させるために必要なこと

五輪・パラリンピックの開催の是非が問われている中、500人のボランティア看護師を集めて、医療ひっ迫する中で開催が可能なのか?正解のないテーマだと思います。

 

今まで述べてきたように、500人のボランティア看護師については、条件や内容を見直して、ボランティア看護師の延べ人数を大幅に増加する策をとれば、可能かもしれません。しかし、五輪・パラリンピック関連の医療機関と病床確保が可能かというと現実的ではないように思います。

 

 

それでも開催するのであれば、全日程の中で以下の点を含めた全体的な検討が必要です。

・どの程度の傷病者が発生するのか

・COCID-19感染症に関わる業務(検査や感染者発生時の対応)がどれくらいあるのか

・選手1人の感染が確認された場合

  ⇒濃厚接触者はどれくらいの人数になり

  ⇒どの部分を閉鎖しなければならないのか

  ⇒感染者発生に伴い五輪・パラリンピックの延長や競技中止はどうなるのか等

開会式まで2ヵ月を切った今、五輪・パラリンピック中止による経済損失もありますが、開催中の感染拡大や期間の延長短縮による経済損失と関わる人の精神的損失までも加味した、総合的な判断が問われています。

 

 

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