2021.06.25
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病院・施設の「口腔ケアレベル」を爆上げするBOCプロバイダー

 

 

編集部より

患者さんの口の中を清潔にし、誤嚥性肺炎などのリスクを減らす口腔ケアは、医療現場では主に看護師が実践しています。しかし、看護教育において口腔ケアを学ぶ機会は極めて限られています。そうした現状を受けて、口腔ケアの知識と技術を身に付け、一定水準に達した人を認定しているのがBOC(basic oral care)プロバイダーです。本資格を認定する、一般社団法人訪問看護支援協会の代表理事を務める高丸慶さんと、講座統括を務める歯科医師の長縄拓哉さんに、BOCプロバイダーの意義や教育システムについて伺いました。

  

取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング)

撮影/山本 未沙子(株式会社BrightEN photo)

編集/メディカルサポネット編集部

 

 

お話を伺った方々

高丸慶さん(写真左/看護師、保健師、居宅介護支援専門員/訪問看護支援協会 代表理事)

長縄拓哉さん(写真右/歯科医師、医学博士)

 

 

口腔ケアを学ぶ機会がないなら作ればいい

――お2人は職場関係ではなく、大学院の学生同士という立場で出会ったそうですね。

 

長縄:私は歯科医師としての患者さんとの関わり方で、治療以外の方法がないかなと考えていまして、2018年ごろからデジタルハリウッド大学大学院に出入りさせてもらっていました。医療の課題を治療で解決するのではなく、テクノロジーやコミュニケーションの力を使って解決しよう!という「デジタルヘルスラボ」で学ぶことが目的で、高丸さんは「デジタルヘルスラボ」の発起人でしたので、そこで出会ったのが最初です。

 

高丸:「看護はアート(技)とサイエンス(知識)である」という言葉があって、どちらか一方でも欠けてはならないものです。それを踏まえて、これからの時代、どんな生涯学習のかたちがあるだろうというテーマの中で、ITを活用したり、ゲームなどのエンターテインメントを組み合わせたりして、何か新しいことができないかと考えていました。それを長縄先生がおもしろがってくださったということですね。

 

そうしていろいろディスカッションする中で、浮かんだのが、長縄先生がコミットしている日本遠隔医療学会には看護部会がない、ということでした。では、仮にそこに看護部会を作るとした場合、どういう展開がありうるかと考えたときに、口腔ケアを扱うことがマッチするように思えたのです。実際、老人ホームのヘルパーさんが口腔ケアに関して分からないことがあれば、それを遠隔で歯科医師に教わるという事例があると聞き、そうしたことは看護師にも非常にニーズがあると直感しました。

 

 

 

――口腔ケアのことを深く学びたいという看護師は多いのでしょうか。

 

高丸:僕の看護学生時代を思い返してみたら、口腔ケアのことを習った記憶はほとんどありませんでした。口腔の解剖は勉強しても、ケア方法に関してはさっぱり……という感じで。実際、とある学会の看護部会で、有名な先生方が看護教育の中で口腔ケアが占める地位の低さを嘆いていたと聞いたことがあります。それには同感だったのですが、その先生方は1コマ程度しかない口腔ケアの教育時間を2コマに増やすにはどうしたらいいかということを真剣に話し合っていらっしゃった。僕は正直、「まず考えるべきところは、そこじゃないかも……」と感じました。こうした経験が、BOCプロバイダーを構想するスタート地点だったと思います。

 

 

長縄:看護教育で習っていなくても、看護師になって現場に出たら「口腔ケアを1日3回やってください」と言われるんですよね。習っていないのにやらなきゃいけない。先輩看護師に聞くしかないけれど、その先輩だって習っていないのですから。そういう医療現場はおかしいな、という思いがありました。

 

ただ、教わる機会や仕組みがないのなら、それを作ればいい。看護教育を変えるのは時間もかかるでしょうから、私たちにできることは何かと考え、BOCプロバイダーの企画を始動させたのです。スタートはオンラインではなくリアルの講義で、2018年8月に東京大学の講堂をお借りして開催しました。(現在はオンラインでの講義)

 

 

トータルの認定者数は約1,000人

――現在、BOCプロバイダーの認定を受けるまでは、どういうプロセスになりますか。

 

長縄:申し込み後、「口腔ケアエビデンス基本講義」(3時間)やゲスト講師による講義を受け、口腔ケアに関する最新の知見やエビデンスを学んでもらいます。実際の口腔ケア手技のデモ動画を見てもらったり、確認問題を受講生みんなで解いたり。短い時間ですが、基本的なことをギュッと凝縮し、これさえ知っていれば大抵のシーンでは困らない内容になっています。この修了者に対して、認定証を発行しています。

 

高丸:講義の対象者は看護師、歯科衛生士、介護福祉士、ケアマネジャーなどですが、約9割を看護師が占めています。2021年5月現在で、トータルの認定者数は約1,005人。年齢層は若手から中堅、ベテランまで幅広いです。

 

長縄:受講して認定証を受け取っても、それがゴールではありません。むしろ、スタート地点に立つための「入学試験」のようなもので、ここから基礎の上に乗る応用を学んでいく長い旅路が始まるのです。

 

 

 

