2020.04.30
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構文解析の技術で会話から電子カルテを作成 
医師と患者の目が合う診察に(ボイスカルテ)

【 医療テックPlus+】第9回/kanata株式会社

電子カルテは、医療現場の負担軽減に大きな役割を果たしています。「でも、一方で医師と患者が目を合わせて対話する時間を減らしてはいないだろうか?」そんな問題意識から開発されたのが、kanata株式会社の医療秘書機能付きクラウド電子カルテ「Voice-Karte(ボイスカルテ)」です。独自の構文解析の技術を活用し、診察中の会話音声から文脈を汲んで、キーボード不要の入力環境を実現した次世代の電子カルテは、昨年のリリース以来注目を集めています。
 
取材・文/秋山健一郎
写真/和知明(株式会社ブライトンフォト)
編集・構成/メディカルサポネット編集部

【 医療テックPlus+】第6回 「腰用パワードウェア『ATOUN MODEL Y』」 株式会社ATOUN

 

    構文解析の技術で会話から電子カルテ作成 患者と目が合う診察に

    音声入力といえば、この数年で一般に広く普及した技術のひとつ。kanata株式会社が開発した「Voice-Karte(ボイスカルテ)」は、会話の音声を構文解析の技術を用いて自動入力し、キーボード不要という部分が目を引きます。滝内冬夫代表取締役社長は「肝はそこだけではない」と言います。

     

    ――最初に「Voice-Karte(ボイスカルテ)」と従来の電子カルテとの違い、また開発にあたって重視したことを教えてください

     

    滝内ボイスカルテは、まず医師と患者の診療でのやりとりを音声認識技術によってテキストデータ化します。さらに構文解析の技術を使って、そのテキストの文脈や意味を汲み取り、薬の処方オーダーまで半自動で行うものです。例えば、医師が診療室で「インフルエンザですね。お薬はタミフルを投与しましょう」という言葉を発したとします。するとそれは音声認識され、モニタ上に表れます。それを選択し構文解析させると、カルテにインフルエンザという診断が書き込まれ、タミフルという薬を処方するための手はずに進むといった形です。診療をしながら、電子カルテにキーボードでその場面でのやりとりを打ち込む必要がなくなること、作成したカルテを再読して薬の処方オーダーを行う手間が減ることなどが「ボイスカルテ」を導入することのメリットです。

     

    「ボイスカルテ」の画面。診察中の会話から処方薬の候補を表示したところ

     

    ――音声による入力だけではなく、薬を処方する作業の負荷も軽減するのですね。

     

    滝内そうです。音声認識技術を使った電子カルテというのは、すでに市場に出ているのですが、その多くは薬の処方オーダー発行などへの連動はなされていません。なぜなら、テキストの意味を高い精度で汲み取るのが難しいからだと思われます。「ボイスカルテ」の独自性のある強みは、構文解析にあると言ってもいいと思います。ただ、医療現場の作業の負荷を下げることは目指してきましたが、開発のきっかけは別のところにあるのです。

     

    ――別のところとは? 

     

    滝内それは、「医師が患者の目を見て診療できるようにしたい」という思いです。私はこの会社を立ち上げる前から電子カルテの開発に携わってきましたが、「医師が画面に集中してキーボードを叩くばかりで、目を合わせてくれない」という患者の方々の不安の声をよく聞いていました。また、私は息子を白血病で亡くしているのですが、そのときの医師との関わりでも同じ思いを抱いたんです。もちろん、目を合わせて診療したからといって、医師の診断が変わることはないでしょう。ただ、患者側としてみれば「あのとき、あの医師は、本当に自分たちのことを考えて対応してくれたのだろうか?」という後悔が残ってしまう。それを少しでも解消できないかと考えたことが、「ボイスカルテ」を開発するモチベーションになりました。

      

    「医師が患者の目を見て診察できるようにしたい」と話すkanata株式会社社長の滝内冬夫さん

     

    ――そんなことがあったのですね……。滝内社長は医療の内側で用いられる電子カルテのエキスパートでおられますが、「ボイスカルテ」の開発は、患者としての目線で行ってきた。

     

    滝内はい。でも開発者としての視点ももちろんありますよ。お世話になっている医師の方に、「医師が患者の目を見られなくなったのは、電子カルテというものの設計にも問題がある」と言われたことがあります。実際、医師も患者とじっくりと向き合いたいと思っていらっしゃいます。しかし、現在の医療を取り巻く状況はタイトである上に、さまざまな機器やPCを使いこなさないといけない。そんな中で奮闘されている医師のためにも、電子カルテに長く携わってきた者だからこそ、なんとかしたいという思いもあります。

     

    2019年1月のリリース後、在宅医療の現場から大きな反響 

    前職をふたりのエンジニアとともに離れ、新たな電子カルテ開発に懸けた。そして、数年間の開発に取り組んできたという滝内社長。ついに完成した「ボイスカルテ」は、多くの医師たちに受け入れられ、外来診療のほか、在宅医療などでも活用が拡がっているとのことです。

      

    ――2018年にkanata株式会社を設立されましたが、「ボイスカルテ」の開発は、それよりも前から始まっていたのでしょうか?

