2020.02.03
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鈴木千晴さん(聖路加国際病院 副院長兼看護部長)

プロフェッショナルに聞く vol.3

幅広い視野で課題解決に挑み、組織を引っ張る凄腕の看護管理者たちがいます。そうした看護管理者のもとを訪ね、これまでの経験やマネジメントの秘訣について話を伺う本シリーズ。今回登場していただくのは、聖路加国際病院(東京都中央区)の副院長兼看護部長、鈴木千晴さんです。聖路加国際病院史上2番目の若さで副院長兼看護部長に就任された鈴木さん。偶然にも取材は日本初のマグネット認証を受けた翌日だったこともあり、取得までの7年間の道のりについてもお話を伺うことができました。看護師が働きたいと思える病院環境づくりは一朝一夕では実現しません。現場の実情を把握し他部署との交渉を重ねながら、今回のマグネット認証に満足せずさらに魅力ある病院へと進化していこうとする鈴木さんのマネジメント術にご注目ください。

取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング)
撮影/山本 未紗子(株式会社BrightEN photo)
編集・構成/メディカルサポネット編集部

プロフェッショナルに聞く vol.2 日本赤十字社医療センター 看護部長 川上潤子さん

  

  

  

プロフェッショナルに聞く vol.3 聖路加国際病院 副院長・看護部長 鈴木千晴さん 

【プロフィール】

鈴木千晴(すずき・ちはる)

聖路加国際病院 副院長兼看護部長

秋田県出身。聖路加国際大学看護学部卒業後、循環器専門病院のICUで経験を積み、1997年に聖路加国際病院へ入職。

2003年聖路加国際大学修士課程を修了。聖路加国際病院ICUアシスタントナースマネジャー、心血管センターICCU/IMCUナースマネジャーなどを経て、2017年に副看護部長へ就任。2019年より現職。趣味の合気道は三段の腕前。

 

◆管理職の始まりは手探りの連続!

――鈴木さんの看護師としてのキャリアはICUから始まったそうですね。

 

私は大学で助産師コースを専攻(現在は大学院教育に移行)していたので、当初大学卒業後は助産院に勤めるつもりでした。しかし、大学で受けた循環器領域の授業が魅力的で、次第に自分の心を占める割合が増えていったのです。ちょうど実習や就職活動などで忙しい時期でしたが、空き時間ができたある日、東京都の循環器専門病院に思い切って電話をかけてみました。そして、「今日なら私が対応できるから見学に来てみれば?」と看護部長さんに誘っていただいたことがきっかけとなり、その病院に新卒で入職することになりました。

 

配属されたのはICUでした。赤ちゃんからお年寄りまで様々な年代の方が入室するわけですが、助産師資格を持つ私は小児の担当になることも少なくありませんでした。刺激的で学びの多い現場でしたが、スタッフの入れ替わりが激しく、もう少し落ち着いた環境で長く働きたいと感じるようになり、母校のつながりで聖路加国際病院の門をたたきました。

 

聖路加国際病院でもICUのスタッフとして数年働いた後、聖路加国際大学大学院で学んだことが私のターニングポイントの一つです。研究テーマは「人工呼吸器からの離脱過程における患者のしごと」という、ICUでの患者さんの体験を質的にまとめたものです。その研究の過程は、ただ研究をまとめるだけでなく、コミュニケーション能力を高めることにつながったと感じています。患者さんの言葉を引き出すこと、その言葉の一つ一つの意味を徹底的に考え抜くことを繰り返し行いました。この経験は、私にまた現場で働きたいという気持ちを強くさせましたし、このときに得たコミュニケーションスキルによって、その後患者さんにとって難しい場面でも、一歩踏み込んで関わり、信頼関係を築けるようになったと思います。

  

 

 

――初めて管理職に就いたのは、いつごろのことでしたか。

 

大学院修了後は再びICUで働き始めたのですが、ほどなくしてアシスタントナースマネジャーにならないかという打診を受けました。役職には就いたものの自分の感覚として管理職という意識は全くなく、特に難しい課題を抱えた患者さんに重点的に関わりながらも、チームの一員として日々を楽しく働く感覚であったと思います。みんなで毎月のようにイベントを企画し、本当に賑やかで楽しい雰囲気のICUでした。

 

それから3年ほどたったころ、今度はナースマネジャーになってほしい、と。正直、現場で患者さんや家族と関わる時間が減ることは望んでおらず、当初は管理職になることに前向きではありませんでした。しかも、ICUとCCUの両方を担当するという話だったので、私には荷が重いようにも感じていました。しかし、様々な事情があり引き受けることを決意。右も左も分からない状態で、管理職としてのキャリアがスタートしました。

 

ナースマネジャーになり、病床や人事の管理なども担当するようになりましたが、分からないことが多すぎて、人事課や総務課に連日通い詰めて、あれこれ教えてもらったことを覚えています。特にICUは、診療報酬上の加算などが複雑なので、後で思うと冷や汗をかくような経験もしました。今、自分では笑い話にして後輩のナースマネジャーに話しますが、当時は大小様々なアクシデントに遭遇しながら、毎日を必死に過ごしていましたね。

  

  

視野が広がったからこそ感じる難しさ

――副看護部長、そして看護部長とキャリアアップしてきた鈴木さんですが、その間、働き方や求められる役割はどのように変わったのでしょうか。

  

12年間ほどナースマネジャーとして経験を積んだ後、副看護部長を2年間務めました。看護部全体を俯瞰する立場になった上、2つの部署でナースマネジャーも兼任するかたちとなり、さらにマグネット認証取得(後述)の担当者としても多忙な時期だったので、このときの2年間は昼ご飯を食べられた記憶がありません。

 