――受講者は看護師が大半ということですが、受講動機はどういうものが多いですか。

 

高丸:「私は看護師である」という信念がど真ん中にあり、その臨床業務に活かすためという明確な意識を持っている人が多いと思います。今まで臨床で口腔ケアをやってきて、ある程度は分かっているつもりだけれど、「口の中のことだけ分かっていればいい」という認識では限界があると知り、もっと深く学ぶ手段を探してBOCプロバイダーにたどり着いた――というケースが典型例ですね。

 

長縄:歯科医師や歯科衛生士は口の中のことに関する専門家ですが、ほとんどの場合、患者さんの全身状態までアセスメントしながら歯をさわっているわけではありません。一方、医師は全身のことが分かるけれど、口の中のことだけが分かりません。そういう意味では、全身状態のアセスメントができ、実際にケアをする立場の看護師こそが、口腔ケアのスペシャリストとして最もふさわしいのだと思います。

 

高丸:BOC(basic oral care)と言っているくらいですから、本当はBLS(basic life support)と同じように、医療従事者はもちろん、一般の方でも基本的な口腔ケアの知識と技術は身に付けたほうがいいと思います。いつ親の介護が始まって、家族でケアしなければならなくなるか分かりませんから。ただ、現段階では看護師を中心にBOCの「使い手」を増やしていっているということです。

 

 

 

スタッフの処遇や採用の判断材料にも

――先ほど、基礎を固めたら応用を学んでいくというお話がありましたが、具体的にはどういうことでしょうか。

 

長縄:認定証の発行を受けたら、口腔ケアの基礎は学んだということになります。しかし、全身状態のアセスメントの上で口腔ケアをする、例えば人工呼吸器を装着していたり、終末期だったり、化学療法や放射線の影響で口腔粘膜炎がひどいとか、認知症があって拒否する患者さんに口腔ケアをするといった応用編までは、3時間程度ではとても学びきれません。

 

高丸:そこで、BOCプロバイダーに認定された後は、Facebookグループ(BOCプロバイダー公式グループ)に参加して、オンラインのメリットを最大限に生かしながら応用編を学んでもらいます。グループ内では過去の講義動画やライブ配信の視聴ができますし、BOCプロバイダー同士の情報共有・相談も盛んに行われています。メンバーを対象としたイベントも頻繁に開催しています。

 

長縄:グループ内では最新の情報が流れているので、自分の知識を常にアップデートできます。また、相談に関しては講義動画などに関連したものに限らず、それぞれの臨床業務から生まれた疑問・質問を投げることも可能です。

例えば、最近では、

「がんで口腔機能が悪化し、痛みがある患者さんの口腔ケアはどうやったらいいでしょうか」

「味覚障害がある場合、昨今はCOVID-19感染が疑われますが、他の要因は考えられるでしょうか」

といった相談がありました。オンラインでなければ出会わなかったであろう仲間たちとつながり、学び合う環境が実現できていることは本当によかったと思います。

 

 

 

――BOCプロバイダーとして応用を学び、さらに上位の役割に就くこともできるそうですね。

 

高丸:BOCプロバイダーの役割には、大きく分けて以下の3つがあります。

 

(1)provide(臨床で口腔ケアを行う)

(2)spread(口腔ケアの知識や技術を周囲に拡散する)

(3)keep updated(provideやspreadをするために学び続ける)

 

これらを高度に実践できる人材を生み出すため、BOCプロバイダーからさらに上位レベルの立場にステップアップできるようにしています。

 

長縄:具体的には、以下の3つの上位レベルがあり、少しずつ認定者が増えてきています。

 

BOCインストラクター(約20人)

BOCアカデミックプロバイダー(10人)

AOHC(advanced oral health care)プロバイダー(約30人)

 

インストラクターは名前の通り指導者の立場で、特にspread、つまり広める能力に優れています。アカデミックプロバイダーは、臨床研究をして論文を発表し、エビデンスを発信していくチームです。AOHCプロバイダーは、provideの能力に長けた人材を育てるプログラムになります。人の考えや行動を変容させるのは大変ですから、特にspreadが難しいと考えていて、僕らが大学院で学んだ行動変容理論やコミュニケーションデザインなども駆使しつつサポートしていきたいと思っています。

 

 

 

――最後に、医療施設の管理者・採用担当者へのメッセージをお願いします。

 

長縄:BOCプロバイダーとして継続的に学んでいる人は、口腔ケアに限らず、すべてのケアに対して誠実に取り組む姿勢や能力を持っている人だと自信を持って言うことができます。そのため、皆様の施設でスタッフの処遇や転職希望者の採用を決めるとき、BOCプロバイダー認定を一つの判断材料にしていただけると思います。

 

高丸:皆さんの施設にBOCプロバイダーがいることで、口腔ケアの知識や技術を周囲にspreadし、職場全体のレベルを大きく高めることができるはずです。そうして患者さんの口の中が健康になり、誤嚥性肺炎などのリスク低下につながれば幸いです。

 

 

 

※BOCプロバイダー(一般社団法人訪問看護支援協会認定)の申し込みや認定資格講座の概要などについては、

下記の公式ウェブサイトをご覧ください。
【BOCプロバイダー】 
https://boc-provider.info/

 

 

 

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