     

    滝内はい。私はもともと都市計画などをサポートするシンクタンクでキャリアをスタートし、その後電子カルテ事業を手がけるIT企業へと転じました。その企業が電子カルテから離れることになった2015年に事業譲渡を受け、ふたりのエンジニアと3人で独立したのです。「ボイスカルテ」の開発はそのころから開始されました。当初はいくつかの病院に納入した電子カルテの保守管理などを行いながらの開発でしたが、それも大手企業に少しずつ引き継いでもらい、「ボイスカルテ」に開発リソースを集中させてきました。 

     

    「外来診療のサポートをイメージしていましたが、在宅の現場で特に評判です」と話す滝内社長

     

    ――数年をかけての開発が実を結びつつあるということですね。2019年1月にリリースしてからの反響はいかがでしょうか。

     

    滝内:もともと音声認識技術に興味のあった医師の方々に試してもらっています。音声での入力だけではなく、処方オーダーまでのスムーズさを知っていただき感心してもらえるケースが多いようです。また、私たちはクリニックなどでの外来診療のサポートをイメージしていたのですが、在宅医療に携わっている病院や医師の方々からも声をかけていただいています。在宅医の方々は、患者宅でパソコンなどを使いにくいこともあり、音声を使うことに対し関心を持っている方が多かったのです。ある在宅医の方は、診療時の会話を録音し、それをスタッフに書き起こしてもらってカルテの作成を行おうとしたそうですが、書き起こしにかかる手間が大きく、うまくいかなくなったともおっしゃっていました。「ボイスカルテ」はそういう方々にも役立っています。処方箋についても、患者宅を訪問する前に作成し、診療後に変更が生じたときはその場で手書きにより変更しているケースもあり、こうした非効率な処理を刷新したいという医療現場のニーズも届いています。

     

    ――想定していたよりも、在宅医療とのマッチングがよかったのですね。

     

    滝内在宅医療を受けている患者の方々は急性期ではないことが多く、医師は微細な変化をとらえ、薬の投与をコントロールすることなどに注力します。つまり、患者の様子を目視で確認することの重要性が高いのです。また、患者の様子だけではなく、片付いていない家の中の様子から家族の疲れを見抜き、老健施設への入所を促すといった判断もしています。「ボイスカルテ」のような技術を使い、患者やその家族としっかり向かいあえるようにすることに大きな意味が生じるのが、在宅医療だったようです。

     

    サービスの改良について打ち合わせる滝内社長(左)と同社取締役の永井規靖さん

     

    要約しないテキスト記録が生み出す大きな価値

    「ボイスカルテ」の認知度が拡がるにつれて、医師をはじめとする医療関係者からの新しい提案が届くようになっているとのこと。それらを参考に、滝内社長は今後の展開を検討しています。そして、その可能性は日に日に膨らんでいるそう

      

    ――今後のビジョンについてお聞かせください。

     

    滝内直近では、「ボイスカルテ」から音声認識と構文解析機能を切り出し、他社の電子カルテに組み込めるようにすることを目指しています。これには、「オンライン医療秘書kanata(かなた)」と名付け事業展開を進めているところです。また、「ボイスカルテ」を使った医師の方から、アラート機能のようなものをつくれないかという提案があり、開発を視野に入れています。「ボイスカルテ」では、医師と患者のやりとりをすべてテキスト化できますが、医師はこのテキストから必要な部分を選んで、カルテを作成したり、処方オーダーを出したりします。その際に、主観に基づいて「要約」してしまっていることがある。つまり、それによって大事な情報が抜け落ちる可能性があるということです。そこで、記録されたすべてのやりとりのテキストデータを人工知能などに読み込ませることで、会話中の言葉から、医師が見落としているかもしれない病気の兆候などを発見し、アラートとして示せないかと考えています。

      

    ――診療時のコミュニケーションを記録したテキストは、大きな価値を生み出してくれそうですね。

      

    滝内:あとは、診察室の外での活用ですね。看護師と患者、最初に症状を聞く病院の受付担当者と患者の会話なども、私たちが開発してきた音声認識と構文解析の技術を用いて記録や共有ができるようになれば、医療の現場での適切な対応はもちろん、様々な負荷を減らすのに必ず役立つでしょう。そうしたところにも私たちの技術が届くことで、医師と患者の間の血の通ったコミュニケーションを取り戻す一助となれないか――。今はそんなことを考えています。

     

    滝内社長の机には、社名の由来となった息子、奏向(かなた)さんの写真が飾られている

     

    社名でもあり、新たなサービスの名称にもなっている「kanata(かなた)」とは、滝内社長の亡くなった息子さんのお名前だそうです。「僕もエンジニアも、彼の存在に後押しされているんです」。息子が診察室で感じた不安を、もう他の誰にも味わってほしくない――。滝内社長が信念を持って開発に取り組み続ける理由は、そこにあるのだと思いました。

      

    kanata株式会社のロゴ

    kanata株式会社

    住所:東京都中央区日本橋人形町2-9-7
    URL:https://www.kanatato.co.jp/

    長く電子カルテ事業に携ってきた滝内冬夫代表取締役社長が、2018年11月に設立。2019年1月、キーボードに触れたりモニタに目を向けたりせずに医師が患者と目を合わせて診療ができる、医療秘書機能付きクラウド電子カルテ「Voice-Karte(ボイスカルテ)」をリリース。現在は、音声認識と構文解析機能を切り出し、他社の電子カルテへの組み込みを可能にしたオンライン医療秘書「kanata(かなた)」の開発を進めており、新技術のさらなる普及を目指している。

    メディカルサポネット編集部(取材日/2020年3月31日)

     

     

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