大変なこともたくさんありましたが、副看護部長として担当するようになった病院全体のベッドコントロールは、私にとって病院全体のことをよく知ることができる楽しい仕事の一つでした。病棟の状況を見ながら予定や救急の入院を調整していくことに、高度なパズルをしているような感覚もあったかもしれません。特に、集中治療の現場で患者さんの状況判断をしていたことがこの役割を担ううえで、とても役立ったように思います。

 

2019年4月からは副院長兼看護部長として、いよいよ病院全体に目配りする立場になりました。ナースマネジャー時代までは、お互いのことをよく理解している数十人のスタッフと一緒になって課題に取り組んできた感覚でした。しかし、副院長兼看護部長となった今は、いろいろな考え方を持った人と、しかもこれまでとはケタ違いの数の人たちと関わる必要があります。気心の知れた少人数で動いていたころと違い、視野も裁量権も広がったからこそ、難しさを感じることもたくさんあります。

 

この立場になって驚いたことの一つは、出席する会議が想像以上に多いこと。特に当院は聖路加国際大学と法人一体化していますので、大学側の会議にも参加する必要があります。会議の多さは、法人内で看護部の重要性が反映されている表れであることは理解していますが、他の業務に必要な時間の捻出に苦労しています。もし、自由に使える時間が増えたら、もっとふらっといろいろな部署を訪れてみたいですね。人員配置など病院全体に関わる重大な決断を下すためにも、やはり現場の実情をよく知っておくことは必要不可欠ですから。また、もっと計画的にいろいろ考える時間が、今はとにかく欲しいです。

  

  

 

看護師を引き付ける「マグネット・ホスピタル」へ

――貴院では2013年からマグネット認証(Magnet Recognition®)の取得に向けて取り組みを進めてきたそうですが、マグネット認証について教えていただけますか。

 

アメリカ看護認証センター(ANCC)によるマグネット認証は、看護の卓越性に関わる国際認証です。アメリカが看護師不足に悩まされていた1980年代、看護師を引き付ける病院の共通項を探る研究から生まれたもので、「変革的リーダーシップ」「構造的エンパワーメント」「模範となる専門実践」「新しい知識、イノベーションおよび改善活動」「実証的アウトカム」という5つの要素を元に作られたモデルの内容に基づいて厳しい審査を受けます。また、看護師の満足度や患者満足度の結果も含めて「看護師や患者を磁石のように引き付ける条件を備えた病院だ」という、いわばお墨付きを得られるわけです。アメリカでもわずか8%以下の病院しか認証を受けておらず、日本ではその前例がありませんでした。当院では、国際性と質改善に力を入れており、JCI(Joint Commission International:国際的な医療機能評価)に加えて、看護の質の国際的評価であるマグネット認証取得をめざした活動を2013年からスタートさせました。

 

看護部長室にはJCIの認定証が掲示されている

 

――鈴木さんはどのように関わってきたのですか? 

 

2013年当時、ナースマネジャーだった私は、現地のマグネット病院を見学するために渡米するメンバーの一人に選ばれたのが始まりでした。その後は、提出する記述事例をまとめる役割として関わってきました。

  

最初に見学した病院では、看護師たちが明るく前向きに自分たちの看護を語る姿がとても眩しかったです。マグネット病院で働く自分、そしてその看護に心から誇りを持っていることがよく伝わってきました。でも、彼らが行っている看護は日本も一緒、いやそれ以上に日本でももっと素晴らしい賞賛すべき看護が行われていると思ったのですが、現実の日本では看護師が褒められることは少なく、失敗だけに注目されてしまうということになりがちです。

 

この活動を通して、自分たちの看護を賞賛しあう活動も大切にしてきました。それが、現場の看護師たちの次の良いケアへのモチベーションにもつながると思うからです。また、私は提出事例をまとめる役割の中で、院内にあふれる素晴らしい実践を知り、より当院の看護師たちのファンになりました。ですから、この看護師たちのために働きたいという思いだけが、看護部長をお受けした理由です。

 

当院は2019年11月、日本で初めてマグネット認証を取得することができました。とはいえ、それはゴールではなく、あくまでも通過点です。認証を受けたことで、当院の強みと課題の両方が見えてきました。私は、このマグネット認証にあるモデルを意識しながら組織づくりを続けることで、看護師がもっともっと笑顔で働けるような病院をめざしたいと考えています。また、私がアメリカで見たように、当院の看護師たちがこの認証を喜び、誇りを持って看護に臨んでほしいと思っています。

 

 

 

――鈴木さんが考える、看護管理者に求められる素質とはどのようなものでしょうか。

 

まずは、スタッフを信じられることが大切だと思います。看護管理者になると「こう伝えたら誤解されないかしら」「不公平になっていたらどうしよう」などと不安を感じる場面がたくさんあります。「スタッフたちに自分の思いは伝わる。その思いにスタッフはこたえてくれる」と信じられなければ、新たな取り組みに思い切って挑戦することはできません。

 

そうした信頼関係を築くためにも大切にしたいのが、スタッフのことをよく見て、よいところを意識的に見つけて褒めることです。看護師が毎日のようにこなしている業務は、当たり前のことのようでいて、実はとてつもなくすごいことなのです。自分が率先して「口に出して相手を褒める」態度を示すことで、誰もが働きやすい職場に一歩ずつ近付いていけるのではないかと思っています。私もこの役職に就いて時間は短いので、何事も手探りなのですが、スタッフを信頼しながらお互いに尊重しあって成長していきたいと思っています。

 

 

聖路加国際病院

院長:福井 次矢
看護部長(兼副院長):鈴木 千晴
ベッド数:520床
看護基準:7対1
法人職員数:2,223名
看護職員数:950名(2019年4月1日現在)
2019年11月 日本初のマグネット認証取得
URL:
http://hospital.luke.ac.jp/

 

 

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