2019.12.17
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川上潤子さん(日本赤十字社医療センター)

プロフェッショナルに聞く vol.2

幅広い視野で課題解決に挑み、組織を引っ張る凄腕の看護管理者たちがいます。そうした看護管理者のもとを訪ね、これまでの経験やマネジメントの秘訣について話を伺う本シリーズ。
今回登場していただくのは、日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区)の看護部長、川上潤子さんです。日本赤十字看護大学の1期生として入学してから、これまで日本赤十字社医療センターひとすじでキャリアを重ねてきた川上さん。学生の頃からコミュニケーションの視点を持ち続け、それは看護部長となった今もマネジメントする上で大いに役立っているといいます。小柄な体からは想像つかない、大きなエネルギーを放つ川上さんのマネジメント術についてうかがいました。

取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング)
撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo)
編集・構成/メディカルサポネット編集部

プロフェッショナルに聞く vol.2 日本赤十字社医療センター 看護部長 川上潤子さん

  

  

  

プロフェッショナルに聞く vol.2 日本赤十字社医療センター 看護部長 川上潤子さん 

【プロフィール】

川上 潤子(かわかみ・じゅんこ)

日本赤十字社医療センター 看護部長

茨城県出身。1986年に4年制となった日本赤十字看護大学の一期生として入学。

卒業後、1990年に日本赤十字社医療センターへ入職。

大学院や幹部看護師研修センターでも学びを深め、2019年4月より現職。

 

◆人の思いに触れたことで魅力が増した看護の仕事

  

――川上さんが看護師になるまでの経緯を教えてください。

 

私の場合、幼いころから「絶対に看護師になりたい!」と夢見ていたわけではありませんでしたが、「自立した女性になりたい」という思いは強かったと思います。さらに人と触れ合う仕事であることに魅力を感じて看護の道を選び、ちょうど4年制となった日本赤十字看護大学(前身は日本赤十字中央女子短期大学)へ進学。看護のことはもちろん、赤十字のこともほとんど知らず、真っさらな状態で勉強を始めました。

 

特に興味をそそられたのは、教育学や心理学、人間関係論といった授業でした。「相手の発した言葉の裏にはどんな心理が働いているのだろう」というように、表層的でないコミュニケーションについて突き詰めて考えることが好きだったように思います。こうしたところに目が向く性分は、今になっても変わっていません。

 

卒業後は日本赤十字社医療センターへ入職し、内科系の病棟に配属されました。日本赤十字看護大学の一期生だったため、「大卒なのに・・・」と周囲から思われないようにしようと、ずいぶん気を張っていたように思います。ただ、実際には先輩も同僚も尊敬できる人ばかりで、未熟な自分をどうしようもなくさらけ出しながらも充実した毎日でした。

 

新人時代で、特に印象に残っている糖尿病の患者さんがいます。こっそり果物を口にしていたことに気づいた私が「どうして食べてしまったのですか?」と尋ねたら、「お前なんかに言われたくない!」と逆鱗に触れてしまい、しばらくはケアに行っても口を利いてくれない状況が続きました。1か月後、その患者さんは思うところがあったのか「入院している人は、毎日どういう気持ちで過ごしていると思う?」と話しかけてくれ、一緒に“果物事件”の振り返りをすることになりました。患者さんの心境を学ぶことができてよかったという以上に、人の思いに触れて看護という仕事が大好きになった出来事でした。 

  

プロフェッショナルに聞く vol.2 日本赤十字社医療センター 看護部長 川上潤子さん画像2

 

――大学院でも患者さんやその家族の立場について学びを深めたそうですね。

 

働き始めて3年がたったころ、日本赤十字看護大学の大学院に進んで「患者の意思決定」に関する研究に取り組み、患者さん150人ほどからの協力を得て聞き取り調査をしました。2年間の研究生活を終えて日本赤十字社医療センターに戻ってから、看護部の「教育企画室」の立ち上げメンバーに選ばれて係長(副師長)になりました。これが私の管理職としてのスタートです。初めて病院組織の細かな仕組みを知り、組織の中の看護部の位置や役割、また、教育について考える視点を学べたことは新鮮でしたね。その後、出産をしましたがすぐに職場復帰。健診部門で働いた後、緩和ケア病棟の立ち上げに携わることになりました。

 

もともと、緩和ケアや終末期を生きる患者さんの看護には興味があり、院内の勉強会にも参加していました。当時は、医療従事者であっても「緩和ケア病棟に入ったらおしまいだ」という考えを持つ方も少なくなかったと思います。緩和ケアへの理解を深めるためにはどうすればよいか、師長とともに考え、理解をしてもらえるよう、学習会等を開催していきました。また、緩和ケア病棟ならではの特徴として、多数のボランティアと一緒に活動する取り組みは、大きな経験になったと感じています。 

  

師長が持つ影響力の大きさに“驚き”と“戸惑い”

  

――師長を務めたのは次の整形外科病棟に移ってからということですが、動き方や役割はどのように変化しましたか。

  

当初は整形外科領域の疾患や看護について、まったくと言って良いほど分かりませんでした。緩和ケア病棟と違う一般病棟、その中の整形外科病棟の時間の流れや仕事にあたふたしていました。ある日、入院の調整をする部門より依頼されるがままに入院を受けていたら、副師長から「もう限界です!」と言われ、「あ、そうだった」と病棟全体をみれていなかったことに「はっ」としたことを思い出します。この小さいことがきっかけですが、自分の判断や指示が広い範囲に影響することに改めて驚き、戸惑いました。しかし、このような力は病棟をより良く改善する方向にも働くため、師長の仕事の大きなやりがいとともに責任の大きさも感じました。

 

師長になる前は「患者さんのそばにいられなくなったら嫌だな」と思っていたのですが、それが杞憂であることも分かりました。むしろ、1日のうち、決まった患者さんとのコミュニケーションが中心だったスタッフ時代と異なり、より多くの患者さんをラウンドし、話ができるようになりました。患者さんと話すことで広い視野で全体を見渡すこともでき、病棟が抱える問題点を把握しやすく、スタッフにフィードバックできるようになったことも大きいと思います。

 

また、師長になってスタッフの育成の重要性も分かりました。多くの患者さんと話す中で、看護師に対する苦情や要望も耳に入ってきます。あらためて看護の質の向上や丁寧な接遇の重要性を感じ、全面的にスタッフをサポートしながら育てていこうという思いがとても強くなりました。スタッフとの対話を大切にし、コミュニケーションにおいて意識していたのは「伝え方より伝わり方」だということ。その人に伝わりやすいような言葉で話した上で、実際に相手の言動が変容するところまで見届けることを心がけていました。

  

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しなやかで品格のある看護部長をめざして

 

――2019年4月に看護部長に就任されましたが、これまでどのようなことに取り組まれましたか。

 

日本赤十字社幹部看護師研修センターで管理職としての学びを重ね、副部長を経て看護部長になりました。まだ就任から半年ではありますが(取材は2019年10月)、毎日が目まぐるしくも濃密な経験だったように思います。「働き方改革」は待ったなしの課題です。他院の事例も参考にしながら多職種連携やタスクシフトをどのように推進すればよいのか検討し、必要な看護職の人員数を確保すべく病院幹部と折衝を重ねました。その過程で、人員確保、育成活用について、採用方法やOJTでの教育システムを見直し、再構築しているところです。

 

また、時間外労働の削減という流れがある一方で、病院を訪れる患者さん、入院患者さんに不利益を被らせてはいけません。多くの問題はありますが、「仕方がない」ではなく、様々なジレンマの中でも健全でハラスメントの起こらない環境を整えなくてはなりません。そのため、各部署の師長にはできるだけ裁量権を持たせ、現場の実情に沿った働き方を実現できるように支援し、健全な労務管理やハラスメントに関する管理者研修なども充実させています。これからの時代、働きやすい環境でなければスタッフのモチベーションは上がらず、患者さんにも悪影響を及ばしかねません。職場に新しい風を吹かせるよう、各部署の師長をサポートし、一緒になって取り組んでいます。

 

――川上さんが考える、看護部長に求められる素質とはどのようなものでしょうか。 

 

看護部長として、病院・看護部の目指す方向に向かって、組織に顕在・潜在する問題の解決、また、課題に向かって必要な人材育成、環境づくりは大切な役割の一つです。同じ方向を見て進んでくれる仲間を育成し、増やしていく必要があります。何を目標として、どのようなしくみをつくり、そのためにどのような人材を育てるのか、しっかりと現場の状況を把握して意思決定すること。そして、いったん決めた軸がブレないようにしつつも、状況を把握しながらしなやかに方策を変更できる柔軟性をもつこと、そしてそのことをきちんとみんなに伝えられること、そういう強さが必要だと思います。

 

自分の立場が上がれば上がるほど、垂直方向のコミュニケーションが大切になってきます。目線が違う人との関わりが増えるからこそ、「伝え方より伝わり方」ということをより意識しなければなりません。相手に伝わることばでトップメッセージを力強く発信すると同時に、それがきちんと相手まで伝わっているかをフォローすることは欠かせないでしょう。

 

人は誰しも、自分の後ろ姿を直接見ることはできません。看護管理者という、多くの人から見られる立場になるからこそ、自らの立ち居振る舞いを見直さなければなりません。変化に柔軟に対応しつつ、看護師としての矜持も備えている「しなやかで品格のある看護師」を育てていきたいですが、そのためには、まずは自分がそうであれるよう努力したいと思っています。 

 プロフェッショナルに聞く vol.2 日本赤十字社医療センター 看護部長 川上潤子さん画像4

 

日本赤十字社医療センター

日本赤十字社医療センター

院長:本間 之夫
看護部長:川上 潤子
ベッド数:708床
看護基準:7対1
病院職員数:1,761名
看護職員:1,013名

URL:http://www.med.jrc.or.jp/

 

 

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